眼鏡と初恋

透峰 零

第1話

 三月二十六日。私は十五年間付き合っていた眼鏡を捨てた。

 正確に言えば、この眼鏡は最初に買ったものから五代目となるんだけど。

 太めのフレームに、わざとらしいほど安っぽい赤色。中学生の時に初めて眼鏡を選んだ時に「きっと似合うと思う」と言われてて以来、その色と太さを選ぶことが癖になっていた。好きな人に「似合う」と言われて浮かれていたことを差し引いても、私によく似合っていたと思う。

 女子にしては太めの眉とか、一重のスッキリした目とか、そういうのを全部含めて「可愛い」とよく言ってくれたものだった。

 あの言葉が、せめてリップサービスだったならどれだけ良かっただろう。眼鏡だけではなく、服も髪型も、よく選んでもらったことを思い出して私は目頭が熱くなる。実際、私なんかよりずっとセンスがあったから、選んでもらったものはどれもこれも驚くほど私を綺麗にした。

 今日のドレスにしてもそうだ。


愛美まなみは肌が白いから赤色がよく似合うよね」


 そう言って私のドレスを選んでくれたのは、やっぱり共通の友人の結婚式に出る時だったと思う。

 少し大人っぽいワインレッドに、膝丈のアシンメトリーのスカートはボレロやジャケットの合わせ方で可愛くも大人っぽくもなり、長く着れるとその時話してくれていた。


 綺麗になった私を一番に見て欲しかった人。

 綺麗になった私が、一番褒めて欲しかった人。

 ずっと一緒だと思っていた。おばあちゃんになっても一緒にいれると思っていた。

 あなたの隣は私のものだと思っていた。


 でも、今日からあなたの隣は違う人のもの。それが少しだけ、私には寂しい。

 そんな我儘は言えないけれど。




 控室の扉をノックすると、中から明るい返事が響いた。

 促されて入った先であなたが振り返る。白いドレスに白いヴェールを身につけ、幸せそうに笑う。


「愛美、今日は来てくれてありがとう! 私、愛美にお祝いしてもらえるのが何より嬉しい!」

「――私も」

 言わないと。

 ちゃんと言わないと。おめでとう、幸せにって。

 お祝いできて嬉しいよって、ちゃんと言わないと。



 ふと、花嫁あなたの顔が心配そうに曇る。


「大丈夫? どこか具合悪い?」

 私は首を横に振る。

「ううん、大丈夫。ちょっと……今日は眼鏡じゃなくて、コンタクトだから目が痛くなっただけ」


 さようなら私の初恋。

 涙が出るのは、きっと眼鏡じゃないから。今だけはそう言わせてほしい。

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眼鏡と初恋 透峰 零 @rei_T

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