【KAC20248】眼鏡のない世界

kouta

眼鏡のない世界


「昔ってさ。眼鏡というものがあったらしいね」 

 常に何か面白い事を探しているチサコ、彼女が唐突に話題を振ってくるのはいつもの事であった。しかし彼女の持ってくる話題はナツメには分かった試しがない。考える事を早々に諦め、すぐにナツメはチサコに答えを求める。

「メガネ? 何それ?」

 悩む素振りも見せないナツメは面白味のかけらもないが、チサコは気にした様子も見せず、淡々と眼鏡が何であるを説明する。

「何か眼がよく見えない人が装着するもので、それをつけると眼が見えるようになるんだとか」

「んー、VRのゴーグルみたいなやつ?」

「遠からずとも近からずって感じかな? 見た目こんなやつなのよ」

 ナツメはチサコから手渡されたタブレットを見る。

「んー、どれどれ。あ、思ったよりすっきりしてるのね」

 ナツメは答える事を完全に放棄しているが、興味自体は持ってくれる。話したがりのチサコとしては、情熱こそないがちゃんと話を聞いてくれるナツメはありがたかったし、基本面倒くさがりのナツメとしても、何もしなくても自分が知り得ない情報が勝手にチサコからやってくるわけで、そこそこに楽しい生活を送れている。

 お互いに求めすぎない性格であり、これが性格の異なる二人がうまくやれている理由であった。

「で、この眼鏡って眼が見えるようにするって事だけど、何でそんな面倒くさい事するわけ? 良い眼を作ってもらえば良いだけじゃん?」

 ナツメは釈然としない表情を浮かべるが、それはナツメ達のいる時代の感覚で考えているからであった。時代が違えば常識も違う。

「それがそうもいかないのよ。これってクローンパーツ技術が出来る前の時代のものだし」

「あー、そんなに過去のものなのかこれって」

「そ、目が悪くなったからと言って、気軽に取り換えられるような時代じゃないのよ。この頃は人生80年って言われていたくらいなんだから」

「今の半分以下か。大変な時代だったんだろうなぁ。この時代に生まれていたら私生きてなさそう」

 ナツメの発言の後、何とも言えない沈黙があった。ジョークにしては重すぎるし、チサコはどうしたものかと考える。しかしながらナツメが自分から口にしたというのは、聞いても良い事なのではなかろうか。そう思い至ったチサコは思い切ってナツメに問いかけた。

「……過去に何かあったの?」

「うん、子供の頃ちょっと重い病気にかかってね。だから駄目になっていた患部ごと取り換えたの」

 つまりそれはクローンパーツ技術がなかったら助からなかった事を意味する。

「私達が今の時代であった事に感謝ね」

「ねえ、それって私が生きてて嬉しいって意味で合ってる?」

「ええ」

「うわ、抱きしめてぇ」

「それは結構だから何か奢って頂戴」

「さいてーだこいつ」

 そうして二人は笑い合った。

 気を取り直してナツメは再度眼鏡をしたモデルを見る。

「しかしこの眼鏡ってさ? 今だと不必要なものだと思うのだけど」

「だけど?」

「なんか可愛くない?」

「……分かる。というかそれが聞きたくて話を振った」

 ナツメはチサコの眼がきらーんと光った気がした。そしてふと思った。

「今のチサコ、眼鏡あったら完璧だったわ」

「え、ほんと?」

 嬉しそうにするチサコを見て、ナツメは考えるようなしぐさをする。

「チサコさんや。メガネ……作ってみる?」

「え?」

「せっかくだったら見てみたいじゃん? パーフェクトチサコを」

 ナツメとしては、絶対似合うと思ってしまったからには見たくてしょうがない。

「何よそれ。でも面白そうね。もちろんあなたの分も作るわよ?」

「どちらが真の眼鏡女子か勝負というわけ……その勝負乗った!」

 思い立ったが吉日と言わんばかりに、ナツメは己のタブレットを取り出す。今のご時世、重みのあるリアル眼鏡はナンセンスだ。というかそんな技術はナツメにはない。ナツメにあるのは3Dモデリング技術である。

 眼鏡の形自体は単純のため、さらっと作り上げると、今どきの女子必須アイテム、ホログラフファッションアプリにデータをナツメの分、チサコの分とそれぞれ突っ込む。そしてアプリを起動すると、二人の顔にモデルがしていた物とそっくりな眼鏡が浮かび上がった。今のご時世、実物はいらないのだ。

「ほう、これはこれは想像通り、というか想像以上」

「ナツメもなかなかクールよ。ほら」

「お、確かに悪くない。新しい自分を切り開いてるかも」

 素晴らしい成果に喜ぶ二人であったが、ふとナツメが呟いた。

「でも眼が見えるようにするための物でファッションってどうなのさ」

「別にいいじゃない。こんなに可愛いんだもの。使わなきゃ損よ」


 二人は知らない。眼鏡は確かに眼のための物であるが、ファッションの一部でもあり、またファッションのみのために使う伊達眼鏡などもあったという事を。

 後日、チサコとナツメがホログラフファッションで、試しに自分たちの作った眼鏡データを販売したところ、ノスタルジーと新鮮さ両方を味わえると大ヒットしたという。


 失われし眼鏡の復活は近い。

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