眼鏡を買ってもらうことになった。【KAC20248】

@carunyukke

眼鏡

 眼鏡を買ってもらうことになった。


 小学校までは両目とも視力は1.0だったのに、年々下がっていってついに眼鏡を買ってもらう羽目になってしまった。


 店員さんは常にニコニコしていて、まるで同族が増えて嬉しいみたいな顔をしている。


 いくつかの質問と視力検査、数回の度の調整を挟んで割とあっさり自分の眼鏡が完成してしまった。


 フレームは好きな色、デザインも自分好み、ブルーライトカットもついていて間違いなく文句なし。


 それなのにどこか気に入らない。


 両親と店員さんの眼差しが視界の端にちらつく。


 意を決して眼鏡をかけた。


 世界が変わった。


 曖昧なものがない世界。空の青も心なしか鮮やかに見える。


 思わず声が出て、飛び跳ねてしまいそうだった。


 父の声に振り返ると「似合ってる」と嬉しそうな顔。


 店員さんが持ってきた鏡には不器用に笑う、いつもと違う自分が写っていた。





 眼鏡を外すと世界が戻った。


 世界は正確さを欠き、窓からの遠景に靄が掛かった。


 眼には疲れが残り、心にはしこりができる。


 これまで裸眼だったのが自分のちょっとした誇りだった。


 眼鏡なんて邪魔だろうと思っていたし、コンタクトなんて論外だった。


 自分には関わりのないものだろうと小学生の時は本気で思っていた。


 別に生活に影響が出るほど視力が下がった訳ではない。


 今回は一応、念のため、将来に備えて、用意をしておこうという話というだけ。


 眼鏡をかけなくても特に支障はでない。


 それでも、変わっていく世界に揺られて少し酔いそうだった。





 目を覚ますと机の上に眼鏡があった。


 朝の陽ざしが部屋の中に入ってくる。


 いつもと変わらない日常が今日も始まる。


 朝ご飯を食べ、身支度を整え、何気なく朝のニュースを眺める。


 時間が迫り、かばんを背負い……なんとなく眼鏡を入れる。


 母の「いってらっしゃい」に返事をし、家を出る。


 通学路の十字路でいつもの友人と出会う。


 眼鏡をかけた友人は楽しそうに話し、自分も釣られて笑う。


「そういえば眼鏡を買ってもらったんだ」


 眼鏡をかけた。


「似合ってるじゃん」


 世界は今日も変わっていく。


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