寂しい鬼と孤独な娘

鋏池 穏美


 俺は人間が嫌いだ。見た目が違うというだけで、色眼鏡めがねで俺のことを見る。

 確かに見た目で言えば額には角があるし、肌も浅黒い。身長も三メートルほどだし、笑った口元には鋭い牙がある。

 だが俺は人間が考えるような、恐ろしい行為をしたことはない。人間を喰ったこともなければ、そもそも暴力を振るったことすらない。それなのにも関わらず、人間は俺を見れば、やれ喰われるだのやれ犯されるだのとのたまう。

 そんなことはしようとも思わないし、したこともない。それでも昔は何とか仲良くなれないものかと頑張ってはみたが、うまくいった試しがない。

 中には仲良くなったふりをして俺を捕え、殺そうとする者までいた。何故、人間は自分と見た目が違うというだけで、他者を貶めるのか。何故、出自が違うというだけで、あれほどまでに殺し合うのか。何故、弱い者を虐げて愉悦に浸り、笑っていられるのか。

 俺にはまったく分からない。そんな人間の醜い部分を長い年月をかけて見続けた俺は、もはや人間が嫌いだ。分かり合えるとも思わないし、俺は一人でいい。


 そう、一人でいいのだ。


 このまま一人寂しく、この山の中で。



***



 私は人間が怖い。私が人よりも劣っているからと、酷い仕打ちを受け続けてきた。一度里の若い衆に乱暴されてからは、私はもはやとして、色眼鏡めがねで見られる。

 いったいこの人達は、私に乱暴を働いている間にどんな顔をしているのだろうか。下卑た笑い声で私を辱め、きっと鬼のような顔をしているのではないだろうか。

 だけど私にはそれを知ることが出来ない。なぜなら私は目が見えないのだ。そうして私は役立ずと罵られ、ならば体だけでも役に立てと、情婦として扱われている。


 毎夜毎夜、里の男衆に抱かれてはいるが、心はいつも一人。


 何度も死のうと思ったけれど、それも出来ずに心が孤独に冷えていく。



***



 俺の前に、一人の娘が静かに座っている。生贄として捧げられた娘だ。どうやら人里で疫病が流行っているらしく、それすらも俺のせいにされたらしい。とりあえず俺の怒りを鎮めなければと、差し出されたのが目の前の娘なのだが……、

 生贄を捧げられるなど初めてで、どうすればいいのかが分からない。そうして娘が生贄として捧げられてから数時間、困り果てて無言でいたところ、ふいに娘が口を開く。


「あの……私はどうすればいいのでしょう? 食べられるものだとばかり思っていたのですが、一向にそんな気配もありませんので……」

「俺は人間を食べたりなどしない」

「そうなのですか? ここに来るまでの間、あなたの恐ろしい話をたくさん聞きました。女を犯して食ってしまうのだと……」

「そんなこと一度もしたことがないのだがな。まあ……信じて貰えるとは思っていない。俺は見た目がお前たち人間とは違うからな。お前も俺の姿が怖いだろう?」

「すみません……私は──」


 娘は一呼吸おくと「目が見えないんです」と、申し訳なさそうに言った。


「目が見えないせいで、役に立たないからと生贄にされたのでしょう」

「随分と酷いことをするものだな。どれ、見せてみろ」


 娘の目を見ると、確かに光がない。焦点が合わずに、こちらを虚ろな目で見ている。


「これはどうしたもんか……、俺はお前を犯すつもりも食うつもりもない。里に戻して──」


 俺がいい切る前に、娘が「嫌です!」と、声を荒げた。


「ど、どうしたんだ突然。里に帰りたくないのか?」

「私は……目が見えないことを理由に、里で酷い扱いを受けていました。男衆の欲の捌け口と言えばいいのでしょうか。あんな場所に戻りたくはない……です」

「やはり人間とは、酷いことをするものだな」

「もしよければですが……私をここに置いて頂けませんか? 私は目が見えないので何もしてあげられませんが、夜伽くらいであれば、お役に立てます」

「伽など必要ない。お前もそんなことはしたくないだろう? 他者が嫌がることはしてはならない」

「変な鬼さんですね」

「そういうお前は変な人間だ。俺をまったく怖がらない」

「目が見えないですからね」

「見えたら怖がるか?」

「いいえ。あなたはとても優しい声をしている。心がとても綺麗だからでしょうか」

「変な鬼に変な人間……か。俺も話し相手が欲しかったんでな。ちょうどいい。名はなんというんだ?」

「私は千代ちよ。あなたは?」

「俺は黒鬼くろき。まあこれからよろしく頼む」

「はい、黒鬼くろきさん」



 これは寂しい鬼と孤独な娘が出会い、愛を育み、みなが平等に、誰もが色眼鏡めがねで見られない優しい里を作っていく──


 そんな始まりの物語である。




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寂しい鬼と孤独な娘 鋏池 穏美 @tukaike

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