第7話 マスターと王子様
「昨日?元々、ひなと勉強会をする予定があってね。二人でファミレスに行って、三時間みっちり教えてきたよ」
四ノ宮とゲームをした翌日、いつものように店に訪れた柚木に、昨日はどうしていたかと尋ねると、そう返事が返ってきた。
「ふーん。もしかして、私がここに来なくて寂しかったのかな?可愛いところもあるじゃん」
「そんなんじゃないっての。昨日は俺もシフト入ってなかったから、ちょっと気になっただけ」
揶揄ってくる柚木を軽くあしらいながら、カフェモカをカウンターへと置く。
以前、甘いものが好きという彼女のために勧めたものだったが、今ではすっかり気に入ってくれたようだった。
「なんだ、残念残念……ん、今日もおいし」
「そりゃ光栄で」
適当に会話しつつ、ちびちびとカフェモカを飲む彼女を眺める。
相変わらず整った顔だ。タレ目がちな瞳に高い鼻。クールでありながら、気品を感じさせる佇まいは大人びていて、制服を着ていなければ学生に見えないだろう。
一般的には可愛いと称されるだろうお姫様や、儚いという言葉が似合う四ノ宮とは別ベクトルの美人ではあるが。人気がある理由も納得できる。
「どうしたの、こっちをじっと見て。ふふん、まさか見惚れちゃってたり?私ってば、女の子じゃなくて男の子まで虜にするとは。罪な女だね」
「調子に乗るな。ただ、どうしてほとんど毎日うちの店に来てくれてんのかなって、疑問に思っただけだよ」
誤魔化すための咄嗟の言い訳だったけれど、柚木にも思うところがあったのだろうか、うーんと考えるそぶりを見せていた。
危ない危ない、妙なところで勘が鋭いやつだ。というか、来る度に俺への態度が横暴になってないか、こいつ。
「前も言ったように、このお店が気に入ったっていうのもあるし。それに」
柚木は床に置いていた鞄をゴソゴソと漁り、教科書とノートを取り出した。
俺に見えるようにそれらを掲げながら、ニコッと微笑んでくる。
「ここで勉強させてもらえないかなーって。静かだし、落ち着いてるから、すごく捗ると思うんだよね」
「ああ、別に構わないぞ。満席になるくらいのお客さんなんて来ないし」
「言ってて悲しくないかなそれ」
そんなことを言われても、事実なんだから仕方ない。
この喫茶店は常連様のおかげで成り立っています。感謝。
「じゃあ、お言葉に甘えて。咲良君の仕事の邪魔はしないから」
「おう。俺も柚木の邪魔はしないから、ごゆっくり」
嬉しそうに微笑んだ柚木は、手早く教科書を広げて勉強を始めた。
何度も言うが、テストはまだ一ヶ月も先だ。俺のような、そこそこの点数を取ればいいと思っている者からしたら、耳が痛い限りである。
穏やかなジャズが流れる店内に、ペンが走る音だけが響く。
溜まっていた洗い物を終えた俺は、これからに備えてぐーっと伸びをした。
そろそろ、仕事を終えた社会人や学生の常連さんたちが来る時間帯だ。
ほとんどが飲み物をテイクアウトしていくため、そう忙しくなることはないが、準備しておいて損はない。
「お、いらっしゃいませー」
カランコロンとベルが鳴り、見慣れた顔が店に入ってくる。
常連さんたちの年齢層は様々だけれど、俺がシフトに入っている夕方の時間帯は、主に若い人たちが多い。
「優君、聞いてよー。私また今日も仕事でミスしちゃってさあ……」
「それ一昨日も同じこと言ってませんでした」
今年から新卒で入社したらしい、社会人のお姉さん。
「らっしゃまいませー。今日もいつものでいいっすか」
「……うん。いつもありがとう」
「いえいえ。お得意様ですからね」
寡黙だけれど丁寧で、いつもお礼を言ってくれる三十代くらいであろうお客さん。
「優さーん、コーヒー割引にしてよっ。今月お小遣いピンチでさあ」
「この前試作のスイーツ食べさせてあげただろうが」
「それとこれとは話が別!ほら、部活終わりに優さんに会いに来てる健気な女の子に免じてっ」
「はあ……まじで今回だけな。その代わり、今度友達も連れてこいよ。新規客に飢えてんだこっちは」
「優さんさいこー!」
部活帰りによく来てくれる中学生の女の子。
ここで働き始めてひと月だが、それだけ働いていればよく話すお客さんもできる。
年齢も性別も様々で、店員と客、それだけの関係性。
でも。でも、その小さなつながりが。俺にとっては何よりも大切だった。
客を捌き終え、再び俺と柚木だけになった店内。
ほっと息を吐いてから、勉強中であろう彼女を見ると、ぼーっとした様子で俺の方を見つめていた。
「……なんか用か」
「ん、あ、ええと。そういうわけじゃないんだけど」
はっきりと物を言う彼女にしては、珍しく歯切れが悪い。
戸惑うように視線を彷徨わせながら、俺に言った。
「意外というか、なんというか。貶しているわけじゃないけれど、きみって学校ではほとんど喋らないだろう?でも、ここでの咲良君は、すごくこう……生き生きとしている気がして」
生き生きと、か。
今まで、学校の俺と店での俺との両方を知っている人はいなかったから、そんな言葉は初めて言われた。
柚木が言うなら、きっとそうなのだろう。
「こっちのきみ、結構好きだよ」
「……えっ」
好きと言う単語に思わず動揺した直後、柚木のにやにやとした表情を見て悟った。
こいつ、この前の仕返ししやがった。
「性格がだよ、性格。勘違いしないでくれるかなー」
「うるせえ。おら場所代払え場所代。ファミレス感覚で居座んな」
「急に?!さっきまで構わないとか言ってたのに!横暴だよ横暴っ」
「いいや当然の権利だね。マスターから一時的に店任せられてんだから」
「どこが当然なのさ……。というか、噂のマスターさんに一回も会ったことないんだけど______」
柚木がそこまで言った直後だった。
どぉん!という大きな音と共に扉が開かれる。
柚木は目を剥いて、俺はややこしいことになりそうだと思いながら、揃って扉の方向を見た。
逆光に照らされる二つの黒いシルエット。
一つは俺や柚木よりも大きく、もう一つは腰ほどまでの大きさしかない。
決めポーズのように仁王立ちする二人は、喫茶店に合わない声量で言った。
「ただいまぁん、優クン!店番ありがとねぇん!」
「ゆー、ただいまあ!」
柚木はそのクールな顔を崩し、ポカンとしながら呟く。
「マッチョと……子ども?」
子どもじゃねえよ天使な。天使。
学校の王子様がバイト先の常連になったので、俺が全力で人生を変えようと思う 人生変化 @zinsei_25
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