第6話 羞恥心と王子様
学校が終わってから、俺は珍しく家へと直行した。
帰宅部であるため、平日はバイトに入っている事が多いが、今日だけは違う。
前々からしていた腐れ縁との約束があったからだ。
『ゆーくん、敵そっち行ったよ』
「任せとけ」
急いでキャラクターを動かし、忙しなく物資を漁る。
銃を拾い、扉から入ってきた敵にエイムを合わせ集中砲火。四ノ宮の報告が早かったおかげか、俺の方が先に敵を視認し、体力を削り切る事ができた。
「おっけ、ひとりダウン」
『……エイム、衰えてないね』
「まあ、意外と?一時期お前とずっと一緒にやってたし、そう衰えんだろ」
一人称視点で戦うFPS。三人のチームを組んで生き残るこのバトルロワイヤルは、俺や四ノ宮が中学生の頃に揃って熱中していたゲームだった。
「そういう四ノ宮はまだまだ現役みたいだけど」
『……』
「無視かよ」
『ははっ、宮ちゃんは寂しいんだよ。ゆーくんがほとんどログインしなくなったのがね。今日だって、きみと一緒にゲームするって決まったら、すごく嬉しそうに報告してきたんだから』
『……うるさい』
『おっと、これは失礼。でも僕を責めないでくれよ?この歳になると、高校生のやり取りって微笑ましいというか胸がキュンキュンするというか』
『ふんっ』
『痛ぁ!ダメージ通らないからいいけど殴るのやめてくれない?!』
四ノ宮と漫才のようなやり取りを繰り広げるのは、俺と四ノ宮の共通のネット友達である、ドリームだった。
学校ではぼっちの俺たちだが、ネット上にはそこそこ友達がいる。ゲームで知り合った人がほとんどで、彼のように俺たちの本名を知っているのはごくわずかだけど。
ドリームは秘密主義で、性別が男であること、俺たちよりも年上であることくらいしか知らない。
けれど、もう数年つるんでいる友人であり、気の合う性格であることは変わりない。
試合が終わって、マッチングするまでの隙間時間。
ドリームはそういえば、と俺に尋ねた。
『喫茶店のバイトはどうだい?夢だったんだろう、たしか』
「ああ、そこそこ楽しくやれてるよ。マスターに恩返しもできてるし」
『……そうだったね。あの時期に通っていたんだっけ。きみがそこまで言う喫茶店なら、今度足を運んでみようかな』
ドリームも、俺や四ノ宮が荒れていた時期のことは少なからず知っている。喫茶店のおかげで今の俺があることも。
だからこそ、ドリームが興味を示すのも当然と言える。
「おいやめろよ。知り合いが来ると気まずいだろうが」
ただでさえ柚木がほぼ毎日来ていると言うのに、どうして余計な心配をしなきゃならんのだ。
というか、柚木は今日も店に来たのだろうか。出勤しないと伝えてはいなかったが、大丈夫……って、なんの心配をしてるんだ俺は。
別に、俺が店にいようがいまいが、あいつには関係ないだろうに。
『そう言われたらますます気になるな。宮ちゃんも行きたいよねー?』
『……行きたい。行く』
「なんで乗り気なんだよ」
四ノ宮は圧倒的にインドア派で、放課後どこかに遊びに行く姿なんて見た事がない。だからこそ、彼女の積極的な姿勢は意外だった。
『だって、ゆーくんが接客してくれるんでしょ』
「ん、まあ店員だしな」
『だから行く』
「なんも話繋がってねえよ」
相変わらず言葉足らずな四ノ宮にツッコミを入れていると、ドリームが沈黙していることに気づいた。おいこいつまたニヤニヤしてるだろ。
『わかってないなあゆーくんは。宮ちゃんがきみのバイト先に行く理由なんて、好きな男に接客してもらえるからに決まって……ってチームから追い出さないで!ごめんごめんって!』
『別に、そういうのじゃ……ない』
カプ厨が何か言っているが、四ノ宮の俺に対する感情が、男女のそれではないことは、よく理解している。
『友達がバイトしてるの、見てみたいって思うのは……普通じゃない?』
「……いや。そんなことないよ」
心配そうに呟く四ノ宮に、できる限り優しい口調でそう返した。
俺も彼女も揃ってぼっちではあるが、四ノ宮は極端に人との関わりを拒むタイプだ。中学生時代は今よりもそれが顕著で、不登校に近い状況だった。
俺やドリームを始めとしたネット友達に出会い、少しずつ心を開いてくれたが、彼女が「普通の」人付き合いを経験してこなかったことに違いはない。
「でも、来るなら事前に知らせろよ。心の準備ってもんがあるから」
『わかった』
『了解だよ』
「お前は来んな厄介カプ厨」
『辛辣?!僕にももっと手心ってもんをさあ……』
「いい大人が高校生に手心求めんなよ」
四ノ宮が「普通」になろうとしているのなら、俺はそれに付き合おう。
普通じゃない俺たちは、きっとこうやって普通になっていく。
『ゆーくんが働いてる喫茶店ってさ、結構大きいところなのかい?』
試合が終わり、手をほぐすように揉んでいると、ドリームがそう尋ねてきた。
「いや?基本はマスターが一人で切り盛りしてるから、そう大きくはないな。お客さんも、大体は常連さんだし」
『……常連さんて、どんな人なの』
「うーん……」
常連と言われ、柚木のことを思い出してしまった。
まだうちの店に来てから日は浅いが、最近はほとんど毎日接していたからだろうか。
「うるさいやつだよ。よく絡んでくるし、揶揄ってくるし」
柚木が最初に店に来た時、面倒くさい気持ちしかなかった。
学校の王子様と、クラスのぼっち。カーストには天と地ほどの差があって、一生関わることはないだろうと思っていた。
けれど、なんの偶然か彼女と関わって、話を聞くうちに、柚木も柚木なりの悩みを抱えていることを知った。王子様という肩書きに、悩んでいることを知った。
客と店員。できることなんてほとんどない。けれど、彼女にとって、何か救いになるような場所にできれば、とも思った。
「まあ、でも。いいやつではあるな」
『……へえ』
「なんだよ」
『いやあ、案外いい関係を築けてるんだなあって』
『ゆーくん、楽しそう』
『ね。それ思った』
楽しそう?俺が柚木と関わってるのが?
……なんか、恥ずかしくなってきた。
「その話はもういいんだよ!次行くぞ、次」
『珍しく乗り気。嬉しい』
『いいネタを見つけたかもしれないなー』
俺は羞恥心を誤魔化すように、準備完了のボタンを連打した。
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