爆走するパパ上

「急げっ! 遅刻するぞ!」


 そう言って自転車に乗って私はボナンザに声をかける。

 ボナンザは慌てながら家の鍵を閉めている最中だ。


 今日は見事に寝坊した。

 二人揃って後数分後にくる電車に乗らなければ遅刻というレベルの遅刻寸前である。


 【ロッカク】というものを知っているだろうか。もしかすると【トンボ】。【ハブステップ】とも呼ばれることもあったかもしれない。

 自転車を二人乗りするように作られた(本当は違う用途っぽいけど)後輪の左右につける、足を置ける金具だ。

 今も昔も、一応このようなものを使って二人乗りするのは交通法違反である。


 とはいえ、まだ二人乗り違法取り締まりが緩い時代の頃の話だからこそ、遅刻も相まって私達は二人乗りをして急いだ。


 雨の中だ。

 ボナンザが後ろに乗って傘を差し、私はおもっくそ必死に漕ぐ。

 私は一応高校時代は雨の日も雪の日も毎日1時間はかけて自転車で通っていたので、自転車のスピードには自信がある。それこそ、普通道路を60km~80kmで狂走する富山王国国民の車と競り合うほどのスピードで駆けていたあの頃が懐かしい。

 ……さすがに、それは誇張しすぎのウソではあるが。


 そんななかなかのスピードの中である。私はどうでもいいが(?)会社にボナンザを遅刻させるわけにもいかないのだから、なかなかに焦りの中でもある。


 直線を突っ切り、曲がり角では安全とは言えない爆走で曲がる。安全に曲がる。それこそどこぞの弱〇ペダル並みのスピードである。


 私は、上手い。

 そう思っているうちは、危ないやつなのだ。

 自意識過剰。そして過信。


 そのツケが、この時に、来た。


「やばい! あの五分だよ!」

「大丈夫だ! このスピードなら余裕――っ!? か、っは!」



 曲がる瞬間。

 ボナンザの体が軽く揺れて、傘の持ち手が私の視線に入った。

 もちろん私はとっさにかわしながらスピードも落とさずに進む。


 だが。


 ボナンザの持つ傘の持ち手は、U字型の傘だった。

 くいっと、奇跡かのように、眼鏡のツルがU字に絡む。そのまま曲がってしまえば、遠心力でツルを引っ張られた眼鏡はどうなるか。





 ぽーん。


 かちゃ、ぱきんっ




「え、今なんか変な音しなかった!?」

「大丈夫! いける!」

「いや、なにが!?」


 私の脳は、アドレナリンどっぱどばだったのだろう。

 眼鏡がなくても、雨の中であるから、眼鏡がなくても、視界が悪いのは変わらない。





 私は、眼鏡が吹っ飛んだことに、気づいていなかったのだ。





 自転車を月極駐輪場に止め、無事遅刻することなく電車に乗ることができた私達。

 だが、電車に乗った時に気づく。


「眼鏡……が、ない!?」


 まさかの、眼鏡一族としての大きな失態、体の一部をなくしてしまったのだからハラキリものである。




 とりあえずその日は眼鏡なしで会社で過ごす。

 会社が終わってすぐに家へと戻り、戻る途中で朝自転車で爆走した道をしっかり見て私の体の一部が落ちていないか見てみるが、どこにも見当たらない。


 人の眼鏡なんて誰も拾うはずがない。

 交番かと思うがそこにもない。


 どこへいった。どこへいった。

 だけども明日も全然見えないまま過ごすのもいかがなものか。

 そう思い、しょげながら私は近くの眼鏡屋へといき、新しい眼鏡を購入することになった。



 あの眼鏡……買ったばかりだったのにな。



 そんなことを思いながら、眼鏡を思う。













 そんなことを思いだした、ウン十年後。


 家で眼鏡が割れたと騒ぐボナンザとセバスを横目で見ながら。



 あのメガネは、今はどうなっているだろうか。



 そんなことを思えるのだから、




 我が家は今日も




 平和である。

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【KAC20248】パパ上様日記 ~我が家は眼鏡一家でござる~ ともはっと @tomohut

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