後日談(おまけ) : 巫女と不適正勇者カフェ店員

 世界を揺るがせた決戦が終わった。とはいえ、終わった次の日から何もかもが平穏になるわけではない。いまだ残った弱い魔物との戦い、土地の再建。やる事は山積みだ。


 だから。

 巫女アーケは静かに言った。


 「セイヤ」

「はい」

呼ばれ、従者セイヤはいつも通り静かに歩み寄る。黒いフードの中の表情は見えない。

「貴方は――もう、元の世界へ帰りなさい」

「……」

アーケはくるりと、鏡の方を向いた。セイヤの顔をまともに見ている事などできなかった。胸が詰まる。だが、巫女らしく振る舞わなければ。

「貴方はもとより勇者として不適格。……向こうの世界とのゲートが安定するまでは、あなたの世界に帰せないと言いました」

「はい」

「ですが、世界は救われゲートは安定した。だから、元の世界へ」

グッ、と鉄を飲み込む痛みにも似た寂しさを飲み込む。

「帰りなさい」

「承知いたしました」

従者の返答はあっさりしていた。アーケは、ちくりとした胸の痛みに気づかぬフリをして、言葉を続けた。

「今までの勤め、感謝致します」

「はい、アーケ様」


 そして従者セイヤは言った。

「向こうの生活が整ったら、またこちらに戻ってきます」

「はぁ!?」

巫女らしからぬ声が出てしまった。振り返ったアーケに従者セイヤは微笑む。

「その時はゲートを使って俺のことを呼び出してくださいね」

「待って、あなたずっと元の世界に帰りたいって」

「はい」

セイヤは頷くと、世界を映す鏡に目をやった。

「一人残してきてしまった弟が心配で。ですが、こちらとあちらが自由に行き来できれば特に問題はないので」

あ、とセイヤは手を叩く。

「よかったら、ゲートは俺の弟がやってるカフェの裏口あたりに作ってくれませんか? そしたら、カフェとこっちとで生活がラクになるから」

「とっとと帰りなさい!」


 アーケはぴしゃりと叱咤し、手の中にエネルギーを集約させた。鏡がゆらりと揺れ、歪んだ空間の中に愛しい従者が吸い込まれていく。


 「こちらの世界に帰ってこようなんて、二度と思わないように!」


 消えゆく従者の影にそう叫び、アーケは息を吐いた。


 私は――声に、迷いが滲んでいないだろうか。

 できるだけ、冷酷で冷静な巫女として、あるべきように振る舞えているだろうか。

 

 いや、きっと振る舞えていた筈。

 アーケはそう信じて、巫女のあるべき仕事へと戻った。



<完>

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【KAC #8】世界救ったお礼は、めがねでいい 二八 鯉市(にはち りいち) @mentanpin-ippatutsumo

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