それはどう考えても、めがね

真野てん

第1話

 彼氏とケンカした。

 あまりに腹が立ったのでもう覚えていないけど、きっかけは些細なことだった気がする。


 金曜日。

 仕事が終って待ち合わせ。焼肉してお酒飲んでセックスして――。

 深夜のファミレスで言い合いになった。


「もう知らない!」


 半泣きで吐いた捨て台詞に、もっとなんかあったでしょって自問自答。

 始発までネカフェで時間を潰しながら、友達に愚痴電話。真夜中――というかもう明け方だったのに付き合ってくれるとは、わが友ながら人間が出来ている。


「アンタが男だったら絶対に付き合ってるのに!」


 涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにして思いのたけをぶちまけた。

 落ち着こうと思ってコンビニで買った缶チューハイがいい感じに回っているらしい。


『いま、すっごいブサイクでしょ? あたし面食いなんだけど』


「うるさいなぁ。い~でしょ~。ちょっとぐらいブスなほうが愛嬌あるって」


『あはは。自分で言う?』


 彼女とは高校時代からの親友で同い年。

 三年間、吹奏楽部で共に青春の汗を流した――なんて言い方すると古臭いけど、いま思えばあれは本当に青春だったなと思う。

 社会に出てからは特にそう。時間に追われながら、やりたいことと出来ることの違いも分からなくなって、日々迷走を続けている。


「……別れたほうがいいのかなぁ」


 彼氏から逃げるようにファミレスを飛び出したのが二時間前。

 まだ向こうからの連絡はなし。

 あっちもこうやって、誰かのちからを借りながら頭を冷やしているのだろうか。それとももう愛想つかされちゃった?


 やだ……やだよぅ……。


『もっかいちゃんと会って話したら? 別に嫌いになったわけじゃないんでしょ』


「……うん」


『とりま、きょう一日空けとくから、家ついたらまた連絡して』


「ん。ありがとう」


『どーいたしまして』


 散々愚痴を聞いてくれたあと、彼女はあくびを噛み殺しながらフェードアウトしていった。時計を確認すればそろそろ始発も出る頃合いだ。

 なんて気の利く女なのだろう。


「ふぅ……」


 ため息をひとつ。

 帰り支度でもしようと空き缶をレジ袋に入れようとした時、スマホにテキストメッセージの通知が来ているのに気が付いた――彼からだ。


 アルコールにより高まった動悸と、それとは違うドキドキに胸が締め付けられる。

 どうしよう。

 でも見ないわけにもいかない。

 幸い、友人のおかげでこちらも冷静さを取り戻している。


 ダラダラしていても仕方がない。

 ここは覚悟を決めて、スマホをスワイプ――。


 瞬間、また血液が煮えたぎるようにアツくなる。

 我慢が出来なくなった私は、考えるより先に彼氏に電話していた。


 1コール。2コール。3コール目で出た。

 きっと待ち構えていたのだろう、さすがに早い。


『あ、お、おう。さっきはその』


「ちょっと! なによ、アレ!」


『は? え?』


「ワケ分かんないんですけど。そっちがそういうつもりなら、もういい。別れる。二度と連絡してこないで!」


『ちょ、ちょま、ワケ分かんないのはこっちだって! 一体なんのこ』


「うるさい!」


 私はスマホを握り潰してしまうのではないだろうかという勢いで通話を切った。

 そのまま壁に投げつけてやろうとしたが、ここがネカフェの個室であることをすぐに思い出して急激に感情が冷めてゆく。


「帰ろ……」


 その後も彼氏からすぐに着信があったが無視。

 あんなことをわざわざ書いて寄越してくるヤツにもう未練なんかない――。


 失礼な彼氏が数分前に送って来たメッセージ。

 それはたった四文字だった。




 ごねんな




 しばらく着拒していたため、この問題が解決するのは数日先になる。

 その後、ふたりがどうなったかはナイショ。

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