メガネ朝帰り
だら子
第1話
「帰りたくない」
そう言ったのは私ではなく、メガネだった。
「は?ケンタのこと好きなの?」
メガネをはずしながらメガネに聞いた。
「うん。私だけケンタと泊まるよ。ミキはさ、メガネを置いてここを出てよ。不自然じゃないように、今みたいにはずしてさ。あ、トイレから戻ってきた。よろしく」
オーソドックスな茶色の縁のメガネなのに、謎に主張がすごい。
って…初めて喋ったわ。メガネと。
ケンタは私の大学のサークルで知り合った、映画や音楽お笑いなど趣味が合う友達だ。
女同士ではできないツッコミや、ラーメン屋や焼肉。
カラオケも男の歌ばっかり歌える。
お互い恋人がいる時期もあったが、こうやって「30歳過ぎまで友達をやらせていただいてます」という状況はありがたい。
トイレからスマホをいじりながら返ってきたぼやけたケンタに
急いでメガネをかけてから、2杯目のビールの一口と、豚串を食べる。
メガネはケンタのどんなところを好きになったんだろう。
悩んでいる時にもあれこれ聞かないのに、優しさを感じるところ?
お店の人に丁寧なところ?
コンタクトにすればいいのにって言わないところ?
そういや、ケンタはわたしのことどう思ってんだろ。と、ふと思う。
友達だとは思うけど、それ以上の感情抱くことはあったのか、たとえば、
「朝帰りしたい」とか。
そんなこと考えるなんて。とんだ女…いやとんだメガネだなと思いながらちょっと上の空になった。
「なに、ぼーっとしてんだよ。好きな男のこと考えてたのか」
ケンタは私を覗き込む。
あれ。こんな顔だったっけ!?
年末にお笑いと観る時も、
映画がつまらなくて途中で文句を言う時も、
私たちは面と向かっていない。
こんな、こんな顔だったっけ?
急にメガネが曇る。
照れて慌てたわたしは、不自然にメガネを外して店を出た。
なんだろうこの気持ち。
後ろから追いかけてくるケンタの手にしたメガネが、ネオンに反射してピカっと光った。
あのメガネ絶対ニヤけてる。
メガネ朝帰り だら子 @darako
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