サトゥルヌスの食卓

@bigboss3

第1話

 双子である中村兄妹はオープンの札を表にした。

兄優斗は癖のある黒い天パの頭と美しい顔立ちとすらっとした体をして、アイドルでもやっていたかのような容姿をしている。

妹美沙は金色の髪にショートヘアで男装の美麗のような姿形をした。某歌劇団の男役か美少女戦士の一人と思える雰囲気を持っていた。

その二人が経営するレストランサトゥルヌスに十二歳くらいの子供が一番に入ってきた。

「お兄ちゃん、お姉ちゃん」

「よう、リク、一番乗りはお前か?」

 リクという少年は中村兄妹に満面の笑みで店に入る。その後ろを近所の宗教施設でお祈りを終えた人々が昼食を取りにやってきた。

 中村兄妹は丁寧な接客で人々を店の中に入れていった。

「ん、どうしたの、リク君」

 客の一人が店に入らず外を見つめるリクに気が付いて質問する。

「いや、あの車と周囲の人。この辺じゃ、見ない人だなあと思って」

声をかけた客が見ると、確かに見たことない車と妙にごつい男の人がこちらを観察するかのような目で睨んでいた。

「何かの取材じゃないの。気にしない、気にしない」

 リクにそう言った客はリクの手を取って店に入っていった。ほぼ同時に、向こう側で見ていた男たちはピンマイクを使いながら誰かと連絡を取り合っていた。

 レストランは笑顔に溢れていた。中村兄妹はローラースケートを履いてそれぞれの料理をみんなの席に置いた。

 みんなはその料理を満足しながら食べ始める。

 リクは一番前の席で大好きなビーフシチューをご飯と混ぜて食べていた。

「おいしい、優斗お兄ちゃんと美沙お姉ちゃんの料理はおいしい」

「そうか、いやあそう言われると照れるなあ」

「それはいいけど、兄さん、彼にプレゼントを用意して」

 美沙の言葉に優斗は思い出したかのように二つの箱を取り出した。

「なになに、中身は何なの?」

「開けてみてみな、見たら驚くわよ」

 リクが紙を乱雑に破り、箱を開けてみると中から現れたのは蒸気機関車と電気機関車のHO型鉄道模型だった。

「すごい、これ朝鮮総督鉄道のデロイ型電気機関車と南満州鉄道のマテイ型蒸気機関車だ」

 端から見ていた客たちもリクのプレゼントに興味津々だ。

「美沙お姉ちゃん、これどこで売っていたの?」

「違うわ、私たちがこの日のために改造したの」

「おかげで、今日も寝不足さ」

 そういって優斗はあくびをして目をこする。

「しかし、この店はいいな」

 神社で神主をしている男性が二人をほめる。

「いや、皆さんが毎日来てくれたおかげですよ」

「そうです、私たちは普通に料理を作っているだけですから」

「何を言っているの。各宗教に合わせたメニュー作ったり、不登校や引きこもりのために無料で食事提供するなんて普通じゃできないわよ」

 みんなは口々に兄妹に惜しみない感謝の言葉を与えた。

「でも、人生は分からないものね。演劇界でトップスターになったのにその人気絶頂の時に引退。稼いだお金をもとにレストランを開くなんてね」

 寺のおばさんの言葉に二人は険しい表情でそのおばさんを睨む。

「おばさん、その話はしないでくれよ」

「そうよ、あんなつらいことに度と思い出したくないわ」

 おばさんは思わずハッとして、肩を狭めた。

「ところで、気になっていたのだが、あそこの特別ルームは入れないのかい?」

「申し訳ないが、あの部屋は特別なお客様しか入れない決まりになってまして。一般客はどんな例外も認めていないのです」

「ちょっとだけ覗くのもダメ?」

 リクの質問に二人は「ダメ」と大人が子供を叱るみたいに怒鳴った。

 リクは残念そうな顔で食事を再開する。

「ところでリク君のお母さん、今でも犯罪者の家族を支援しているの?」

 美沙の質問にリクは首を縦に振った。

「でも、なんで犯罪者の人間の家族を支援するのかねえ」

「そうだな、自業自得なのに」

 レストラン内に次々と心のない言葉が飛び交っていた。リクもそのうちの一人で「僕も分からないよ。なんで悪い人の家族を助ける理由なんて」と答えた。

 と突然、男たちがレストランに乱暴に入ってきた。

「いらっしゃいませ。お客さんご注文は……」

「全員そのまま動かないで」

 男たちはぶしつけに席にそのまま座るよう命令する。

「な、なんなの。ここは私たちの店よ」

 美沙の抗議に警察手帳と何かの紙が書かれたものを見せて自分たちの身分を明かした。

「警察だ。中村優斗と中村美沙、殺人と死体損壊の罪で逮捕する。これが捜査令状だ」

 そう言って、捜査員の何人かは厨房の中に入っていく。

「おじさん、何を言っているの。お兄ちゃんは人を殺しなんてしないよ」

「そうだよ、立派にレストランを経営しているのに」

 二人は警察官に抗議の声を上げたが彼は無視して捜査員に指示を出していた。

「何か証拠でもあるの?」

「和歌山県T町で捕鯨を行っていた乗組員が行方不明になっているのは知っているか?」

 刑事の一言に二人はスマホを取り出したニュースを確認した。

「そこで、反対運動していたこの二人と行方不明になった漁師数人が会っているのを目撃した人がいる」

 その直後捜査員が血相を変えて飛び出てきた。そして悲鳴と嘔吐物を口の中から出して目には涙を浮かべ、彼らはまるで地獄を見たかのような表情をしていた。

「おい、お前ら何年捜査している。たかが家宅捜索ぐらいで」

「み、見つけました。証拠を」

「そうか、何を見つけた?」

「そ、それが……」

 捜査員たち口を固くしたことが気になったリクは恐る恐る覗こうとした。

「だ、だめだ、中を見るな」

 捜査員の引き留めもむなしく、リクはそれを見た時、気持ち悪くなり嗚咽を出した。

 その厨房の奥には冷蔵庫があるが、そこには食材が保存されていた。その中に肉が見えたのだが、それは豚や鳥でも牛でもなかった。

 その肉の塊には人間の手足などが見えた。中には人の頭部が脳の露出している状態で保管されているものまであった。

「お、お前ら、まさか、あれで料理していたのか?」

 捜査員の怒りと恐怖の気持ちが周囲からも感じ取れた。

 一方の中村兄妹は何ら悪びれることもなく、むしろ正義はこちらにあると言いたげな表情で捜査員に答えた。

「言い訳はしないよ。でも、誰でも食べさした訳じゃない」

「ええ、食材にしたやつも食事に出したやつも屑だから」

 その言葉は周囲の印象をさらに悪化させた。

「何が、屑だ。人肉を料理にする事が正義だとでも?」

 その怒号を出した捜査員は思わず口をふさいだが、時すでに遅かった。

中にいた客は一斉に悲鳴を上げて吐いたり、逃げ出したりした。

「みなさん、落ち着いてください。落ち着いて」

 捜査員たちは慌ててなだめるが、身から出た錆で簡単には収まらなかった。

 一方の中村兄妹は不敵な笑みを捜査員に向けながら、リクの目をかばった。

 二か月後、リクは食い入るように中村兄妹の殺人に関するものがないかスマホのニュース動画を見ていた。

「和歌山県で起きた捕鯨漁師が失踪した事件で逮捕された中村優斗容疑者と、中村美沙容疑者は今日の午後起訴されました。警察は冷蔵庫にあった切断された手足の指紋やDNAから行方不明になった漁師の大川邦人さん四一歳の物であると発表しました。また、家宅捜索などからパソコンのハードディスクを押収、解析を進めています。取り調べに対して二人は容疑を全面的に認めているとのことです……」

 リクはニュースに飽きて、最近、はまっているヒロインが悪に染まる物語を読もうとした。

「リク、ちょっと降りてきなさい」

 母親の声を聞き、リクは「もう少しだったのに」と不満を口にしてスマホをズボンのポケットに入れて、部屋から一階に降りた。

「なに、母さん?」

「これから仕事で加害者家族の家に行くの。よかったら一緒に行く?」

 いつもなら断る所だが、この日は何か気になったみたいだ。

「いいよ、一緒に行く。犯人の家族がどんな屑野郎なのか見てみたいから」

「いいわよ、彼らがどんな人なのか、あなたにも直接見てもらうわ」

 水瀬は眉をひそめながら玄関に向かい、リクはウキウキ気分で母親の後をついていった。

 車に乗って加害者家族の家に向かう最中、リクはスマホのイラストを見ていた。

「こら、そんなのを見ていると車酔いするわよ」

「いいじゃないか、減るものじゃないのに」

 そう不満を口にした直後に、何を思ったのか水瀬に質問をしてみた。

「ねえ、誰の家に向かうの?」

「中村兄妹の両親と親族からの依頼よ」

「でも、どうして?」

「それは行ってみればわかるわ」

 水瀬はそう言ってアクセルを踏み込んで中村兄妹の実家に急いだ。

 四〇分後、中村兄妹の実家の前に着いたとき、リクは目をぱちくりさせた。

 それはごくありふれた普通の家で、どう見ても犯罪者が生まれた所に見えなかった。

しかし、塀や家の壁に書かれた誹謗中傷の言葉が二人の生家であること証明していた。さらに、家の周りには報道陣が集まって危険な雰囲気だった。

「こ、ここがお兄ちゃんとお姉ちゃんが生まれたところ?」

「そうよ、大体の人は異常な生活環境だと思っているけど、実際は普通の家庭が多いわ」

 母親の言葉をリクは信じようとはしなかった。母親の言葉が正しければ、誰にでも起きることだということになるためだ。

「どうやって入る?」

「そうね、先んじて入ったスタッフが入れてくれると言っていたけど」

 そう言って周りを見渡すと、取材陣に混じってスタッフらしい人物が手招きしていた。

 水瀬はハンドルをスタッフの手招きする方向にきり、車庫の中に入っていった。

「水瀬さん、お疲れ様です」

 スタッフは小さな声で取材にばれないように話す。リクはスマホをいじりながら降り、ドアを思いっきり締めた。

「こら、もっと静かに締めなさい。外に聞こえるでしょう」

「別にいいじゃないか」

 悪態をつきつつリクはスマホをいつでも写メで撮影できる状態を維持して入った。

「お父さん、お母さん。こちらが犯罪者家族支援会の会長を務める浅田水瀬さんです」

「初めまして水瀬です。こっちは息子のリクと言います」

 そう言って水瀬はリクに頭を下げさせた。リクの方はいささか拍子抜けした様子だった。

 中村兄妹の親は五〇代後半くらいの中年で所々白髪があり、普通の服装をして普通のおじさんとおばさんの顔をしていた。しかし、表情はほほが痩せこけ目は光がなく、生きる気力が完全に失われているのが見て取れた。

「お母さん、ほんとにこの人なの?」

「ええ、驚いたでしょう」

 水瀬はそう言って憔悴しきった中村兄妹の両親とともに部屋の奥に入っていった。

 部屋の中は、二人の家族が十人近くいたが、誰もが「死にたい」とか「なんで、こんな目に」とかつぶやき、子供は泣きそうな表情でその母親にしがみついていた。

 その姿を見てリクは自業自得と思ったが、水瀬達は真摯真剣な表情で声をかける。

「お父さん、大丈夫ですか?」

「……はい」

 その一言だけ父親は発した後、口をつぐむ。他の家族も同様だった。

「ねえ、おじさん。どうして、優斗お兄ちゃんと美沙お姉ちゃんを人殺しにしたの?」

 リクとしては普通に世間が持っている疑問をぶつけただけなのだが、その言葉は彼らの家族を追い詰めるしかなく、すぐに「余計なことを言うんじゃない」と水瀬に叱られた。

「坊や、私にもわからないのだよ」

「あたしだって必死に働いていい大学や会社に行かせようとした。そりゃ、役者や料理人になったのは少なからずショックだったけど……」

 二人は雑巾を絞るように声を出して答えた。でも、その答えはリクにさらなる追い討ちを仕掛ける口実になった。

「厳しさが愛情っていうのは信頼関係があって初めて成立するものだよ。それがないと虐待しているのと同じだよ」

 その言葉は二人の心に鋭く突き刺さり、目から涙があふれだした。

「なんでそんなひどいことが言えるの!」

「もし私達の教育が虐待だとしたら、育て方が間違っていたってことになるじゃない」

「申し訳ありません、息子が心無いことを言って」

 水瀬は息子に代わって謝罪する。二人は一番上の姉にハンカチを貰って涙を拭いた。

「すまない、私もどうかしていたのだ。坊やも驚いただろう」 

 父親は孫をかわいがるように優しく言葉をかける。

「坊や、名前はなんていうのだい?」

「浅田リク、十二歳」

「そう、リク君というのかい」

 二人はハンカチを折りたたんで、リクの手を優しく握りしめた。

「それより、ご家族に何か起きたことはありますか?」

「ありすぎて、心臓発作を起こしそうになるわ」

 母親は苦し紛れに、正直な気持ちをリクと水瀬、そしてスタッフに伝えた。

「孫は、机に花を置かれたり、給食にチョークを入れられたり。一番上の息子は会社に自己退職名目でクビになった。一番下の子は大学を辞めてしまった。親族に助けてほしいと言っても、返ってくるのは関わるなとか、恥さらしとか、お前が死んでおけばいいとかばかりの言葉だ。あの人たちも職を失ったり、家族が離散したりしているらしい」

 それは、思春期の少年からすればあまりにも酷い現実だった。リクは途中から耳を塞ぎ目をつむって、聞かないようにしていた。

 一方の水瀬とスタッフは心を痛めてはいたが、平常心の装いつつ聞き入っていた。

「お気持ちは分かります。私もこの仕事で多くの人たちの苦悩や仕打ちを聞いています。しかし、このままだと危険です。安全なところに避難しましょう」

 水瀬が説得を始めた直後に、二階から窓ガラスの割れる音が聞こえて「出てこい。怪物め」と高校生の罵声が聞こえた。

 孫は大きな声で泣き叫び、その子の親も「一緒に死にたい」とつぶやく。

「わかりました。孫のこともあります。どこか、安全なところに避難しましょう」

 父親は水瀬の提案を受け入れて、車のカギを手にして避難する準備を始めた。

 リクは水瀬に「もう、大丈夫」と言って耳と目を塞ぐのをやめさせて、車に乗っておくように伝えた。リクは一目散に乗っていた車に戻っていった。

 車内でリクはスマホに写る優斗と美沙の写真を見つめていた。一人っ子で母子家庭の自分にとっては兄と姉同然の存在だった。

「どうして、人を食べたのかな」

 リクがカニバリズムに関するサイトを検索しようとした丁度その時、二人の両親が孫を抱いて車に乗り込んできた。最後に水瀬が運転席に座ると、車に鍵を差し込みエンジンを始動させる。

「いいですか。息子さんたちが先に出ますから。それまでの間姿勢を低くしてください。マスコミがいなくなったら、私が顔を上げるように言いますから」

 水瀬に言われるがままリクたちは姿勢を低くした。

その問いかけに二人も頭を抱えているようだった。

 車のシャッターが開くとまるで犯人と同じ扱いで、報道陣から一斉に光が浴びせられた。

 水瀬以外は、顔が写らないように努力した。

 彼女は懸命にハンドルを握り、マスコミからの追撃をかわそうと努力した。

しかし、相手の方はハイエナのように執拗についてきた。中村の両親と孫は恐怖のあまり体を震わせていた。

「クソ、マスゴミめ。そんなについてくるのが楽しいのかよ」

 リクはそうつぶやきながら頭を低くし、顔を歪めた。

 深夜十一時を回ったころ、加害者家族を乗せた車はマスコミの追跡を振り切って、支援団体の施設にたどり着く。

 両親は子供たちと孫に対して先に休んでいるように伝えた。

息子夫婦らは水瀬のスタッフに「ありがとうございます」と深々とお辞儀して、重い足取りで建物の中に入っていった。

「お母さん。こんな事しょっちゅうやっているの?」

「ええ、ここまでの凶悪事件じゃなくても、事件が起きると、世間からひどい迫害と誹謗中傷を受けるの。特に日本では犯罪者の家族も犯罪者と同じとみなしているわ」

「実際、私たちもこんなことになるまでは、世間と同じように考えていたよ」

「でも、まさか、自分たちがその当事者になるなんて」

「おじさんやおばさんは何も気づかなかったの?」

「それが全く思い当たらないんだ」

「ホントに何も?」

「ええ、そういうリク君はどうなの。君はレストランで常連だったと聞いているわ」

「……別に気になることはなかったと思うよ。気さくだし、お客さんにも優しかったし。僕のために模型をプレゼントしてくれたり」

「まあ、今日は遅いから早く寝ましょう」

 水瀬の言葉にみんなは同意して、中村兄妹の家族は施設の奥へ消えていった。

その後ろ姿は、リクの目から見ても、悲しくて仕方がなかった。

「お母さん。あの人たちこれからどうなるのかな?」

「この二か月間とは比べ物にならないくらいの生き地獄を受けるでしょうね」

 水瀬はそうリクに語りかけながら一緒に二人を見つめていた。


 中村兄妹の家族を施設に送ってさらに一ヶ月後、ようやく彼らとの面会が認められた。

最も面会に行ったのは、リクと水瀬の二人だけだった。

「でもひどいよね、面会に行かないなんて」

「仕方がないわ、彼らも自分の子供の犯した罪が重いから、行くにいけないのよ」

 そう言って、水瀬は面会室の扉を開けて椅子に腰掛けた。アクリル板の向こうには刑務官が両手を後ろ手にして直立していた。

「ねえ、おじさん。いつ優斗兄ちゃんと会えるの?」

 リクの質問に刑務官は何も答えず、ただ険しい表情をしたまま沈黙を保っていた。

「何だよ。無視かよ」

 リクは悪態をつきながら椅子に腰掛けた。その5分後アクリル番の向こうにある扉が開いた。中から刑務官と髪の毛が真っ白な中村優斗が現れた。

刑務官は彼の背後にたつ。

「優斗お兄ちゃん、元気だった?」

「元気とはいえないけど、そこそこだね」

 それは犯罪者の会話というよりは普通に仲のいい兄弟の会話に見えた。二人の刑務官は顔を無表情にしながらも、目を丸くして見ていた。

「優斗さん、初めまして。私は・・・・・・」

「浅野水瀬さんですね。シングルマザーで加害者家族支援団体の代表を務めている」

 水瀬は少し驚いた様子だが、気を取り直して話を始める。

「私のことはご存じでしたか?」

「ええ、貴方のことはリク君やネットで知っていましたから。まあ、それはそうと、親父やお袋がきていないということは、やはり・・・・・・」

「はい、貴方たちの犯罪で両親はもちろん、親族一同は憔悴しきっています」

「まあ、因果応報というやつですよ。俺らを差別したそのつけが回ったのですよ」

「それは、少しひどくありませんか?」

「貴方は、ご存じないと思いますが、俺たちは食事に肉を食べさしてくれなかったのですよ。そのくせ、しつけと称して子供をラジコンみたいに操り、僕らの辛さや悩みは無関心。そんなのが幸せと思いですか」

 それは聞いた水瀬は優斗の言葉を否定せずに「その気持ちはわかります」と答えた。

「私の支援してきた人の多くは普通以上の生活水準を保っていました。そういう家庭は外観からすれば悩みがないように見えて、実際はかなり複雑な生い立ちだった場合が少なくないのです」

「なるほど。実際の俺もそいつらと同じだったというわけか」

そう言った後、今度はリクに視線を向けて、優しく語りかけた。

「ところでリク。おまえは学校や周囲からいじめられてないか?」

「みんなからは、少しひかれていたけど、まだ大事になってないよ。ただ、お客さんたちの精神的ショックは大きくて・・・・・・」

 少しくらい表情をして言葉を詰まらせるリクを優斗は励ましながら答えた。

「心配するな。彼らにはいろんな意味で世話になってくれたから食べさせてないよ」

「ほんとに?」

「ほんとさ、彼らはいい人ばかりだからね」

 優しい笑顔をリクに向けて語りかけた。その様子を渋い顔をしながら見つめる刑務官と不思議そうな顔をして見つめる水瀬。

「優斗お兄ちゃんは刑務官にひどい目にあっていない?」

「なんでだ?」

「だって髪の毛が真っ白じゃん」

「ああ、これか、これは昔に白くなったんだ」

 そう言って何かいやな思い出でもあるかのような表情で視線を横にさけた。。

「そろそろ面会時間が終わります」

 刑務官の一言に三人は我に返り、渋々水瀬とリクは別の拘置所に向かう準備をする。

「ああ、最後に二つだけ」

「何ですか?」

「リク君にプレゼントがあるから、地下室に行ってほしいんです。それともし美沙と面会したら伝えてください。俺は愛している、死ぬときは一緒だって」

「わかったわ、伝えておきます」

 水瀬はその言葉を聞いた後、リクとともに美沙の面会に旅立っていった。

 優斗との面会から四時間後、リクと水瀬は美沙と会い、同じような会話をはじめた。今回も刑務官が立ち会っていた。違うのは女性の刑務官が立ち会っていた。

 面会したときの彼女も優斗と同じく髪が真っ白だった。

「ところで美沙さん。あなたも髪が白いですけど、若白髪ですか?」

「はい、水瀬さん。あたしも子供の頃に真っ白になっちゃって、ここに入るまで白髪染めを使っていたのです」

「どうして白髪になったのですか?」

 水瀬の質問に美沙も言葉を詰まらせながらもなんとか言葉をひねり出す。

「実は私たち双子は昔、強姦にあったことがあるんです。しかもかなりマニアックなアダルト動画に出演させられて。その精神的ショックですね」

「え、初耳ですけど?」

「そりゃ、そうでしょ。あの馬鹿どもが告訴はおろか事件をなかったことにしたから」

 それを聞いて「それは、かわいそうに」とただ、それだけしか水瀬には発せられなかった。

「でも、悪いことばかりじゃないわ。そのときキャットスーツの格好をした女のおっぱいをあたしたちは思いっきりかじってやったわ。それが私たちの肉食だったの」

 その言葉に水瀬は目に涙を浮かべながら下をうつむく。リクは不思議そうな表情をしながら母親の後ろを見つめていた。

「大丈夫ですか?」

 刑務官も慌てて水瀬を介護しようとする。水瀬は「大丈夫です」と気を取り直した

「ところで面会時間は後どれぐらいですか」

「おそらく、二,三分ぐらいだと思います」

 刑務官は持っていた時計を見ながら答えた。

「そうですか」

 水瀬は立ち直り「ご両親や家族に何か言うことはありますか」と美沙に聞いた。

「あんなのに話す言葉なんてないわ。あたしが話すことがあれば、リク君とお世話になった宗教施設群の人たちだけよ」

水瀬はそれを聞いた後「最後に優斗さんに伝言があるわ」と話した。

「あなたを愛しているって」

「そうですか。じゃあ、また面会したら伝えてください。あたしもあなたを愛しているって」

 彼女はうなずくと、面会室の扉に消えようとした。

「それと、リク君。あたしの部屋に私物があるから、好きに使っていいわよ」

 リクは不思議に思いながらも彼女の後ろ背に扉を開けて出て行った。

 翌日、リクと水瀬は施設に戻り、中村兄妹の両親に面会時の話をすべて口にした。それを聞いた両親は困惑に満ちた顔となり頭を抱えた。

「ねえ、おばあさん。ほんとに何もしてないの?」

「ほんとだよ、私たちは厳しい躾や教育はしたけど、世間で言う虐待はしてないよ」

 二人の母親の懸命な訴えに対して、水瀬は水を差した。

「残念ですけど、虐待をしている親というのは自分が虐待をしているという認知をしていないケースが多いのです。実際に私たちが受け持っている虐待事件やそれが原因になっている事件でも、多く人がそうでした」

「そんな、それはあまりにも酷すぎます」

「本人たちはそう思ってないみたいだよ。現におじいさんやおばあさんは、自分たちはいい物食べて、二人には粗末な物を食べさしたそうじゃないか」

「リク君、それは全くの誤解だよ」

 二人の両親の必死な言い訳に「何が違うの?」と静かに怒りを込めながら質問する。

「二人は、肉アレルギーだったんだ」

「肉アレルギーですか?」

「はい、正確には豚と牛と鳥のアレルギーでした。あの子たちが赤ん坊の時に蕁麻疹が出たので慌てて、病院に駆け込んだんです。そしたら食物アレルギーだと診断されて……」

「じゃあ、そのことを二人にちゃんと言ったの?」

 リクの質問に両親は沈黙して互いに横目を向け合いながら聞きあっていた。

「それにお兄ちゃんたちがレイプされたのに握りつぶしたそうじゃないか」

「ど、どうしてそのことを?」

「すべて話しましたよ」

 水瀬の疑問に対して二人は雑巾を振り絞るようにその理由を話した。

「それは、私たちの家や名に傷がつくと判断したからです。ちょうど兄弟や従兄弟たちが受験や就職活動と重なっていた時期で、外に広まるのを恐れたからです」

「じゃあ、お兄ちゃんたちの心の傷はどうでもいいというの?」

「そ、それは・・・・・・」

 父親は言葉に詰まり、リクの抗議に反論ができない。母親は悩む彼に代わって答えた。

「何もしなかったわけではないわ。心のケアができる所に通わせました」

「・・・・・・しかし、それでは不十分では?」

「それは承知しています。でも、私達にはそれが精一杯でした」

 手を必死に震わせながらも、母親は子供についての責務はやってきたと、アピールした。

「ところで、弁護士とは接触していますか?」

「いいえ、私達はあっていません。あの子たちは自分達が働いて貯めた金で弁護人を雇う子音を伝えましたが、反対して口座は封鎖しました」

「なんで?自分のお金で弁護士を雇うこと自体いいじゃないか。親や親せきのお金で雇う訳じゃないのに」

 リクの言葉を聞いて、父親は拳を思いっきりたたきつけて周囲を驚かせた。

「もし、そのお金で弁護士を雇えば、その稼ぎのために犠牲になった人たちやその人を食べさせた人たちに申し訳が立たない。それだけは、たとえあの子たちの金でも絶対にできない」

 二人は涙をこらえながら、自分たちの心の胸の内を口にした。

「そうですか、それでは仕方ありませんね。ですが、彼らの弁護士とも連帯を取らなくてはいけません。つきましては、私達が仲介人として動きますが、よろしいですか?」

「はい、よろしくお願いします」

二人の両親は深々とお辞儀をして、水瀬に事の次第を頼み込んだ。水瀬は「今後のスケジュールの調整があるからリクは彼らと一緒にいなさい」と言いつけスマホを持ったまま、スタッフとともに別の部屋に移動した。

「被害者家族の事ばかりよく聞くけど、加害者家族も苦労しているんだな」

 リクはスマホを見ながら彼らの両親に慰めの言葉をかけるタイミングを見計らった。

 それを知ってか知らずかタイミングを合わせたかのように母親が彼に話しかけた。

「ところで、リク君。ほかに家族はいないのか?」

「いるけど、おじいちゃんやおばあちゃんは僕の事になるとなんか複雑そうな表情をするんだ。まあ、親父がいないから仕方がないけど」

「お父さんは、どうしたんだい?」

 父親の質問にリクはうつろな表情をして口を開く。

「わからないんだ」

「わからないって、事はないでしょう?」

「本当なんだ。お母さんは一〇代のころから荒れちゃってて、いろんな人と売春とかしていたんだって。それもお母さんが憶えてないくらいに」

 リクの衝撃的な言葉に二人は今の彼女とのギャップに閉口してしまった。

「信じられないでしょう。母さんが変わったのは、恩師で犯罪学を専門にする大学教授がおじいちゃんたちの依頼で正面から悩みや怒りを受け止めてくれたからだって。O大学の竹川先生って言っていう人だけど」

「竹川先生、一体どんな人なのかしら」

 母親はO大学のホームページを開けて、どんな人物か調べ始めた。ネットで調べた限りでは四十代の眼鏡をかけ頬の痩せこけた顔と若干ボリュームのある髪をした人物が写真として載っていた。

「話の分かる人だよ。古今東西の犯罪者に関するプロファイルからテロリズムに至るまで、何でも知っているって。お母さんも二,三回寝たこともあるらしい」

「その人が、君の父親という可能性はないのかい?」

 母親の指摘にリクは首を横に振って「ありえないって言われた」と答える。

「そうなってほしいと考えたこともある。実際僕とも父親のように接してくれるし」

「血がつながってなくても、心で繋がっているなら本物の親と変わらないよ」

 父親は不釣り合いな理想論でリクを励ました。リク自身も、その言葉に勇気づけられた。

「実は、空いた時間があったら、レストランに行こうと思うんだ」

「優斗と美沙の店かい、そんなところ行ったって、閉まっているだろう」

「二人の私物を取りに行くんだ」

 リクの言葉を聞いて二人は不思議そうな目で彼を見つめた。自分たちをあれほどまでに嫌っていたのになぜこの子にだけはそんなことが言えるのか不思議でならないようだ。

 丁度その時、水瀬とスタッフがスケジュールの調整が終わったらしく部屋に戻ってきた。

「それでは、彼らの弁護士がと話し合いを求める所存です。今日は休んでいてください」

「ありがとう、でも大変でしたね。父親のいない家庭で私たちのような人々を助けるなんて」

 彼らの母親から出た言葉を聞いて水瀬は眉を顰め鋭い目つきでリクを睨んだ。

「聞いたのですか、私の生い立ち?」

「詳しくは聞いてないけど、あらかたね」

「……いいんです昔のことですから」

 そう言って水瀬は二人を部屋から連れ出す。

そのすれ違いざまにリクにくぎを刺した。

「あまり、人の生い立ちをしゃべっちゃだめよ」

 彼女はその言葉を残して、二人とともに出ていった。

 数日後、レストランに着いたリクが見た物は悲惨な有様だった。いたる所、罵倒暴言の落書きに無残に割られたガラスが飛び散っていた。

「うわあ、ひどいことになってやがる」

 リクはその廃墟を呆然と眺めていると、サリーを着た一人の女性が声をかけてきた。

「あ、リク君、お久しぶり」

「え、だ、誰ですか?」

「覚えてない、ほら、いつもこのレストランで一緒にラム肉料理を食べた」

「あ、ああ、あの時の人ですか。いや、全然わからなかった」

 ほんとは、未だに思い出せなかったが、大人の対応で返答した。

 その女性は一緒になってそのレストランを少しの間、眺めていた。

「まさか、あの二人が殺人鬼だったなんてね」

「そうだね、いつも気さくで人当たりがよかったなあ」

 二人が呟いて見ていると横断歩道の方から「お祈りの時間だよ」と呼ぶ声が聞こえた。

「それじゃ、リク君、私は行くから、気を落とさないで」

「じゃあね。それと、お兄ちゃんたちから伝言があるよ」

「何なの?」

「みんなには食べさせてないって」

 その言葉を聞いた女性は「わかったわ、みんなに伝えておく」と言い横断道を渡った。

 彼女と別れたリクは勇気を振り絞って、そのレストラン跡へ足を踏み入れた。建物の中は、荒れ放題になっていた。

「外で見るよりひどいな」

 そう言いながら、なんとなく、VIPルームに視線が向いた。

「中、どうなっているだろう?」

 興味の出たリクは、崩れかけた扉を開けて中をのぞいた。

 部屋の中はリクの目を丸くしてしまうほどに美しかった。

「すごい、埃は被っているけど、一般客用とは比べものにならないくらいに美しいな」

 そのVIPルームはシャンデリアに高級な食器に昔の絵が掲げられていて、相当金をかけているのが見て取れた。

「ひどいな、お兄ちゃんもお姉ちゃんも。こんな豪華な部屋食事させないなんて」

 そう言って、ニス塗りの椅子を引いたとき、カーペットが見えた。

「あれ、このカーペットなんか変だぞ」

 リクは覗いてみたところ思わず、目が飛び出そうになった。そのカーペットは大男が人間を頭からかじっている絵が描かれていた。

「な、なんだ、こりゃ」

 驚いて、別の絵をよく見ると、シールで何か隠しているみたいだったため、恐る恐る剥がしてみると、リンゴのシールの下に現れたのは料理のよう載せられた、人間の生首を描いた絵だった。

「なんて、気色の悪い」

 そして、別の絵に視線を向けると、その絵は筏の絵みたいだった。

「あれは確か、美術の授業で見た『メデューズ号の筏』だ」

 その瞬間リクは全てを理解した。この部屋は人肉料理を客に振る舞うための場所だと。それを知ったリクは腰が抜けてはいはいの状態になった。

 どうにか、その部屋から抜け出し、まずは優斗の部屋に入った。部屋は家宅捜索を受けた後らしく,かなり荒らされていた。

 リクは何気なく下をのぞいてみると、隠し部屋らしき扉が開いて、その重いベットを力一杯持ち上げると、四角い穴が現れた。

「何だろう、降りてみよう」

 リクはスマホの明かりを懐中電灯代わりにして、下に降りていくと、その隠し部屋も家宅捜索を受けた形跡はあったが、特に持ち去ったところはなく、鉄道模型のレイアウトと世界中の列車が収納されていた。

「すごい、これがお兄ちゃんの私物なんだ」

 リクは思わず目を輝かせて、一両一両手で触り、そのリアルで精巧な作りを感触で確かめた。そのとき、思わず一両の機関車を床に落としかけた。幸いにも,壊すことはなかったが、炭水車と台車が分離してしまった。

「あ、やべえ」

 慌てて、機関車を直そうとしたとき、中から何かメモリーが出てきた。

「まさか、人を殺したときの画像や動画あるんじゃないかな」

 すこし、不安になりながらも、何か解決の糸口があるんじゃないかと思い、機関車ごと持って行くことにした。

 地下室探検を済ませたリクは次に美沙の部屋に向かった。彼女の部屋は同じように家宅捜索を受けた以外、特段変わったところがなかった。

「また、隠し扉があったりして」

 そう言いながら、床や棚をいじってみたがそんな物はなかった。リクは「なんだ、拍子抜けしたな」とがっかりして部屋から出ようとして,思わず女性用のクローゼットに手を触れた直後に扉が壊れた。

 棚の中から現れたのは、ラバーでできたキャットスーツやボンテージという、恥ずかしい衣類が出てきた。

「え、お姉ちゃん。こんな趣味があったの」

リクは股間を押さえながら、恐る恐るその服の一枚一枚を触る。そして、二人分の特撮戦闘員のような服に触れたときまたしても、メモリーが二つ床に落ちた。

 さすがにこのゴム製の服を持って帰ると怒られるため、メモリーだけにした。

「それにしても、あの戦闘員の格好、どこかで見た気がするんだよな」

 リクは首をひねりそのいいようのない、クローゼットから出て行く。

 辺りはすでに正午を回っていた。リクは三つのメモリーポケットに入れて、外に出てきた直後になにか辺りをキョロキョロする不審な男がいた。

「なんだ、何やろうとしているんだ?」

 興味を持ったリクはその男を観察していると、その手には明らかに放火を匂わす道具類が握られていた。

「誰かあ!放火魔だ。捕まえてえ!」

 その叫び声を聞いた男は驚いて、持って行った道具類を全て捨てて、ボロボロでゴミが詰め込まれていたママチャリに乗り込み、力一杯に逃げ出した。

 辺りには人らしい人は近寄っては来なかったが、店を守ることができた。

 リクは、一息ついて水瀬に連絡して荷物の搬出を頼むのだった。

 二時間後、水瀬が呼んだトラックに乗って、二人で会話しながら信号待ちをしていた。

「それにしても、すごい量だったわね」

「うん、しかもめちゃくちゃ精巧でリアルだし博物館の展示物にもなりそうだよ」

 二人は今までの残酷なまでのひどい現実を忘れて、模型とコスプレの話に花を咲かせていた。トラックの運転士の方は楽しくしゃべる親子を尻目に音楽でも聴こうとラジオをいじっていた。

「でも、あの二人にあんな趣味があったとわね」

「でも、それが殺人とつながる訳じゃないでしょう」

「わかっているわよ。誰にでも隠された性癖というものがあるわ」

 その話をしながら、さっき拾ったばかりのメモリー三個を水瀬に渡した。

「それが、拾ったやつ」

「うん、中身は見てないけど、何か関係があるのかなと思って」

「じゃあ、これを竹川教授に中身を確認してもらうわ」

 それを聞いたリクは頷いて、今度はラジオに耳を傾けた。

『ニュースです、今日の朝、男性が高層ビルの屋上から自殺しました。自殺したのは、連続殺人犯中村兄妹の兄と見られており・・・・・・』

 それはリクと水瀬に衝撃を与えた。中川兄妹の兄が自殺した。水瀬は運転士に「早く、施設に向かってください」と叫んだ。

 運転士も驚いた様子でアクセルをふかし一目散に施設に向かって走らせてた。


 施設に戻った二人を待っていたのは、大泣きをしながら兄の名前を叫ぶ彼の母親と父親を失った息子、そして必死で慰める父親と錯乱状態の奥さんの姿だった。

「皆さん、どうか落ち着いてください」

「これが落ち着いていられますか。長男が屋上から投身自殺したんですよ」

「そうです、しかも自分の子供を残してですよ」

 両親はこみ上げる悲しみや怒りをリクと水瀬たちにぶつけた。

「ねえ、お父さんは何で死んじゃったの。なんでおじさんやおばさんの罪で僕たちがこんな目に遭わなくちゃいけないの」

 父親の死を受け入れられない彼の息子は目を真っ赤にして母親に質問する。

母親は「あんたに何がわかる」と八つ当たり同然の罵声で息子を撥ねのけた。

「ちょっと、いくら何でもひどいですよ」

 その一言で母親は我に返り、大声を上げて泣きじゃくった。

「ご遺体は見られたのですか?」

「ああ、見たさ。三十階建ての建物から落ちたらしい。頭蓋骨が砕けて、脳みそが飛び出していたよ」

 その直球の表現にリクも気持ち悪くなった。

「それで、遺書がなかったですか?」

「あったさ、二人の様子を見に行ったら机に手紙が置いてあったさ」

 そう言って父親はしわくちゃにした手紙を二人に手渡した。

『親父、お袋。あんたらより先に死ぬことを許してくれ。都子、時生、不出来な父親ですまなかった。俺はこの数ヶ月で思い知らされた。自分は加害者の兄だと。事件で弟と妹が捕まり、大々的にニュースになった直後に、会社から辞職名目で解雇を受けた。俺は「私には家庭を守らなくてはいけません。どうか仕事を続けさせてください」と食い下がったが「我が社には社員と彼らの家族を守る義務がある」と返されて言葉もなかった・・・・・・』

 そのような言葉がいくつも丁寧な行書で書かれていたが、涙が何滴かついていた。そして親族や友人から拒絶され、ネットで袋叩きにあい、精神が損耗していく様子が一言ずつ書かれていた。

『・・・・・・最後に水瀬さんとリク君には本当に感謝しています。私はいち早くこの世から消えますが、息子と妻のことを守ってあげてください』

 遺書は感謝と贖罪で幕を下ろした。リクはさすがに鼻をすすって涙をこらえていた。一方の水瀬たち職員の方は「またか」と言う顔をして遺書を丁寧におりたたんで両親に返した。

「無責任だよ。家族を捨てて先に死ぬなんて」

「リク君。長男の気持ちもわかってあげて。私たちは二人に対する責任があるんだよ。それから逃れることは許されない。関係ないって言ってしまったら食べ物にされた人や食べさされた人たちに申し訳が立たないんだよ」

 そう言って孫を抱いてよしよしと肩をなでた。あまりの過酷な現実に直視ができずにリクは思わず部屋から出て行く。その後を水瀬は追った。

 リクは涙を流し「おかしいじゃないか」と叫んだ。

「私もこんな悲劇を指だけじゃ数え切れないくらいに見てきたわ」

「でも、本人の問題じゃないか」

「残念だけど、それこそ被害者や世間に対して冒涜する考えよ。子供の責任は親の責任という連帯責任や家族とのつながりが犯罪者家族にとっては悪い方向に働いているの」

 その言葉を聞いたリクは悔しさのあまり拳を壁に何度もたたきつけた。それは水瀬が止めなければ、拳を血だらけにするか、然もなくば骨が折れそうなくらいに力強く。

「優斗や美沙を許せないの?」

「違うよ、許せないのは犯人家族をいじめる世間だよ」

 水瀬は肩を抱き寄せて、小さく耳打ちした。

「彼らの初公判が決まったわ。よければ一緒に行かない?」

「うん、行く」

 リクは涙をこらえながら少し間を置き「竹下教授の方はどうなるの」と話題を変えた。

「教授にはこれが落ち着いたらすぐに連絡をいれるつもりよ。いつになるかはわからないけど、遅くとも初公判の前までには、会いに行くわ」

 水瀬はそう言い残して、再び中村兄妹の家族がいる部屋に戻っていった。


 三週間後、二人の初公判まで三日と迫った日に、リクと水瀬はO大学の研究室で椅子とテーブルに座ったまま、教授を待っていた。

「教授、遅いな。何しているんだろう?」

「大学の講義が済んでないのよ。もう少し待ちましょう」

 二人は大学に置いてあるジェンガを使って、来るまでの時間つぶしをすることにした。水瀬は箱からジェンガを出した直後に、大きな音を立てて崩れ落ちた。

「すまない、水瀬君。生徒から質問攻めに遭って大変な目に」

 額についた汗を拭いながら、使い込まれたバッグとタブレットを机の上に乱暴においた。

 リクと水瀬は床や机に散らばったジェンガを集めようとするが「ああ、それでいい。リク君の手間は取らせない。後で私が片付けておく」と言ってケースの中身を取り出した。

その資料は教授が今手に入る資料などから導き出した彼らに関する研究資料だった。

「それで、中身は何だったの?」

「三つのメモリーうち、二つが事件に関係する物だったよ」

 竹下は資料の数枚を広げて、二人に見せた。

それは五人の履歴書のような内容だった。

「ねえ、この人たちってまさか?」

「察しがいいな。そうだ、この人たちは現在、判明している。被害者十七人のうちの五人だ」

「先生が被害者の資料を作ったの?」

「とんでもない、PDFからプリントしたやつをそのまま出しただけだ」

 リクは気になって「それで、この被害者に何か共通点が見つかった?」と聞いた。

「まず、結論から言うと中村兄妹は典型的な秩序型犯罪者だ。詳しいことは省くが、相手を言葉巧みに誘い込んで殺している」

「日本だと、通り魔に代表される非秩序型が多いのに珍しいわね」

「水瀬君の言うとおりだ。そして被害者の共通点には全員が何かしらの罪を犯して、裁かれていないという点だ」

 そう言って被害者のリクより少し幼い子供の資料を見せた。

「この子は、いじめの中心メンバーでその子を自殺させたらしい。それでいじめられた子の両親は学校や加害者を訴えたが退けられて、彼は知らぬ顔をしてる」

「でも、子供を料理にするなんて、事情を知らない人が聞いたら激怒必至ですよ」

 水瀬はその子供の資料に目を通していると気になる箇所が何カ所か見つけた。

「教授、この日付の横にジビエって文字がありますけど、何ですか?」

「ジビエとはフランス語で食材として捕獲された野生の鳥獣のことを指す。彼らは人間を狩猟の対象と見ていたようだ」

 それを聞いて二人は顔面蒼白になってしまう。

「勿論、さっき説明したように生きるに値しない屑を狩猟の対象にしていたみたいだ」

「でも、この子はトラバサミで捕まえて、肺のソテーにされているよ。おまけに食べさせたのはその学校の教師とこの子の両親みたいだし」

「まあ、確かに異常ではあるがな」

 今度はとある中年男性を見せた。その男性は眼鏡をかけたどこにでもいそうな人物で何をしたのかと罪状の欄を見た。

「えっと,何々、集団でヘイトスピーチをして外国人の子供にトラウマを与えた。ライフルによるジビエ」

「なるほど、大体わかってきたわ。彼らのやり口は。まず、罪を犯して裁かれない人間を選んで狩猟して、彼らに関わる悪人に食べさせたり自分で食べたりしたのね」

「まあ、裁判をして見ないとわからんがそういうことだろう。それと資料からわかったのだが、現在検察が立件を進めている被害者以外にも三倍は殺して料理にしてきたらしい」

「え、何で三分の一なの?」

リクの質問に竹下は「これはあくまで私の推測だが」と前置きして説明した。

「恐らく、被害者の遺体が見つからなかったからじゃないかと思うのだ。立件できた被害者は食材として冷蔵庫に入れていたからだろう」

 リクは釈然としない何かを感じPDFに目を向けた。

そこには履歴書のほかに、被害者の免許証や学生証などの身分証も保存されていた。

「何で、こんな物を保存しているのかな?」

「ああ、これか。これは連続殺人犯がよくする記念品というやつだ」

「記念品?」

「連続殺人犯は自分の起こした事件を思い返すために、被害者の証明になる物を保存する傾向があるの。ただ、二人の場合、物的証拠を持っていると足がつくと考えて、こうやってパソコンに保存して、後は細かく裁断したりしながら処分したのだと思うわ」

 水瀬の説明にリクは思わず「よくこんな事が思いつくなあ」と口にしてしまった。

「まあ、一枚目のメモリーでわかったことはこれくらいだ。次に二枚目だが・・・・・・」

 竹下はそう言いかけた時「やっぱり、リクには刺激が強すぎるかわ」と水瀬が耳打ちする。

「どうしたの?」

「私も電話で聞いただけだから知らないけど、R指定物の内容よ」

「じゃあ、見せないで口だけで説明してくれない」

「・・・・・・わかった、その方が君のショックが和らぐだろうから説明しよう、実はコスプレの写真類ばかりだった」

「なんだ、そんなことか。別に隠すことでもないじゃなん」

「普通ならそうだが、かなりマニアックな物ばかりだし、そのうちの一つに児童ポルノに引っかかる動画があった」

 竹下はそう言って、内容をリクに配慮して説明を始める。

「撮影されたのは十三年前で、双子の兄妹がボンテージを着させられて、赤いキャットスーツを着た女性とセックスする内容だった」

「うわ、何かエグいな」

 リクは股間に両手を押さえていた事、竹下は気がついたが気にせず話を続けた。

「確か、中村兄妹は小さいときに強姦を受けたと言っていたな。だとしたら私の見た映像はそのときに撮影したと見て間違いないだろう」

「犯人の顔はわかるの?」

「残念だが顔はマスクをしてわからなかった。声も変音されてどこの誰かもわからない」

「でも、殺人はともかく、強姦は時効が成立してるんじゃない?」

「それは場合による。けがをしていれば十五年で被害者が死んでいると三十年だ」

「ふーん、でもひどいやつがいたね、母さん」

 そう言って二人は水瀬に振り向くと彼女の表情が少しこわばって唇を震わせていた。

「浅田君、大丈夫かい?」

「えっ、だ、大丈夫。他の加害者家族について考えていたから」

 彼女慌てふためいて「私、トイレに行くから」と言って部屋か出て行った。

「何慌てているのかな?」

「昔の悪行でも思い出したんじゃないかな」

 竹下は資料を再び収納して、散らかったジェンガを拾い集め始めた。

リクも彼もジェンガを集めるのを手伝う。

「ちょうどいい、聞きたいことがあるよ」

「あのことだろう。気持ちはわかるがほんとに違う」

「でも、関係は持っていたわけでしょう」

 リクと竹下は集め直したジェンガを再び積み上げ始める。

「確かに二、三回はエッチはしたぞ。でも妊娠期間がずれるからあり得ないよ」

「最後にしたのはいつなの?」

「十四、五年前だったはずだが」

 リクはどうしても納得はできないみたいで「ほんとのこと言えよ」と突っかかる。

「本当だ。念のためにDNA検査もしたよ」

「ほんとに?」

「本当だって」

 リクは最後のジェンガを積み終えた後に竹下が渡した証明書を見た。リクはとても残念そうな表情で箱の奥にあるサイコロを取り出した。

「さて,準備はできた。お母さんが来るまで待つことにしよう」

「じゃあ、スマホでもいじってる」

 しかし、二〇分以上経過しても水瀬はやってこなかった。竹下はイライラ解消にキーホルダーにつけているルービックキューブで遊びはじめ、リクの方ははまっているネット小説を読み始める。

「おかしいな、やっぱり更新されていない。失踪しちゃったかな」

 ふと、リクの頭に竹下の影が写りみ、驚いてスマホをポケットの中にしまい込んだ。

「覗くなよ、人の見ている物」

「ごめん、つい気になってな」

 そう言って竹下はメモリーを取り出して不機嫌そうな顔をするリクに返した。

「少ししか見ていないから、確たることは言えないけど、このメモリーは君が見ていたネット小説の原本だったみたいだ。しかも長編だけで一〇〇〇は超えそうな数だ」

リクは意外な人物が作者だったことに驚きを隠しきれないみたいだった。

「それにしても、浅野君は遅いな。便秘でもしたのか?」

「僕、呼んでくるから、待ってて」

「トイレは外を出て、右側の通路にあるぞ」

 リクは「わかった」と言って駆け足で母親のいるトイレに向かった。

 トイレ前についたリクは入らないようにギリギリの所で覗きこむと、手洗い場の鏡に水瀬が誰かに連絡をいれている様子が見えた。そのしゃべり方は仕事の会話という感じではなく友人との会話に近い物だった。そして電話を切った後、水瀬はうつむき、両手を震わせておびえ始めた。

「ね、ねえ、母さん」

「だ、誰?」

「僕だよ、お母さん。気晴らしにジェンガでもしようよと言いに来たんだ」

「あ、わ、わかったわ。手を洗ったらすぐに向かうわ」

 そう言って、水瀬は蛇口をひねって手を洗い出す。

 しかし、そのおびえきった表情は変わることはなかった。


 三日後、高等裁判所前には国内は勿論海外からの報道が関係者や事件を傍聴しようとする野次馬、さらには被害者家族会のメンバーに至るまでたくさんの人だかりができていた。

「まもなく、連続猟奇殺人犯、中村兄妹の裁判員裁判が開かれようとしています。次々と殺害し、料理として振舞った二人の口からどのような言葉が出るのかが注目されています」

 女性アナのリポートの声を耳にしつつ二人は列に並び、裁判所の入廷を待っていた。

「ただいまより、整理券を配ります」

 裁判所の職員は紙に書かれた番号を一枚一枚手渡していく。そしてリクと水瀬にその紙が手渡された直後に,警察のワゴン車が裁判所の敷地の中に入った。

 それと同時にカメラのフラッシュが一斉にたかれ、ワゴン車を取り囲み始める。

 そして、裁判所の前に車が止まると、警察の人間。それに続いて二人が悪びれる様子もなく、顔を隠さずにまるで王様と王女のように堂々と降りてきた。

 その反省のかけらもない姿は周囲の悪意と怒りをかった。

「人殺し!」

「悪魔!」

「私の夫を帰して!」

 周囲から来る罵声と悲しみの声を二人は冷ややかに見つめながらゆっくりと歩いて行く。

「お兄ちゃん、おねえちゃん」

 思わずリクは二人に呼びかけた。しかしその声は警察官の制止と同時にかき消されかけた。その直後二人の目がリクの目とあった。その目は輝きに満ちて、自分の子供を見るような表情をしていたかと思うと、建物の奥へ消えていった。

それと同時にふたりが並ぶ列はゆっくりと動き出して同じ建物の中に進んでいった。

そして初公判は空気のぴりつくなかで始まる。

まずは中村優斗から裁かれることになる。両脇を警察官に抱えられて、直立不動の状態をしていた。

その様子をリクと水瀬、そして一部の被害者家族や多数の報道陣や作家が見守っていた。

最初に名前や罪状などの確認がされて、裁判の掘り下げが始まった。

 左右に検察と弁護士が配置されて、彼をにらんでいた。それはあたかも、閻魔などの死に神が裁判をして,地獄か天国かを決めるために裁かれる姿そのものだった。

「被告はなぜ殺した死体を食べたのですか?」

 裁判員は険しい表情でにらみつけて、威圧的に質問する。

「当然、タンパク質を取るためですよ」

「なぜ豚や牛とかで食べなかったのですか?」

「ガキの頃から妹と一緒に、肉類を食べさせなかったからですよ。魚を含めてね」

「起訴状によると,あなたは豚や牛などのアレルギーがあるためだったのですが,そのことは知っていましたか?」

「だからなんだって言うのですか、それが肉を食べては行けない理由とでも」

 優斗は裁判員たちに強い口調で食ってかかった。それは両方の警官が止めなければ暴れそうな雰囲気だった。

「では、精進料理のような動物性タンパク質を使わない料理を食べなかったですか」

 裁判員の針のように鋭い質問に優斗は辛辣な答えで返した。

「あれは、食べ物ではありません。栄養源としては不十分だし、馬や牛のような草食動物だって口にしません」

「では、人間は食べてもいいと言うのですか?」

「みんな、人間の命が大事だとか大切だとか言いますが、今の地球の状況はどうです、人口は一〇〇億超えそうなんですよ、少しでも減らさない地球には毒ですよ」

 優斗の理解不可能かつ強者的選民的な返答に、傍聴席からはすさまじい怒りの声が聞こえてきた。

 そのうるささはリクと水瀬が耳を塞ぐほどの音量だった。

 そんな怒りの炎に対して優斗は冷ややかな目つきで陪審員を見つめる。

「では、何の罪もない人を食材にすることは許されるとでも言うのですか?」

 裁判官の怒りのこもった質問に彼は鬼の形相で叫んだ。

「何の罪もない人たちだと、ふざけるな。お前らは何も調べていないのか?」

「異議あり、被告人は怒りにまかせて言っています」

「検察の異議を認めます。被告人は慎むように」

「じゃあ、あんたも俺らを怒らすようなことを避けるべきですね」

 そのひねくれた言葉は裁判員たちを心証を悪くするには十分な言葉だった。

「君は法廷を侮辱するつもりかね」

「被告人を馬鹿にするよう発言をするやつに、敬意をはらう必要なんか無い」

 きっぱりとしたなおかつ毅然とした態度に、裁判員は何も言えなかった。

「話を戻しましょう、あなたは被害者のことを何も知らないと言いましたね。それは一体どういうことですか?」

「例えばそこの女の息子、つまり食材にしたやつは人を殺すのはセックスするのと同じだとほざいた。だから、俺はやつの性的興奮を満足するためにそいつを被害者と同じように生きたまま刻んで、やつの仲間に出した」

 その一言を聞いた人々は一瞬でその被害者会の中年女性に視線が向いた。被害者女性は一瞬で青ざめて、体震わせた。

 その様子を見ていた水瀬は目を丸くして見た。

「どうしたの?」

「あれは風間さん。まさか二人はそのことを知っていて・・・・・・」

 どうやら、水瀬にはその風間という人物に見覚えがあるみたいで、それに続けて「後で声をかけてみましょう」と呟いた。

「静粛に。被告人は彼を殺して食べたのはその人物の犯した罪だからというのですか?」

「俺も美沙も、何の理由もなく食べる事は慎んでいるつもりです」

 その演技のこもった物言いに誰もが舞台俳優を見るかのような目で彼に凝視した。

「しかし、あなたか私刑にすることは法治国家にある我が国を否定することにつながるからカンパできない」

「なら、なぜ、奴らを裁かない。俺らが食ってきたやつはそろいもそろって屑ばかりで、反省もせずのうのう生きて、被害者やその家族を馬鹿にしたりもした。そんなやつ遺棄している方がおかしいでしょ」

 その悪びれず自らにも正義あるのだという物言いにどよめきのさざ波が収まらない。中にはその反省もかけらもない態度に怒りが収まらず「死刑にしろ」と叫ぶ者までいた。

「静粛に、裁判はいったん閉廷して、次の被告人の審問を行います」

 そう言って少し疲れた表情を出しながら重い腰を上げる陪審員。その様子を侮蔑する表情で薄ら笑みを浮かべながら警察官に両脇を抱えられて退出する優斗。

 そして、その姿を尻目に椅子から立ち上がって、法廷から出ようとするリクたち傍聴人。

「やっぱり教授の言ったとおりだね」

「ええ、実際にその加害者家族がいたことだし」

 そう言って水瀬は風間たち被害者家族会の人たちを探し、「すみません」と呼び止める。

「風間さんですね」

「あなたは、水瀬さん。お久しぶりです」

 風間という女性は驚いた様子で水瀬に近寄った。その様子を見てほかの何人かも水瀬を見てお久しぶりですと口々に言う。

「ここでは、行けませんから。人気の無いところで話せませんか?」

「勿論です」

 そう言って彼女たちは外に次々出て行く。その様子を見つめていたリクは被害者家族の中に議員バッチをつけた初老の男いることに気がつく。

「あんた議員さん?」

「ん、ああ、そうだが。坊やはあの女性の息子かい?」

「そうだけど、おじさんも被害者の家族?」

「ああ、それに近い。しかし、君のお母さんは物好きだね?」

 その言葉の意味を聞いてどういうことなのか首をひねる。そんな様子を見つめながらも老人も足腰がしっかりした歩みで一緒に出て行った。


 裁判所の人気無いところで水瀬とリクは被害者家族会と立ち話を始めた。それによると、彼女たちの多くが、中村兄妹の経営するレストランでVIP待遇のディナーを振舞われたという。勿論振舞われたのは何だったかは二人の想像に難かった。

「風間さんは息子さんのことで世話になったわ。まさか、彼まで被害に遭うなんて」

「おばさんの子供は一体何をやったの?」

 長い沈黙の後に重い口を開いて,自分の息子が何をしたのか口にした。

「五年前におきた、連続殺傷事件よ。あの子は人傷つけたりすると、セックスしたときと同じ気持ちになるから、最初は猫や犬を殺して、やがて、近所の子供やホームレスを襲って、とうとう、三人も殺したんです」

「その事件知ってる。ネットの掲示板やスレじゃ親をさらし者にしろだとか、家族も同罪だとか言ってたよ」

 多くの被害者家族は誰一人として彼女を責める者はいなかった。どうやらこの人たちのほぼ全員が罪を犯した家族を持っているみたいだった。

「それで、彼の弟たちも被害に遭う可能性があったから、私たちの団体が何回も転居しながら、マスコミの目をかいくぐったの」

「ほかの子供はいじめとか受けたの?」

「ええ、ほかの子供たちにはかなりの苦悩を強いたけど、ほかの子供たちを守るにはほかに方法がなかったの」

 風間は涙を一つ一つ落としながら五年間の地獄を口にする。その姿は一人を除いて共感を呼んでいた。

「中村兄妹にはある意味感謝しています。私はあの子を何度も殺したいと願いましたが、手にかけることができませんでした。出所後、未だに人殺した衝動があるんだと笑いながら言っていましたから」

 その言葉を聞いていた老議員はしわの出始めた顔をくしゃくしゃにして叫んだ。

「何が感謝しているだ、あんな怪物みたいな兄妹はさらし者にした方がどれだ世のためになるか」

「どうしたの、おじさん一体何があったの?」

そのリクの質問にその議員アスグに冷静になり、理由を口にした。

「失礼した、坊や。私は民有会の議員を務める厚川という物だ。今回の被害者に私が目をかけていた女性議員がいた」

「ひょっとして、沼田衆議院議員ですか」

 水瀬の質問に「そうだ」と言って、口をさらに続けた。

「あの子は私が手塩にかけた教え子で、保守の担い手として育てた。確かに問題発言もあったし厚かましいこともある。しかし、あの子はLGBTを差別した発言をしたと理由で料理にされた上、保守系の人たちに食べられた。そんなことされて怒らない方がおかしいだろう」

「教え子を殺された気持ちはわかるけど、その人だってあんな子というカラミン兄怒りを買うんだよ」

 リクの反論に鬼のような目つきでにらみ付ける厚川。彼は「しかし、私だって古い価値観を持っている以上疑問を持たなくてはいけない」と言い返す。

「二人ともやめてください、あなたも加害者家族会に参加しているのでしょう」

「そうだな、しかし、風間さん。あなたもわかるはずでしょう。おなかを痛めて産んだ子が殺されるだけでなく、食べられた気持ちを」

「その気持ちに関しては理解はできます。しかし、私は被害者家族と同時に加害者家族でもあるのです」

 そのように口論が紛糾していると、休憩が終了したことを伝えるアナウンスが聞こえてきた。

「皆さん、いろんな気持ちはあるでしょうけど、ここは仮にも法廷の場です。口論ならよそでやるべきではないでしょうか」

 水瀬の言葉に被害者家族会は沈黙して、法廷に戻っていく。リクはその姿をただ黙って見つめていた。

「沼田のばばあなんてかばわなくて良いのに・・・・・・」

 リクはそう毒ついて水瀬と一緒に法廷に戻っていった。

 法廷は再開して、今度は美沙が被告人席に立ち、裁判員と向かい合った。

「被告は最初に人の肉を食べたのはいつでしたか?」

 裁判員の質問に美沙は優しい笑顔をして答えた。

「私と優斗が最初に食べたのは小学校の卒業式の日にいじめてきた連中のリーダー呼びつけた時です。そいつを二人で協力して首を締め上げて窒息させた後、両手足を切り落として、輪切りにして、焼き肉パーティーをしました」

 その彼らからすれば、懐かしくて楽しい思い出は周囲に嗚咽の音を響かせるには十分な物だった。

「人を殺すことがそんなに楽しいのですか?」

「私たちは人を殺すことよりも、悪人に成敗を加えて,尚且つ悪人の有効活用をしただけですよ」

「それを行うのはあなたではない。法治国家である我が国では一切認められない」

 裁判員の怒号に易々と聞き流して反論を加えた。

「それなら、私たちが受けたいじめや虐待はなぜ裁かないのですか。悪いことをしたのであるならば法の下に裁くのがあなた方の仕事ではないのでしょうか」

「それは、家の中でのことで時効も成立していると」

 裁判員がそう言いかけたとに今まで優しい表情をしていた彼女の表情は一瞬で阿修羅の顔に変わった。

「心に傷が癒えなかった人たちに法律のこと論じたら、その心の二組や悲しみはどこに向ければ良いんですか。その性でトラウマを受けた日立は苦しんでいるんです。それを時候だから裁かないなんて虫がよすぎるし、それこそ悪の一つだろうが」

「被告人は言葉を慎みなさい」

「話をそらすな、そう言われたくなかったら、人の気持ち踏みにじるな」

 その怒号は周囲をひかせるには十分な物で狼狽した裁判員たちはすぐに「被告人は退席しなさい」と命じた。

 警察官が彼女の腕を触ろうとしたときに彼女は腕を振り払い「私に触れるな」と彼女たちに一喝をいれた。

 その傲慢ともとれる態度に警察官も威圧的な態度で強制的に拘束して彼女方手の場から連れ出していった。

 周囲からは「死刑にしろ」「あの雌豚を殺せ」とかすさまじい罵声が飛んだ。その姿を悲しい目で見つめるリクはただ一言呟いた。

「あの負けじ根性はお姉ちゃんらしいよ」

 その言葉は法廷の中で聞く者は誰もいなかった。

 裁判の争いは二人を弁護する国選弁護人と検察との対立に変わって、被告人なしという異例の事態のまま進むことになったのだった。


 裁判が終わり、人々が出てきたとき時計は一九時を回っていた。裁判の内容は法廷の絵と裁判が始まる前の映像で全世界に流されて、初公判の内容が伝えられた。

 その様子をリクはスマホの動画で見ていた。法廷の全てを見ていた彼にとって、一部分しか流さないマスコミの内容は偏向に見えて仕方が無かった。

「裁判って意外に長いんだね」

「まさか一時間で結審するなんて考えているわけじゃなかったわよね」

「そこでも馬鹿じゃないよ」

 二人はそう会話して、止めてあった車に乗ろうとしたときに中村兄妹を弁護していた弁護人が二人に近づいてきた。

「水瀬さん、お疲れ様です」

「秋馬弁護士の方ですね。あなたもお疲れ様です」

 お互いに二人の家族を助けるために協力し合った中でもあって、中は良さそうに見えた。リクは気になって秋馬に質問をしてみた。

「お兄ちゃんとお姉ちゃんの判決はどうなるの」

「・・・・・・十中八九死刑が免れないと思います。何しろわかっているだけで十数人が食べられていますし、未だに永山基準にこだわる人もいます。一応精神鑑定や生い立ちなどで情状を求めますが、期待はできません」

「そうですか、僕も覚悟はしていましたけど、やっぱりそうなるのですね」

 リクは目に涙を浮かべて冷酷な現実に向き合うしかなかった。

「水瀬さん、実は私はある意味で彼らに助けられた事があるんです」

「どういうことですか?」

「実は多きか声で言えないのですが私はバイセクシュアルでその関係でLGBTの被害者の弁護しています。その時被害者に匿名の裁判資金を提供されていたんです」

「まさか、その寄付をしていた人って?」

「はい、後で調べたら中村兄妹でした。彼らはロンダリングして私たちのためにやったのです。正直なところ複雑なのですが・・・・・・」

 二人は思わず目が点になってしまった。やはり、お金のためにやっただけではないことは容易に想像できた。

「まさか、弁護を受けたのもそのため?」

「それは違うよ、坊や。これはあくまで偶然です」

 秋馬はそう言うと「それでは、何かあったら連絡をいれてください」と言って、電車の駅の方向に歩いて行った。

「こんな偶然もあるんだねえ」

「でも、ほんとに偶然なのかしら・・・・・・」

 二人はそう呟きを残して車に乗り込んで、裁判所をあとにしていった。


 三〇分後、施設に戻った二人がまず目にしたのは大粒の涙を流して、泣き崩れる中村兄妹の姉と、「ひどいよ、一生懸命に頑張ったのに」と泣きながら、飛び出す男の子の姿だった。

 それに続けて、兄妹の両親が悲しい表情をしてその姿を見つめていた。

「どうなされたのです?」

「水瀬さん、お帰りなさい。実はつらい事がおきまして・・・・・・」

「一体なにがあったの・・・・・・」

「実は次女の方、つまり二人の姉の結婚が破談になりました」

 それを聞いたリクは「なんで、事件とは関係ないでしょう」と聞くと父親の方は首を横に振った。

「婚約者の両親はそう見てはくれていなかったみたいで、人を食べるような兄妹の家族に息子はやらないと怒鳴られました。まあ、私が逆の立場でも同じ事を言っていたでしょう」

「甥っ子の方はどうしたのです」

「孫はお受験で私立中学に受かったのですが、私が学校には行かせられない。悪いけど田舎の学校かサポート校に通おうと言ったのです」

「それでさっきの癇癪ですか?」

「はい、水瀬さん。私もこれはひどいとは思っています。しかし、世間が騒いでいる中で何も知らずに結婚や進学をさせるのはどうしてもできません」

 リクは「ひどいじゃないか」と怒りの声を上げるが、水瀬の方は冷静にその事実を受け入れているみたいだった。

「リク、気持ちはわかるけど、加害者家族の中ではよくあることなのよ」

「でも、二人とあの子達は関係ないでしょう」

「リク君、わかっておくれよ。私たちだってこんなことはしたくないさ。でも・・・・・・」

 そこから二人は涙を流して、押さえつけられない気持ちを吹き出した。それほど彼らにとっても断腸の思いだったに違いない。

「で、どこに通わせるのですか?」

「何がです?」

「だって、言っていたでしょう。田舎かサポート校に行かせるって」

「それは,これから考えるのです。水瀬さんの協力も含めて」

 それを聞いた水瀬は「できるだけの協力はします」と丁寧に答えた。

「それは虫がよすぎるよ。母さんはドラえもんじゃないんだから、あの子の両親とかが探すのが普通でしょう」

「そのために、この本を図書館に隠れながら探してきたんです」

 そう言ってリクに見せた本は全国の通信制高校やサポート校の載った全国本だった。帯には図書館から借りたことを示すバーコードが張られていた。

「しかし、この本に載っているサポート校とか学校が協力的とは限りませんよ」

「勿論覚悟はしています。しかし、あの子に受けた心の傷を癒やすためだったらわたしはできる限りの償いはしたいのです」

「心の傷って簡単には癒えない物だよ。お兄ちゃんやお姉ちゃんの受けた時のように」

 リクの冷や水は彼らの両親に重くのしかかる物があった。彼らは何も言うことができず、下をうつむくほか無かった。

「皆さん、どんなことがつらかったですか」

 初公判から半月、今日は加害者家族との顔合わせと悩みの交換会が行われた。家族が犯罪を犯してからの彼らの経験が話し合われた。

 その中には中村兄妹の両親や初公判に傍聴しに来た風間も混じっていた。

 そして、主催者の中にはリクも見に来ていた。彼は今回の事件から家族会に興味を持って、ここに混じることになった。

「水瀬さん、こんな私達を呼んでいただきありがとうございます」

「いいえ、今回支援している方とかには確実にお伝えしていますから」

 深々とお礼を口にする中村兄妹の両親に水瀬は頭上げるように促す。そして、他の加害者家族も複雑な表情をしつつ口々に「気にしないで」と言った。

「中村さん、双子さんが犯した人肉食で苦しんでいるのは理解しているとは言えません。でも、罪で苦しんでいるのはあなた達だけじゃないわ」

「そうだ、俺だって、人格の破断した息子の殺人で子供たちには申し訳ないと思っている」

「それについては本当に感謝しています」

 母親は涙ぬぐってその優しさを受け入れた。

「しかし、驚いたな。まさか、私たちがよくニュースとかで聞く事件の加害者家族が一堂に会すなんて」

「私も最初支援をしたときにはこんなに来るとは思いもしませんでした」

 それはリクも同じだった。彼らの事件は彼ですら世間を騒がせた大事件ばかりだった。

 中村夫妻や猟奇殺人を犯した風間のほかにも小学校に乗り込んで子供を襲った男の父親や、子供虐待死させた父親の両親、通り魔事件を起こした男の甥と姪。そして自動車事故でたくさん人をはねた大物官僚の息子と多岐にわたった。

「私は子供が人殺してみたいと言った時、本気にしませんでした。まさか、ほんとに人を殺すなんて」

「私も息子が研究で脳の前部に血流が悪いから善悪が付かないとわかっていれば、いや分かっていても厳しい教育をしていただろう」

「おじさんが仕事と家庭を失っていなかったら、父さんは母さんと別れなかったかもしれない」

 みんなから出る言葉は口々に後悔と懺悔の言葉ばかりだった。最もリクはいまさら公開の言葉を吐いても過去は変えられないのにと思った。

「中村さんはどうですか?」

「私は、混乱してばかりです。息子と娘から来る手紙の返事は私たち家族への憎しみばかりで、どう返事したらよいのかわからないのです」

「ですから、水瀬さんと協力して私たちはそれを受け止めその理由を丁寧に謝罪を交えて答えています」

 みな、よくできたものだと口々に賞賛の声を上げた。

 と、唐突に靴音の荒い音を立ててこちらに近付いてくる、みんなは「誰だ、こんな所にずかずかとやって来て」と扉を一点に見つめた。

「すまない、こんな場違いなところにやって来て」

 扉を乱暴に開けて現れたのは、日焼け気味の肌に洋風の刺青が両肩に見える三十代の男だった。

「誰だ、あんた?」

「俺はここの代表とはガキの頃からのダチで山本って名だ」

「や、やまちゃん?」

水瀬は思わずその悪仲間のあだ名を口にした。

「久しぶりだな、水瀬。リクも大きくなったな。生まれたころはかわいかったのに」

「僕を知っているの?」

 リクは初対面のはずの山本に若干怯えつつも質問してみた。

「ああ、俺、少年刑務所を出て、お前の出産を知ったんだ」

「あの、山本さん。せっかく来たところ悪いけど今は大事なお話が」

 それを聞いた山本は風間を一瞬睨んだかと思うと冷静に口にした。

「おばさん、悪いけどこっちも大事なようなんだ。犯罪者家族の愚痴は少し中止してもらおうか」

 山本の悪意のこもった中断要請に中村兄妹の父親は彼につかみかかった。

「きさま、私たちのつらさを侮辱するなら許さんぞ」

「なんだと、お前らに犯罪を犯した人間の何がわかる?」

 裏社会の顔を出した山本は彼らが身勝手と思ったらしく、心底頭に来たみたいだった。

「俺の親父はな博打中毒になって、借金に苦しんで、お袋は酒浸り、ろくに構わなかった。俺がどんなに勉強しても、どんなに運動で一位を取ってもな」

「わかるとは言わんが、それだからって侮蔑するのはやめろと言っている」

「あんたは、子供のつらさがわからないからそう言えるんだよ」

 怒りにも似た山本の反論と中村兄妹の父親の対立が加害者とその家族の対立を証明しているところだった。

「ま、まあ、お二方、ここで喧嘩するのは止してね」

「あ、水瀬の言う通りだな。じゃあ、俺は彼女と話があるから、あんたらは話を続けてくれ」

 そう言って山本は水瀬を連れて扉の外に出ていった。

「なんか、あの人、よく言う半グレの頭って感じね」

「そうだね。なんかヤンキーがそのまま大人になったって雰囲気だよね」

 リクと加害者家族たちは口々にその山本について噂し合った。リクは母親のことが気になって恐る恐る扉を少しずつ開けて、二人の会話に聞き耳を立てた。

「本当なの?」

「ああ、間違いない」

 何やら深刻そうな口調で二人は話し込んでいた。それはリクですら見なくての感じるほどに。

「教授がコピーした被害者のリストの中にあの時いた奴らの名があった。すぐに奴らに連絡したら、食べられた日にみんな行方知れずになってる」

「それで、私とあんた以外は?」

 山本から返事がなかった。その沈黙ののち「じゃあ、いま生き残っているのは私たちだけなのね」と深刻な声が聞こえた。

「恐らく、ガキだった中村兄妹は長いこと探していたんだ。あの動画を持っていたのもその理由だ」

「私は昔の事だとはながすつもりはない。あんたはどうなの?」

「俺は若気の至りだとながしている。お前みたいに贖罪とか考えたこともないし、今の俺にはそれができない。もし表沙汰になれば、ようやくできた幸せな家庭が壊れちまう」

「保身なのね」

「だが、それが今の思いだ。俺だけでも怯えているのに家族にまで巻き込まれるのだけは防ぎたいんだ」

「そのときになったら私を頼りなさい。苦悩している加害者家族は受け入れるわ」

「悪いな、俺にはそれが虫がよすぎると思っている」

 母親と山本の会話はリクにとってかなり深刻な感じだった。恐らく優斗も美沙も誰に食べさしたか判別できないが、復讐を完遂したことは推測できた。

「ありがとう、あんたは無事なようで」

「いいや、俺は後悔しているところがある。俺らの過ちであいつらだけじゃなく、その関係する人間にまで食べさせられたことを」

「それなら、一人でも救い幸せにしなさい。それがほんとの贖罪よ」

「わかったよ。それじゃ、あの犯罪家族の僻みでも聞いてくれ。俺に取っちゃ家族神話は呪いだと思っているからな」

 そう言って山本の物と思われる靴音が遠ざかっているのが聞こえていた。そして、逆に水瀬の靴音が近づいてくるのが聞こえてきてリクと加害者家族達は慌てて席に座った。

「あら、皆さんお話はどうしたのですか?」

「あ、あの山本って男のせいで空気が悪かったから話せる状況じゃなかったの」

 それを聞いた水瀬は何かを感じ取ったらしく「それはすみませんでした」と形式だけの謝罪をした。

「母さん、あの男の人って悪仲間だったの?」

「そうよ、リク。山本は中学の時から有名な不良でヤクザに襲撃かけるほどの悪童で有名だったの。私はそのときから詐欺や車上荒しとかで稼いでいたわ」

「今の水瀬さんからは想像もつきませんね」

 風間はギャルとは大きくかけ離れた今の水瀬の姿に驚きを隠しきれなかった。

「まあ、私も黒歴史にしたいからこのことは水に流してお話を続けましょう」

「そうね、誰でも隠したいことはありますからね」

 そう言って水瀬とリク達は再び円を囲んで話しを再開した。

 事件からもうすぐ一年になろうとしていた。間もなく二人に判決の時が近づこうとしていた。

 中村兄妹の家族は今大都市から遠く離れたとある地方の都市に逃れていた。子供達はその地方都市にできたばかりの通信制高校とフリースクールに通っている。

 一方中村兄妹の生き残った兄妹は必至に生活を立て直そうとしていた。中には精神病院に入院したり、生活保護受けて貧困をくぐり抜けようとしていた。

 リクは兄妹と深いつながりがあることからマスコミやネット民に狙われることを心配した母親の協力でその地方都市にある中学とフリースクールに通っていた。

「それじゃ、リク君。さよなら」

「じゃあね」

 リクは中学校を離れてフリースクールに向かった。その場所は中学から少し離れた場所にビルの二階部分を間借りして開設されていた。

 中では中村兄妹の甥や姪に当たる子供もを始め居場所を失った年齢のバラバラな子供が遊んでいた。

「リク君、いらっしゃい」

「先生、こんにちは。今日もお世話になります」

 中学の支給されたバッグを机において、中からタブレッドPCをだし、早速二人に関するニュースを探した。

「どうしたの、なに探しているの?」

「う、ううん。何でも無い」

 リクはほかの子供達と離れて、ニュース速報をタップした。

 その見出しは大々的な物として暑かれていた。


〝連続猟奇殺人鬼二人に死刑判決〟


 それを見たリクは身震いして、恐る恐る記事の内容をタップした。

 内容は検察は事件の重大性と被害者の数などから極刑すべきとし、弁護側は精神二以上があると医療刑務所が相当とした。

 裁判員の判決理由はこう書かれていた。

「本件は社会的にもまれに見る残虐かつ猟奇的で多数の被害者がいる。その肉を食べられたばかりか食べさせられた家族の気持ちは察するにあまりあり、極刑を持って償うほか無い」という物だった。

 リクは覚悟はしていたみたいだったが、いざその内容を見ると身震いがして涙も出かけるほどに、目頭が熱くなった。

「リク君、大丈夫?」

「へ、あ、ああ大丈夫だよ」

 慌ててタブレットPCをバッグにしまって、みんなのやっているボードゲームに参加しようと近づく。

「リク君、それと中村さん達ちょっと良いかしら?」

 突然先生が呼んできたため彼らは何だろうと思い先生のところにやってきた。

「なんか、急にお迎えがきたわよ」

「お迎えってお母さん?」

「いいえ、なんか男の人みたいだったわよ」

 みんなは誰だろうと思い、そのお迎えの人見ると、それは山本だった。しかも、何か深刻な表情をしてこちらを見ていた。

「だ、誰ですかおじさん?」

「俺は山本という者だ。緊急だからリクのお母さんに変わって代理できた」

「一体これはどういうことなの?」

「中村君達だね。落ち着いて聞いてほしい。おじいさんがアパートで首をくくって自殺した」

 それを聞いた彼らはパニックになり「うそでしょ」と山本に真偽を確かめた。

「本当だ、今近くの病院に運ばれている。一緒に来てほしい」

 山本は焦る様子で彼らを自分が乗っていたSUVに乗せるとアクセルをふかして、走り出した。

 病院の方では何人かのマスコミが辺りをうろちょろしていた。

 心配する彼らをよそに山本は車からリク達を降ろし、向こうで待っている職員に連れられて霊安室に向かっていった。

「おじいちゃーーん」

 泣き叫ぶ孫の声に喉部分にあざのついた老人はなにも答えることはなかった。その子供の泣き叫ぶ姿を親の方は手を震わせて我慢していた。

 リクは見ることができずに、霊安室の廊下で待っていた。

「ごめんね、リク待たせちゃって」

 廊下から水瀬と竹下が走ってリクの方に近づいてきた。そのヨスだとかなり慌てていることが目に見えた。

「母さん、教授も」

「リク君、済まなかった。山本とは私も浅からぬ縁があったから使いとして出した」

「それは良いけど、大変なことになったね」

「ええ、私の経験した中で最も恐れていたことがおきてしまったわ」

 水瀬はそう言って遺書を見せた。内容は被害者への贖罪と全財産を売ってその資金をリストに載っている分に均等に分けたこと。そして最後に息子や娘より先に地獄に行きますという内容が震える手で書かれていた。

「お兄ちゃんとお姉ちゃんのお父さん。ずっと死にたかったんだろうね」

「ええ、前々から死にたいと言っていたから、引き留めてはいたけど」

 二人は自殺を止められなかったことを公開していたらしく、苦虫をかみしめる思いをしていた。

 そこへどこからでもなく、スーツを着た女性がこちらへやってきた。リクはその女性に見覚えがあるように思えた。

「あれ、おばさんは確か裁判に出てた」

「あなたも見ていたようね。私は検事の香雅里という者よ」

「香雅里、君は確か凄腕の検事さんだったね」

「その通りです、竹下教授。私は今日来たのはご家族に息子さんと娘さんに罪が決まったことを伝えに来たのですが、どうやらそんな様子ではないようですね」

 その言葉にどこからか憎しみと嫌みが無い混ざった物言いが混じっていた。その言葉がこのような悲劇には全く不快を感じさせるには十分な物を感じさせた。

「なに、怒っているんだい」

「ほんとなら、報告したくないんです。あの二人のせいで私たち家族は放火してしまったのですから?」

「どういうことですか?」

 水瀬の質問に香雅里は憎しみに満ち満ちた目で三人に語った。

「私の妹はひき逃げをして執行猶予で済んだの。それなら私たちにも非がある。でも、あの二人は生きたまま肺や心臓を取り出させて、それを警察官僚の父と結婚記念日を祝いにきた母に食べさせたの。その翌日に父は横領などの罪で失脚し母はそれが元で離婚して閉まった。しかも、娘を食べていたことを知って母は錯乱を起こしたわ」

「それはお気の毒様でしたね」

 水瀬は返せる言葉を口にしたが、それが香雅里にとって許しがたい発散しがたきも地に火をつけてしまった。

「何がお気の毒様よ。あんた達なんか犯罪者生んだ屑どもを何で助けるのよ。犯罪を課したなら家族も同罪よ」

 今度はリクに怒りの火をつけた。彼は今の今まで被害者の家族が受ける苦しみと同じように加害者が受ける苦しみを否応なしに見てきたため、中村兄妹の父親死によって悲しんだ涙とともに、怒りの拳を何度も女性検事にぶつけた。

 それは顔がちとあざとこぶで美しく整った美形が醜くゆがむほどだった。香雅里の方も負けじと反撃でリクの耳に思いっきりかじりつく。

 その凄惨な男女の喧嘩を離れた憎しみのぶつかり合いは水瀬と竹下はもちろんのこと病院の警備員や看護師達が引き留めなかったら、どちらかが死ぬと思えるほどにすさまじい物があった。

 死刑判決の求刑が出て半年近く経つ。水瀬とリクは特別な許可を出して、拘置所での処刑を待つ優斗と美沙に会いに言った。

 彼らは本来なら控訴や上告をするところをあえて、取り下げて死刑が確定した。

 それ以降の生活は懲役刑の決まった囚人とは違い、満足して死ぬように生活が快適にたもたれていることをリクと水瀬に伝えた。

「お兄ちゃん、もうすぐ死ぬことになるけど、大丈夫なの?」

「大丈夫かと言われると、全然怖いよ。でも、だからといって罪が軽くなるわけじゃないから気にしても仕方が無いよ」

「でも、自分の罪を認めて刑を受けるなんてすごいと思いますよ」

「お兄ちゃんとお姉ちゃんがそんな潔い人物に見える?」

 リクにそう言われた水瀬は彼の顔を見るとなんか死を覚悟した目というよりも生き残ることを考えている目をしていた。しかし、こんな厳重な建物からどうやって出るのだろうと水瀬は不思議に思った。

「優斗さん、未だにお父さんが死んだのは自業自得だと思っていますか?」

「思っているよ」

「僕には理解できないよ。僕にはお父さんがいないから恋しいと思うはずなのに」

 リクの悲しそうな表情に優斗は優しい笑顔をしてこう反論した。

「いや、リク君。それぞれに価値観が違うから一緒だと思う方がおかしいと思うよ。家族を愛する人もいれば憎しみのあまり殺してしまう人まで色々さ」

 リクは刑務官の顔色をうかがった。相変わらす無表情で何も言わずにただ自分たちの会話に怪しいところがないのか探っているような目つきをしているなと思った。

「実は二人には隠していたことがあるのです」

 それを聞いた二人は不思議な顔をして「一体何を隠していたのですか」と聞いた。

「俺には血のつながった子供がいるのです」

 それを聞いた二人は反響するほどに驚いた。それは刑務官が「静かにしなさい」と注意を受けるほどに。

「その子はよく、うちの店で食べにきていて,胃いつもおいしいと言っています」

「でも見たことないよ」

「それはそうでしょうね。このことを知っているのは俺と美沙だけで本人は気がついていないから」

 美沙は不思議に思い「どうして、あなたは気がついたの?」と聞いた。

「それは、ある事件の犯人の一人を締め上げて白状させたんだ」

「ふーん」

「それで、その子を誘導してうちの店で食事させていたよ」

「でも、どうして名乗り出なかったの?」

 水瀬の質問に優斗は一瞬言葉を詰まらせて一分間の沈黙を貫きこう答えた。

「言えなかった。どんな日がつながっていても。俺も美沙も一般人からしたら怪物だ。知らない方が賢明だと判断したんだ」

「でも、最後ぐらい私はあなたの父親ですって名乗ったら方がよかったと思いますよ」

「それが最後になるのならね」

 何か意味深な言葉を残したことに二人は不思議に思った。

 そこに刑務官が「面会時間は終了しました」と口を開いた。それを聞いてリクは「じゃあ、また面会に来るから」と明るい表情でお別れをした。

「水瀬さん、美沙には会いましたか?」

「ええ、美沙さんも死刑囚とは思えなくらいに明るい表情をしていました」

「そうですか、時々送ってくる仕送りにも感謝しています」

「いいえ、気にしないで。ご両親から面倒を頼まれてましたから」

 そう言って二人は刑務官とともに扉の外に出て行った。

 その廊下で、二人は笑顔を作って歩いていると、刑務官が二人に耳打ちした。

「水瀬さん、坊や。この話は黙っていてほしいのですが。もすぐ二人の処刑が行われることになりました」

「え、早すぎませんか?」

 リクは大きな声で驚きの声を思わずあげようとして口を塞いだ。

「法務省が事件の重大性を鑑みて、大臣が二人の判を押したのです。恐らく一週間以内に私たち三人がボタンを押すことになります」

「なんで、三人でボタンを押すの?」

「殺した罪悪感を減らすために三人同時にボタン押すのさ」

 それを聞いたリクは「なんで、そんな情報を僕らに」と刑務官に質問した。

「さっき、また会おうって言っていたから。もう会えないのはかわいそうと思って」

 リクは目に涙をためて量でこすり始める。その姿を水瀬は優しく肩を置き、刑務官は「でも、一人を除いて私たちや宗教の人には評判がよかったし、いつも君のことを心配していた。あの怪物が優しかったのも君のおかげだよ」と励ましを与える。

「水瀬さん、このことは少なくとも刑が執行されるまで黙っていてください」

「わかりました。このことは他言無用にしておきます」

 二人は肩をすっかり落としたまま廊下をゆっくり歩いて行った。


 一週間後、その日のニュースは一面で中村兄妹の死刑執行を伝えていた。人々はニュースやウェブ記事で伝えていた。

『政府は死刑を執行した中村優斗死刑囚と中村美沙死刑囚について、人間の所業とは思えない残虐性と冷酷さから判を押したと述べています。なお、一部の死刑反対派や死刑を廃止している国々からは批判の声が上がっており・・・・・・』

 テレビでは連日連夜このニュースでひっきりなしだった。その様子を水瀬とリク、竹下と山本、そして二人の母親が暗い表情で見ていた。

「終わったな」

 山本は少し安堵したかのような表情でその言葉を漏らした。一方の竹下は「いや、これは生き残った物からすれば新たな始まりに過ぎない」と返した。

「ええ、私や残された家族、そして被害者の遺族は永遠に思い十字架を背負って一生この苦しみと闘わなくてはいけないのよ」

 そう母親はみんなにしみじみと答え、水瀬も同じく同意した。そして彼女は二人の母親に確認を取った。

「本当に遺骨は受け取らないのですね」

「ええ、私はあの子達の骨は引き取りません。世間様に申し訳ないから。でも、リク君、あんたが引き取ってくれるのは正直うれしいよ」

「だって、僕もお兄ちゃんやお姉ちゃんが大好きだもん」

 それを聞いた二人の母親は「ありがとう」とお礼を言った。

「それでは拘置所に行きましょう。私の車に乗ってください」

 そう言って三人は車に乗り込むと一路拘置所に向けて走り出した。


 拘置所に着いた三人は刑務官の案内に従って,霊安室に向かっていった。そのとき二人の刑務官が立ちはだかって、突然こう言われた。

「済みませんが、子供にはきついと思いますのでここで待っていてもらいませんか」

「でも、この子は私の息子です。一人にさせるのは・・・・・・」

「それでは、遺体確認は肉親である母親からと言うことでよろしいでしょうか」

 水瀬は不思議に思いながらも、その刑務官二人の言葉に従うことにした。水瀬とリクは二人に従って、母親だけが見に行くことになった。

「おばあさん、またね」

「リク君、終わったらすぐに変わるからね」

 そう言ってリクと二人の母親は別れた。

 リクと水瀬は二人の刑務官に連れられて、待機室に行くのかと思って歩いたが、何かおかしかった。どういう訳か来た道とは全く逆に戻っているみたいで、裏口まで連れて行かれた。

「あの、刑務官。何か建物で迷子になったのでしょうか?」

「いいえ、水瀬さん。間違ってはいません。私たち四人はこれからあなたの乗った車で確認を取りに行くのですから」

 そのソプラノボイスの声を聞いた二人は「まさか」と口をそろえて言った。

 その刑務官が帽子を脱いで後ろを振り返ると、それは紛れもなく中村兄妹だった。

 二人は口をパクパクさせて指さした。じゃあ、さっき処刑された二人は一体誰なんだと思わず叫びたくなった。

「水瀬さん、俺と美沙が簡単に処刑されると思ったのですか?」

「でも、執行されたって」

「あれは、あたしたちがこの日のために準備していた刑務官です。やつは囚人を虐待することで有名でしたから、奴らを中心にこの拘置所の人間のほぼ全てに暗示をかけて、奴らを私たちだとすり込ませました」

 そう言って、どこから入手したのか拳銃を取り出して「リク君、水瀬さん。一緒にあなた方の施設に行ってもらいませんか」と優しい脅しをした。

「え、ええ、わかったわ」

「でも、何で?」

「これから国外に逃げる前にケリをつけなくては行けない事があるの」

 そう言って促されるまま建物を出て、さっき乗った車に乗せられた。

 建物内では間違った人間を死刑にしたことで大騒ぎとなり、まさに蜂の巣をつつかれた状態になっていた。

「着いたわ」

 車に乗り込んだ四人は施設に着くと、降りて出迎えた竹下と山本と再会した。山本も竹下もさっき死刑執行を受けた二人を見て驚いた。

「どういうことだ、なんで二人が生きている?」

「久しぶりね、山本。一三、四年ぶりかしら?」

 美沙は銃を構えて山本と久しぶりの再会を悪い意味で喜んだ。

「俺はすっかり、水瀬に指摘されるまで忘れていたが、お前らはこのときを狙っていたのか」

「それだけじゃない、水瀬さんとリク君には伝えておきたいことがあってね」

 優斗の伝えたいことと聞いて水瀬の顔がだんだんと青くなっていくのが周囲の目からもわかった。

「水瀬さん、あなたですよね。子供の頃、俺たちを強姦し、その動画をながしたのも」

「・・・・・・いつ気がついたの?」

「あたしたちを襲ったやつを食べる前に白状させたときよ。奴は万一の脅迫の種に実行した奴らの名前を残していたのよ」

「昔のことだろう」

 山本の無神経な一言に優斗は「罪から逃げようとするやつはその手の言い訳が常套手段だな」と言い返した。

「それに、息子の前で派手な殺しをする趣味はないよ」

「息子だと」

「リク君はね。水瀬さんと優斗の間にできた子供なの」

「なんだって、本当か?」

「優斗お兄ちゃんが、僕のお父さん・・・・・・」

 リクと竹下と山本は混乱のあまり,二人から少し引いてしまった。

「教授、俺は念のためにリク君の髪の毛を一本抜いて俺の細胞とDNA検査させたのですよ。結果は一〇〇パー俺の息子だって結果でした」

「それを知っていて,なぜ二人に黙っていた?」

「水瀬さんの返答次第では彼女を食べた後、養子として引き取るつもりでした。でも、この人はあんたのおかげで改心して、こうやって犯罪者の家族を支えている。それを知ったら復讐する気なんて失せました」

 丁寧だがその中に脅迫と憎悪がにじませるのが周囲の人たちの目からも明らかだった。

 彼らの目はまっすぐに眼前と自分の人生を変えた女に悪意の微笑を込めて銃口を向けていた。

「水瀬さん、でもね悪いことばかりじゃなかったわ。私たちがあの一見以来、バイセクシャリティやラバーやゼンタイフェチとかに目覚め、それを元にSNSにあげたり小説に出したりしていた、そして何より、あなたの胸にかじりついたおかげで、肉の味を初めて知ったの。本当にあのときは感謝しています」

 それは普通の人なら理解に苦しむ言葉だった。三人は恐怖のあまりますますこの二人の狂気が恐ろしく感じられた。

 一方の水瀬は自分の両胸をさわり,あのときの記憶がフラッシュバックしたような表情をして後ろに下がった。

「私が、間接的に大勢を殺してしまった」

 そう言って彼女は崩れ落ち泣き崩れてしまった。その姿は誰も声をかける者外無かったほどだった。

「さて、全てにケリがついたみたいだし、俺たちはここで退場させてもらう」

「でも、どこに逃げるの?」

「近くの港にウラジオストック行きのコンテナ船が停泊している。それに乗り込んで日本からおさらばする手はずだ」

 そう言って四人に銃口を向けながら,さっき乗った車のドアを開けて乗り込んだ。

「水瀬さんに伝えておいてくれ。車は港で乗り捨てるから,後で取りにきてって」

「それと、リク君。こんな、屑でどうしようもない父親と叔母ですまなかったな」

 二人の目にはひとしずくの涙が流れたかと思うと車はどこからともなく走り出していった。その姿に四人はただただ見つめるほか無かった。


 三年後、一八才になったリクは竹下のいる大学に入学した。最も彼は母とは別の学科に入学した。

「あれから、もう三年も経つのか。今じゃ誰も忘れている頃だろうな」

 そう言いながら外の空気を吸っていると、高校生くらいの少年少女の一団が列をなして体験入学を受けにやってきていた。

 その中にどこかで見たような少年少女が目に入った。それは紛れもなく中村兄妹の甥と姪だった。彼らは一瞬リクに目が合ったかと思うと、さっと視線をそらしてうつむいたままそそくさと講堂の奥へ消えていった。

「あの様子だと、相当つらい思いして生きてきたんだな」

そう言って公道を歩いていると、スマホからメールが届いた、差出人は匿名希望とだけ書かれていて、気になっていて見ると、そこにはマップの位置情報だけが添付されていた。

「ここって、サトゥルヌスのあった所じゃないか。一体誰が・・・・・・」

 気になったリクは階段を駆け下りて、乗っていた自転車に乗り込むと、勢いよくマップの位置情報を元に出かけてみた。

 レストランのあった場所は現在更地になっていたはずだった。

 一部では慰霊碑を建てるべきという人もいたがなかなか進まずにいた。

 しかし、リクがそこに行ってみると、それは日本では見たことない巨大な電気機関車と蒸気機関車が鎮座していた。

 それは多くの人々が次々と写メで撮影するほどの物だった。見たところ日本的な部分が残っていたが、少なくとも共産圏の機関車に見えた。

 最も塗装は日本と同じ黒く塗られていた。

「一体誰がこんな者を運んだんだろう」

 リクは不思議に思って、ニュースの記事を見た。そこには某国で革命が起きて、独裁者が胴体と首だけの菅になってさらし者になったことを報道していた。

 そしてその周囲を多くの市民が歓呼していることを伝えていた。

「えー、あの国が崩壊ねえ」

 その言葉を発したときメールが届いた。今度は電話番号みたいだった。タップしてその番号に連絡した。

「もしもし?」

「やあ、リク君。三年ぶりだね」

「ほんと寂しかったよ」

「お兄ちゃん、お姉ちゃん」

 それは昔懐かしい二人の声だった。そして、リクにはわかった。この機関車が彼へのプレゼントである事を。

 リクは脇目にはばからず感涙の涙を流さずにはいられなかった。

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