三種のめがね


 そのうちのひとつは……


 いや、やめておこう。


 こみあげてくるものがあるが、今は残りのめがねの説明を聴いてからでも遅くはないだろう。


 僕は左端の金縁のめがねを震える手で取ると、恐る恐る掛けてみた。


 すると、どうだろう! 今まで見てきた、経験してきた全ての事が頭の中に明確にフラッシュバックしてきて、かつて読んだ本の一字一句、見てきた映画、忘れていた思い出等が苦も無く頭の中に再現できた。


「っ!? これは……いったい……」


 僕が驚いていると、女神様がにっこりと笑顔で説明してくれる。


「その金縁のめがねは賢者のめがね。過去の自分の記憶を全て明晰に見る事ができるの。そして……望めば自分の未来もね」


 僕は、はっとして直ぐにそのめがねを外し、そのめがねを恐ろし気に見つめた。


 これは、僕にはいらないものだ。


 僕は震える手で金縁のめがねを台座へと戻した。


「あら、気に入らなかったようね。じゃあ次のを試してみなさい? ふふ」


 女神様は意味深に、媚びを含んだような笑顔で僕を見つめている。


 真ん中の台座に載っているのは、見るからに妖しい桃縁のめがね。


 僕は少年に戻ったように、何が起こるのか心臓をどきどきさせながらその桃縁めがねを掛けた。


 あれ? 周囲を見渡すと遠くの景色まで良く見えるけど、何も起こらないぞ? 普通に良く見えるめがねってことだろうか。


 僕は首を捻りながら、女神様に質問をしようと女神様に焦点を合わせた時だった。


「ぶはっ!?」


 スッポンポンの女神様が頬をピンク色に染め、大事な部分を隠しながら恥ずかし気に、こちらをチラチラと流し見ていた。


 僕は年甲斐もなく鼻血が噴き出し、興奮してしまった。


 でも、どうしても気になって女神様の方へとついつい視線がいってしまう。


 すると、女神様はサービスのつもりなのか、僕がチラ見する度にセクシーなポーズをとってくれて、僕の煩悩は今にも爆発寸前だった。


「はぁはぁ……も、もう、そ、その辺で……はぁはぁ……勘弁して、ください……」


 僕は女神様の誘惑に必死で抗い、何とか桃縁めがねを外すことに成功した。


 このまま掛けていたら、やばい事になっていただろう……。


「あらぁ、もうやめちゃうのぉ? せっかく久々のゲストだから、お姉さんいっぱいサービスするつもりだったのにぃ。もうっ、むっつりさんっ、ぷんぷん」


 この女神様はめがねの女神ではなく、本当はエロの女神なのではないだろうか。


「こ、これはいったい、何のめがねなんでしょうか?」


 僕は、正座で前を押さえながらも、服を着ている女神様を恨めし気に見上げ尋ねた。


「ふふ、さっき見た通り、服が透けて見えるめがねよ?」


「やっぱり! なんて破廉恥なめがねを用意してるんですか! こんなの掛けていたらおちおち街も歩けませんよ! まったく……」


「あら、その割には喜んでたじゃない? ぷぷぷっ」


「よ、喜んでませんっ。す、少しだけ、取り乱しただけです!」


 僕はこう見えてジェントルマンと言われているんだ!


「ふぅん……そう言う事にしておきましょう、ふふ。じゃあ、最後のめがねを掛けてみなさい?」


 女神様は機嫌よさそうに微笑むと、今度は真面目な顔で僕に促す。


 最後の台座に載っためがね。


 僕が毎日掛けていた黒縁のなんてことないめがねがそこにはあった。


 僕は、その黒縁めがねを手に取り胸に抱いた。


 これは、僕が二十歳になったお祝いに、女手一つで育ててくれた母が僕に贈ってくれた大事なもの。


 母は早くに亡くなってもうこの世にはいないが、このめがねを掛けていると、母が見守ってくれる気持ちになれるんだ。


 僕はこれを修理をしながら、二十五年間常に身近に置いて大切に使ってきた。


「女神様……ありがとうございます」


 僕は、いつものように黒縁めがねを掛け、深々と女神様に頭を下げた。


「さあ、あなたを待つ人たちのもとへ帰りなさい……」


 女神様は優しい笑顔でそう言いながら、僕の目もとをそっとぬぐった。


 それは、成人式の時笑いかけてくれた母の面影と一瞬重なったように見え、僕は懐かしくて、笑い泣きしていたように思う。





「……ただいま」


「あ、あ、あなた……おかえりなさい……」


「お父さん! よかった……」


 僕は愛する妻と娘のもとへと無事帰ってこれた……



 僕の右手には、ペチャンコになった黒縁めがねがしっかりと握られていた。


 また修理しないとな。




 完

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めがねの女神様と三種のめがね 八万 @itou999

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