ガラス越しに見える世界

鈴木怜

ガラス越しに見える世界 -INGLASS-

 潮風が、私の頬を撫でた。


 暖かさを携えた、春を告げる風だ。それが、遊びに来ていた水族館を駆け抜けていった。


 周りに人はいない。他のところに遊びに行っているのかもしれない。


 そんな、貸し切り状態の水族館をゆっくりと歩いて、見て回る。

 足を止めてみると、名前も知らない魚がめがねのレンズみたいに膨らんだ水槽の中を悠々と泳いでいた。


 ぐにぃ、っと魚の形が歪んでいる。

 光の屈折による虚像の世界が、そこに生まれていた。


 私からもそう見えているのだ。

 きっと、魚から私を見ても変な形になっているのだろう。


 お前も、人とおなじなんだなと思うと笑いが込み上げてきた。

 人がめがねをかけてガラス越しの世界を見るるように、こいつも水槽という名前のガラスを通して世界を見ている。


 生き物なんてそんなものだ。

 見たものがそのままの形をしていることの方が珍しい。どんな形をしているか分からない。バイアス、と言うべきか。それとも、もっと大きな何かと言うべきか。私たちはそれに縛られて生きているのだと、そう伝えられているような気がした。

 目の前の魚が、この水族館に縛られているように。


 お前の見ている世界はどんなのだい。

 魚は答えてはくれないけれど。


 めがねをかければ、それがきっと答えを教えてくれる。


 今日も、魚はそんな世界を泳いでいる。


 人の人生も、そんなものなのだろう。

 凝り固まるし間違えるしどうしようもないことだらけで嫌になることだってある。


 逃げてしまいたくなるけれど。それでも、そこから逃げられないのなら。


 せめて、 かけているめがねを変えてみることくらいは、してもいいかもしれない。


 春は、すぐそこまで来ている。


 別れの季節ではあるけれど、また、新たな出会いが待っている季節だ。だからこそ、これからどうなるか全く分からないけれど。


 全く見えない未来を、めがねを変えながら生きていこうじゃないか。


 いつか、目の前の魚がもっと大きな水槽で泳いでいる日が来るのかもしれない。


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ガラス越しに見える世界 鈴木怜 @Day_of_Pleasure

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