メガネ論争(45回目)

蠱毒 暦

無題 猿達の日常

外からは雷が鳴る音が聞こえ、大雨が降る中、室内は厳粛な空気で満ちていた。


「これより、第1596回…定例会議を始める。」


黒の四角いメガネをかけた制服姿の灰色髪の男がリビングの椅子に座る他の制服姿の3人にそう宣言した。



——演劇部の広報。昼波高校に通う生徒なら、誰しもが嫌でも知ることになる…A級危険人物で絶対にモテない…猿と揶揄される人達である。


「おい…井上まだかよ。暇つぶしに井上の部屋行ってエロ本探そうぜ?巻牧、お前行くよな?」


あそこで腹を立てている奴は詫鯖純一郎わびさび じゅんいちろう。顔はいいが端的に言えば、ロリコンでそれ以外を絶対に認められない…重度の変態だ。


「はぁはぁ………これいい。」

「話通じねえなぁ。」


自前のカッターで自分の指を軽く切って快感を味わってる奴は、巻牧啜まきまき すする。ロン毛が特徴的なメンヘラとヤンデレが混ざったドM…つまり変態だ。


「…2人とも少しは落ち着きなって。井上君も皆の飲み物とか買いに行ってるだけだからその内戻ってくるよ。」


その2人に割って入った奴の名は谷口馨。本来なら広報ではなく、脚本なのだが…我々のする事に協力してくれる正に盟友が如き存在で先輩であるこの私に並ぶほどの…底知れない変態だ。


「じゃあ谷口、一緒に行こうぜ?」

「別に私はいいけどさ。そんなに行きたいなら詫錆君1人で行けばいいんじゃないのかい?」

「いや、人手がいるんだよ。」

「…探すのに…って事ですか?」

「違う違う…燃やすんだよ巻牧。少女系以外全てをな。」

「へぇ。それは少し面白そうだけど…もう遅いね。」


谷口がそう言うと玄関からドアが開く音がして、ビニール袋を持った人物が現れる。


「今戻りましたー。遅れてすいません。」

「チッ………さっさと俺のコーラを出せ。」

「何で怒ってるんですか?詫錆先輩。それに…あっ!?またやったんですか巻牧先輩。帰る時はその血…掃除して帰ってくださいよ。」


怒られたと勘違いをした巻牧は、半狂乱になりながら腕にカッターを刺し始めた。


「…ぁ、あぁぁ!?!?ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」

「怒って言ってる訳じゃないですよ!?っ。先輩を止めるから、谷口…手伝ってくれ。」

「了解了解♪」


井上陽翠いのうえ ようすい。去年、我が広報に加入した…たった1人の後輩。私が卒業した後に次の広報部長を託せるほどの逸材。それを言うと、あいつは絶対に調子に乗るだろうから卒業するまで言うつもりはないが。


「おっ、巻牧!そのまま時間を稼いでろ…行ってくる!!」


悪い笑みを浮かべながら、リビングのドアを開けて、走って出て行った。


「は、え?何を…っあの方向、おれの部屋じゃん!?」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃぃぃーーーー!?!??!?!」

「谷口、後…森先輩。巻牧先輩の事、任せます!!」


井上は詫錆の蛮行を止めるべく駆け出していった。


「……はぁ。」


ため息をつきながら巻牧の奇行を止めるべく、私は渋々立ち上がった。


……



井上によって各々の飲み物が注がれ、改めて…皆が椅子に座る。


「本日の議題は…『女性のメガネはアリかナシか』だ。」

「質問いいか?」

「容易に想像がつくが…まあいい。発言を許可しよう。」


ものすごく真面目な表情で詫錆は言った。


「その女性の定義は…何歳なんだ?」

「仮に私達と同年代…」

「論外。12歳以下の女は全員死ね…以上だ。」


コーラを一気飲みして勢いよく椅子から立ち上がって出ていこうとする詫錆に私は追加でこう言った。


「じゃない場合のケースについて知りたかったのだが……そうか。君が知らないのなら…」

「最初からそう言ってくれよぉ!!」


目をキラキラさせて、自身の椅子に座る。


「井上、おかわりだ。さっさと持ってこい。」

「り、了解です。」


少し呆れた表情をしながら井上が席を立ち、コップを持ってキッチンへと向かっていった。


「…おほん。そうだなぁ…やはりどうしても生まれ持った属性に左右されるだろうが…少女達の場合…うっ、たとえ似合わなくても恥ずかしがってメガネをかけているその姿…尊い…沸る…沸るぞぉ!!!…あれ?そもそも幼い麗しの少女達の視力が低いという事は…恐ろしく残酷な事なのでは?…いや、待てよ……」


熱弁を振るう詫錆をスルーして、残りの2人に問いかける。


「巻牧。谷口…君達はどう考える?率直な意見が聞きたい。」


巻牧は戸惑いながらこう言った。


「年齢とかは…その、」

「構わん。そこは好きに考えていい。」

「分かりました森部長。僕はあの…テンプルが大好きなんです。」

「……ん?」


テンプル?


聞き慣れない単語を聞いて言葉に詰まっていると、隣に座る谷口が小声で教えてくれた。


(耳にかかる部分の事だよ。つるとも言うよね。)

(そうだったのか…助言感謝する。)


「で…その部分がどう好きなんだ?」

「…そ、それは。」


少し俯きながらこう言った。


「考えて見て下さい。普段からずっと耳に負担をかけながら生活してるんですよ。きっと、それはもう…最高に幸せに違いありません。」

「おい巻牧…論点が少しずれてないか?」


巻牧の表情が段々と狂的に染まっていく。


「ああっ。僕も森部長がいる境地へと至りたいっ!かくなる上は…僕の目を潰して……!!!」

「待て!落ち着け巻牧。早まるんじゃない。」

「止めないで下さい森部長。理解者がいなくて寂しかったんですよね?すぐに、僕もそちら側に……」

「っ、詫錆…何とかしてくれ!!」


詫錆を見ると、絶望し切った表情でぶつぶつと呟いていた。


「…少女達に無理やりメガネをかけさせるという行為は…大罪では?俺は死刑に…くっ、その可能性が高い。でも、違うんだ。俺はただ少女達が様々なメガネをつける姿を見たかっただけで……!決して下劣な事など考えた事は…俺はどこにでもいるただの紳士なんだぁーー!!!!」


そっちはそっちでそれどころではなかった。谷口はコーヒーを優雅に飲みながら、この状況をニヤニヤしながら見て楽しんでいた。


「詫錆先輩、コーラ持ってきましたよって…何この状況。」


ちょうどいいタイミングで井上がコップをもって、キッキンから戻ってきた。


「…井上。後で説明するから、とりあえず巻牧を大至急止めるぞ。このままだと…マジでやりかねない。」

「…?とりあえず、コップは置かせて下さい。」

「谷口、君もだ。傍観者気取りはそこまでにしておけ。」

「…私としては、もうちょっと見てたい光景だけど……まあいっか。」


詫錆を除いた3人で全力で巻牧を止めにかかった。


——閑話休題。


「ご、ごめんなさい。つい、興奮しちゃって。」

「…このカッターは一旦没収だ。それでいいな?」

「……分かりました。」


巻牧はしゅんとうなだれて、詫錆の方は……


「…ぁあ。あ、あ。俺は……罪人……俺は……罪人…は、はは……」


何度何度も、泣きながら小声でずっと机に頭をコツコツとぶつけていた。


「…これで落ち着いたな。」

「僕も…その……やっててもいいですか?」

「……駄目だ。少しは反省をしろ。」

「…はい。」


巻牧が黙るのを確認してから、俺は隣にいる谷口を見る。


「…で、次は谷口だ……待たせたな。」

「別に待ってなかったけどさ。メガネをつけた女子がアリかナシかの話…だったよね?」

「……そうだ。君の意見が聞きたい。」


谷口はさも当たり前の事を言った。


「その子がつけて似合うならアリだと思うし、似合わなければナシでいいと思うよ。私としては…どちらでもいいんじゃないかなぁ。」

「……。」


一瞬、その言葉に違和感を感じて…勝手に口が動いていた。


「嘘だな。」

「……酷いなぁ。森広報部長にそんな事言われるなんて…私は泣きそうだよ。」

「私は君の本音を聞きたいんだ。分かっているだろう?」

「……。」


谷口の目が軽く泳ぐ。


「…言ってもいいのかい?」

「これは議論で…何でも好きなように言っていい場だ。下手に嘘をつく必要はないし、誰も笑いはしない…なぁ。井上?」

「…うぇ!?あっ、そうです……谷口、別に無理して森先輩に付き合う必要ないからな。」

「ありがとね……はぁ。しょうがないなぁ。」


谷口がコーヒーを飲み切った後に少し声のトーンを落とし、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら言った。


「……大嫌いだ。男女関係なく…ね。別に恨みがあるとか…そういうんじゃないんだ。ただ… 昔の事を思い出すのさ。あの顔が…既に終わった事の筈なのに、メガネを見るとどうしても…ちらつく。」

「谷口……。」

「本当は言いたくなかったろう…悪かったな。だが、参考にさせてもらう。」

「…そうかい。」


そう言って谷口は立ち上がった。


「…井上君、トイレの場所は知ってるかい?」

「リビングから出て少しした所にあるけど…大丈夫か?」

「…心配しなくても大丈夫だとも。んじゃあ、一旦抜けるから…いいよね、森広報部長?」

「ああ。」


谷口はブラブラと手を振りながら、リビングから出て行った。


「じゃあ、次はおれの番…ですか。」

「…そうなるな。では言ってみろ。」

「……何かおれだけ扱い雑じゃないです?」

「そんな事はない。」

「……はぁ。おれは勿論、」



「戻りました…シャケとか安かったので買って来ましたよ、陽翠さん。」


私は自然とドアの前にいる…女性を見つめていた。


少し濡れたメイド服を着たクリーム色の癖っ毛に茶色いぐるぐる目をした20歳程の、女性が、井上の、家に


———いた。


井上の両親は海外に行っていて、一人っ子なのだと聞いている。だから……これは。


……裏切り行為に、他ならない。


「あ!残雪さんも帰ってきたんですね。何やら人間が沢山いますよ。」

「…っ。」

「……?私の手を取って…ちょっと、どちらに行くんですかぁ〜〜〜!?」


荷物を持ったまま、その場から逃げ出した。


「……残雪?」


ここからはよく見えなかったが、あの『三代目帰宅至上主義者』で私的、校内隠れ美人ランキングで3位の彼女が…どうしてこの家に?


井上の表情が青ざめる。


「あっ、おれ…ちょっと用事思い出したんで…ちょっと、外出てきます!!」


井上は立ち上がって、玄関へと駆け出していった。ドアが閉まった音がした後、かけていた伊達メガネを外し胸ポケットに入れて、ゆっくりとジャスミンティーを飲み干してから立ち上がった。


「君達…これより異端者を粛清するぞ。」

「……ああ。少女を愛するのなら万歩譲っても許せるが、少女以外を愛するなら…殺す。」

「…駄目ですよ。僕達を差し置いて、抜け駆けなんて…アヒッ、許さない許さない許さない許さない許さない許さない……」


巻牧にカッターを手渡した。


「では行け『先鋒』。命令だ。死んでも奴を見つけ出せ。」

「はいはいはいはい…お任せ下さい♪井上さんにも僕の快感を味わせてあげますぅ。」


巻牧は狂ったように外へと駆け出して行く。


「『次鋒』はこの家の中を探索。物的証拠を掴め……手段は問わないが燃やすなよ。」

「分かってるって。少女系のエロ本以外はこっちで回収していいか?後で燃やすから。」

「それはいい!是非、奴の目の前で盛大に燃やしてやってくれ。」


下手くそな鼻歌を歌いながら、ルンルンとリビングから出て行った。


「…何かあったのかな?」


詫錆とすれ違いに、谷口がリビングに戻ってきた。


「…丁度いい。『副将』は今回の定例会議に来れなかった残りの『五将』『中堅』『三将』に連絡を。『異端審問会』に加入している他の者にも声をかけろ。ローラー作戦だ。どこにも逃がすな。」

「あー…井上君か。まーたやらかしちゃったんだね。うん…分かったよ『大将』。」


谷口はスマホを取り出した。


「…君はどうするんだい?」

「そんなの…決まっているだろう。」

「…ああ、そうだったね。じゃあこれから電話するから。」

「頼む。」


私はリビングを出て、少し歩き玄関のドアを開け、制服が濡れる事を全く考えずに外に出た。


———私の名前は、森深右衛門もり ふかえもん。モテない男筆頭にして演劇部の広報部長にして、殆どの男子生徒が加入する『異端審問会』の議長であり、



——3度の飯よりも拷問が好きな…変態だ。


(……今日は、とてもいい…拷問日和だな。)


雷鳴が轟く中、私は暗く笑った。

                了 

                


































































































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