【KAC20248めがね】虹色めがねがむすんだ縁

依月さかな

普通の眼鏡じゃないの!?

 今日は念願だった冒険者ギルドの登録も済ませ、旅人として新たな門出の記念すべき日。ぐうぐうと鳴っていたお腹が満腹になったから、しあわせ気分だった。


「レインの眼鏡ってきれいだよねぇ」

 

 デザートのチョコレートケーキを頬張る相方を見てたら、つい本音が口から出てしまった。普段はのんびりマイペースな彼も突然の賛辞にびっくりしたみたい。銀縁眼鏡の奥で目を丸くした。


「めがね、ですか?」

「うん! すっごくきれい。どう見ても普通の眼鏡なのに、時々透明なガラスが虹色になる時があるの」


 レインは怪訝そうな顔をしたけれど、あたしは機嫌よく長い尻尾を揺らして答える。


 今年、あたしは無事に学院を卒業し、旅する冒険者としての道を新しく歩み始めた。あたしの相棒は、今も目をぱちぱちとさせている銀縁眼鏡をかけた彼だ。

 白衣に似たロングコート着込み、虫を一匹も殺せなさそうな優しそうな彼の名前はレイン。どこからどう見ても人間みたいだけど、彼の正体はドラゴン。気が遠くなるような古代の時代からずっと生き続けているいにしえの竜という種族なんだって。

 レインはあたしたち人のことが大好き。そして人が積み上げた歴史や遺跡にすごく興味がある、自称考古学者。ずっと遺跡めぐりの旅で出たくてうずうずしてたんだけど、いにしえの竜が世界を旅するにはいろんな制約があって難しい。そこで偶然知り合ったあたしに目をつけた彼は、旅の仲間に誘ってくれて今に至るわけなんだけど……。


「ああ、それはこの眼鏡が僕の竜石でできているからですよ」


 お皿の中のケーキを一欠片も残さずきれいに平らげたあと、レインは笑顔でそう言った。


「ええ!? それ普通の眼鏡じゃないの!?」

「そりゃそうですよ。僕たちいにしえの竜のからだは純粋な魔力でできています。人の姿になっている時も同じです。この眼鏡も僕の魔力の源——竜石を加工して作ったものなんです。見てみます?」


 そう言って、レインは自分の眼鏡を外してあたしに手渡してきた。竜石は宝石みたいな見た目をした高値で取引される魔術素材だ。そんなあっさり他人に渡していいものじゃないわよ!? まあ、そんな貴重品を受け取るあたしもあたしだけど……。

 銀色のツルの部分を慎重につまんで、かけてみたり外してみたりしてみる。意外にも、度は入っていない。これ、伊達眼鏡じゃない。

 フレームに嵌め込まれたガラスは透明なのに、傾き加減では七色に光る。まるで前に見せてもらったレインの竜石——虹水晶レインボークリスタルみたい。


「そいえばレインって光竜だから、別に目が悪いってわけじゃないのよね。どうして眼鏡なんか作ってかけてるの?」


 始めて出会った時から彼は銀縁眼鏡をかけていた。だから今さらすぎる疑問だ。けれどレインは嫌な顔をせずに答えてくれた。


「え? だって、考古学者と言えば眼鏡じゃないですか」


 なに、その決めつけたような言い方。


「そんなことないと思うけど」

「いいえ、人族の学者はみんな眼鏡装備に決まってます! 研究者が集まる島では眼鏡かけた人いっぱい集まっているのを見たことありますよ」


 レインはいにしえの竜だからなのか、あたしたち人のことを〝人族〟と呼ぶ癖が抜けない。ちゃんと言い聞かせて癖を治させなきゃ。

 あたしはてっきりレインは形から入るタイプで、考古学者になりきるために眼鏡をかけているものだと思っていた。まさか前例があったなんて。びっくりだ。


「眼鏡は竜石でできているので、売ればお金になりますよ。予備の竜石は幾つか持ってきましたし、路銀に困ったら金策に当ててもいいと思います。なくなって困ることもありませんしね。……あ、欲しいならアイリスにあげましょうか?」

「なに言ってんの。良くないに決まってるでしょ! 竜石は珍しいものなんだから、そんなもの売ったりしたらすぐにいにしえの竜だってバレちゃうわよ!?」


 いくらあたしがお宝大好きなトレジャーハンターでも、何の対価もなしにレインから眼鏡を取り上げられるわけないじゃないの。

 あたしは遺跡探索して金銀財宝を見つけたいだけなのに。

 それに、竜石は高値で売れる貴重品で、普通物々交換には使わない。珍しいものを出したりしたら、すぐにレインが人じゃないってバレちゃう。それだけは避けなければならない。


「と・に・か・く! 絶対に眼鏡も竜石も勝手に売ったらだめ! わかった?」

「……わかりました」


 形のいい眉を下げて、レインは少し不満そうに口を引き結んだ。まるで子どもみたいだ。

 この人、学者の格好をした大人のくせにあたし以上に世間知らずなのよね。中性的な美人さんで顔だけはすごくきれいなんだけど……。

 やっぱり、ここは猫獣人のあたしがしっかりしなきゃ。いにしえの竜はただでさえ人に狙われやすいもの。あたしがちゃんとレインを守ってあげなくては。


「この食事代だけは竜石で払ってもいいですよねっ。アイリス、奢りますよ」


 やっぱり、この人わかってないーーー!


「だからだめだって言ってんでしょー!」

「大丈夫ですよ。店のご主人はすごくいい人です。誰にも口外しないように言っておけばバレませんって」

「そんなキラキラ光る虹色の石なんか出したら、即バレするって言ってるじゃない!」


 レインはうきうきした顔で席を立つとあっというまにカウンターへ行ってしまった。まずいわ。彼が竜石を出す前になんとしても止めなくちゃ。

 あたしは持っていた銀縁眼鏡をテーブルに一旦置いて、彼を追いかけた。


「というか、お店には基本的に通貨で払わなきゃだめよ。ちょっとレイン、待ってってば!」


 レインと竜石のことで頭がいっぱいになっちゃって、あたしは大事なことを失念していた。ううん、旅のスタートを切ったばかりで浮かれていたんだと思う。

 不思議な虹色眼鏡をテーブルに置き忘れていることを、あたしは気付かなかったんだ。


 to be continued…

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