国お抱えの妖かし男は、今日も隠密に遊郭に通う(KAC20248 参加作品)

高峠美那

第1話

 時は明治。文明開化の風が吹いて早三十三年。時代は一日一日と西洋の文化を受け入れ移り行く。


 しかしそんな変化を疎み、日のもとの国に固執する集団がいた。その者達は古くからこの国にある異能の力を使い、じわりじわりと信者を集めては、虎視眈々こしたんたんと天皇の命と国の権力を狙っていた。


 その異能集団に対抗するかのように立ち上がったのが、こちらも古くから存在する隠密組織、通称 白狼徒党はくろうととうだった。

 世間には知られていない組織だ。そしてその白狼徒党のトップと思われる男は、常に色眼鏡をかけて顔を隠していたため、素顔を見た者もいなかったのである。


 顔がわからなければ探す手立てもない。雲を掴むようなものだが、やっと掴んだ手がかりは、頻繁に出入りしている店が遊郭にあるということだった。


 

 *  *  *


 

 その女は、着物によく似合う淡い桜色の花かんざしをさしていた。


美羽菊みわきくどす。どうぞおたの申します」


 鈴を転がすような可憐な声。美羽菊と名乗った娘がゆっくりと頭を上げると、タイミングをはかったように三味線の弦が弾かれる。


 タタタン、タンタン、タン♪


 緩やかな出だしに合わせて舞い始めた美羽菊の背中で、だらり帯と呼ばれる鮮黄色の長い帯が揺らりとゆれた。

 下唇したくちびるにだけにいれたべにと、目尻の朱は白塗りと相まって、幼いながらも惚れ惚れするような美しさ。


 そんな娘が、指先まで揃えて柔らかに踊る。ずいぶんと大人びた仕草で男達に目を向け、ひらりと開いた扇子で恥じらうように小首を傾げるのだ。

 

 見入るつもりなど無い。しかし、ぐいっと酒を喉に流し込んだ男達は、娘の踊りに目が離せないでいるのだ。


 酒を飲みながら舌舐めずりをした若い男が小声で横に座る男に聞く。


「おい 、本当にこの遊女を殺るのか? もったいねぇ」


 聞かれた男も渋い顔で酒を煽った。


「仕方ないだろう。あの眼鏡野郎がこの揚屋あげやに通っていることは間違いない。きっと目当てはこの美羽菊だ」


「なら、女を外に連れ出して、あいつをおびき出すってのはどうだ?」


 惚れた女の前で、痛めつけられるのはさぞ辛いに違いない。

 しかし…相手は、跡形もなく裏仕事を請け負う隠密組織のトップ。どんな手で反撃されるかわからないのだ。


「やめとけ。騒がれると面倒だし遊郭から女を連れ去るのは無理がある。さっさと殺って部屋を出よう」

 

「でもよう…あの娘。なにも知らねえみたいじゃねえか。まだわけーし、殺すにゃあもったいねぇよ。俺が一晩買ってもかまわねぇ…」


「だめだ。確実にあの眼鏡野郎に思い知らせてやるんだ! ことごとく邪魔をする白狼だかなんだかわからねぇ野郎のせいで、何もかも上手くいかねぇ。俺達の力は特別な物だ。今度こそ、俺達があいつの大事にしてるもんを、潰してやる!」


「…くそっ」


 時代は変わったのだ。それなのに…と、ギリっと歯を食いしばった男達は、懐に隠し持っていた短刀をゆっくりと握る。


「何度、あの眼鏡野郎のせいで俺達の計画が失敗したか…。殺るしかねぇ!」


「しかたねえ。殺るぞ!」


 だん…と、男達が短刀を抜いて立ち上がったその時だった。


 驚いた顔ひとつしない美羽菊が、振り袖を振ると、すぐ後ろの襖が勢い良くひらいたのだ。


 そこにいたのは、男達が殺したくて殺したくて仕方がない眼鏡をかけた憎き男。


「くそっ。気付かれていたのか!」

「殺れ! 殺れ! 殺れ!!」

 

 バタバタと障子が破け、女達もわめきながら逃げ出す…かと思われたのに、眼鏡をかけた男の動きは見えなかったのだろう。


「ぐふっ!」


 膝をつき、短刀を取り上げられ、肩から腕をねじりあげられ、はじめて自分達がたった一人の男に抑えられているのだと気づく。


「なっ」


 なぜだ…。自分達は普通の人間と違う。異能の力は物を浮かせたり、火を発動させたりとそれぞれだが、なんの力も使わせてもらえず、こうも簡単にあっけなく捕まるとは思わなかったのだ。


 悔し紛れに男達は、眼鏡男を睨んだ。


 背の高い男は、ゆっくりと眼鏡の縁を指先でつまむ。


「…愚かだな。なぜ俺が眼鏡をかけているかわかるか?」


 まるで残像が引かれるような動きで男達を見た瞳は金色だった。瞳の中は獣のように縦長に瞳孔が開いている。


「異能は使えなければ凶器ではない。残念だったな…」


「くそっ。なぜ俺達の異能が発動できないんだ!?」


 すると、ふわり…と男達の前を艶やかな着物が通りすぎ、さっき舞いを舞っていた美羽菊が男にしなだれた。


「この揚屋は…白狼様が情報を集める為に管理されてはる揚屋どす。うちは協力者にすぎまへんが」


「!?」


 なんて…ことだ。初めから自分たちに勝ち目などなかったのだ。


「…これからの世は目まぐるしく変わる。おまえ達がやろうとしている事は、ただ変化を恐れているだけにすぎない」


 男の顔が崩れだす。いや、顔だけでなく、足や手も銀色の靄に染まったかと思うと…人形ひとがたが崩れだしたのだ。

 息を吸うのも忘れ、霞む視界のすみで見たものは…真っ白の大きな狼だったように思う。

 だが…それが最後、男達の意識はプツリと切れたのだった。


 男達が次に目覚めた時には、軍警察の檻の中。そんな囚人がいうふざけた『人狼』の話を、誰も信じるわけはなかったのだ。


 


 今夜も美羽菊は美しい踊りで、食事と酒に花を添えて舞を終えた。


 踊り終えた美羽菊は、今日のお客である男に燗酒が入ったちろりを傾ける。


「よろしおあがりやす」


「ああ」


 眼鏡をかけ直した男はお猪口に口をつけた。


「美羽菊、先日は俺の女と間違われて危ない目にあわせたな。すまなかった」


「ふふふ。今さら…よろしおす。白狼様がこの揚屋に通うてかれこれ百年になりましょうか?」


 美羽菊は、見かけの年齢に似合わない目で悪戯っぽく流し目した。ほんのりと頬を染めて笑うと、再びちろりを傾け、色眼鏡をかけた男のお猪口に酒を注いだのだった。



       

            おわり

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