今日も元気に

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『スキップすんの、好きすぎない?』

 そう言われて、スキップしていた足を止めた。クスクスと楽しげな笑い声が聞こえて、思わず顔を顰める。

「笑ってんじゃねぇよ」

『だって、自分の世界に没入するとスキップするなんて、意味わかんないんだもん』

 うるせぇなぁ。それを口に出す事はなく、鼻で笑われたまま、作業に戻る。椅子に座り、目前にある台の上で雑多に広げられた白い紙に、文字を綴っていく。頭の中で編み出された物語を、自分自身が絞り出した言葉で形にしていく作業は大切にしているものの一つだ。

 作業をしている最中に、後から後から考え事が降ってきて、いつの間にか自分で作り上げた世界に没入してスキップしてしまうところが、玉に瑕だけど。

 でも、耐えず何かを創り出していくのは素敵な事じゃない?

『そんな事してて、いいんだ?』

 小馬鹿にした笑い声が目の前で聞こえ、キッと前方を睨みつけた。黙れ、と怒鳴ろうとしたが、ふと思い止まった。何か大事な事を掌から取りこぼしてしまったような、それを見て体が反射的に固まるような、そんな感覚がして……。我に返り、身体を後ろに捻って壁掛け時計を見る。

 ……ヤバい、そろそろ家を出なきゃ。

 慌てて床に散らばっている衣服を拾い上げ、ものの三分で着替えて……よし、何とか形になっただろう。

『うわぁ、寝癖すっご』

 悪態でできた針のような言葉に、睨みつける余裕もない。その反応に面白くなかったのか、ため息をつく音が聞こえた。

『……こっちに来ないと、直せないんじゃない? 根暗な顔も、明るくできないし』

 言われなくても、分かっている。心なしか低い声で責める言葉を掻き消すように、無言で作業をしていた所に詰め寄った。目の前で余裕綽々としているアイツを……睨みつけられなかった。逃げたわけではない事は分かるが、それでもあんまり良い気はしない。

 瓜二つの自分が、向かい合った。寸分違いなく映し、真実を見通すソレは、苦手だ。何も見たくないし、出来れば目を逸らしていたい。それでも、周りは許さない。そういうもん。

 ……にしても、確かに酷いわ、この寝癖は。

 備え付けの引き出しから櫛やドライヤーを取り出し、髪を整える。やっと綺麗になった髪型なんて碌に見ずに、また引き出しの中を漁って、化粧道具を取り出した。

 構築中の物語がグシャリと歪んで一瞬躊躇したけど、そんな事を言ってる場合ではない。顔を化粧で整備するのに、工程も碌に覚えてないが、それでもマシにはなっただろう。短時間で準備を終えた自分を、少し誇らしげに思った……のも束の間。

 目の前にいる自分の顔が、意地悪そうに歪んだ。

『下手だね』

「うっせぇ」

 大嫌いな奴が、速攻で水を差しに来て一気に萎えた。だが、どこ吹く風といった調子で、そいつは言葉を紡ぐ。

『まあ、及第点にしとこうか。時間もないしね……そろそろ、切り替えよ?』

 ゆっくりと、相手が腕を上げた。見えない糸で繋がっているかのように、こちらも腕を上げる。

『はーい、掌ぴったんこ』

 一番嫌いな奴の掌と、自分の掌が合わさった。

 化粧台の、冷たい鏡越しに。

 感触が不快だが、一旦こうなったら気が済むまで、離れられない。離してくれないのだ。生暖かい流気が、腕の中を通り、首にぶつかって頭と下半身に広がる。腹の底や足の先に流気が溜まり、身体の芯が熱を持っていく。身体の居心地が悪くなっていき、自分は逃げるように鏡の方へと向かった。当てられた熱が徐々に冷めていき、生温い温度に迎えられる。

 この行為が心地良いと思っている自分は、もう毒されてしまったも同然なのだろうか。

「今日も一日、がんばってくるね!」

 鏡の前に立つアイツは、腕を乱暴に引き剥がし、勝手に言葉を紡く。誰もが認めるほどの愛想が良い笑顔を浮かべて。


 鏡の中にいる自分は、頑なに口を閉ざした。

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