第90話

**

俺の目の前に広がるのは高級マンションだった。そして、氷上さんがいる。

目の前を、氷上さんは自分の車の方へ歩いていた。


勿論、氷上さんの車には爆弾が設置されている。ここまでは問題はない。というのも、[セーブ]時点が、正にここだったから。


問題は、[ロード]前にどうしていきなり死を迎えなければならなかったかということだ。死というのは、何か歪みが生じた時に発生する危機なのだ。特にこのゲームの中では、朱峰や九空を下手に刺激することが、これに当たる。

当然その都度、死の危機が襲ってきた。果たして[ロード]の前はどうだろう?


落ちて行くヘリ。そして、死。先に逃げた警護たち。

一体どうして?

もう正解を見出すことはできない。その前に[ロード]を使用してしまったから。

つまり、全てが存在しないことになってしまったのだ。もはや明らかにすることは不可能だった。それよりも、今重要なことは、氷上さんを再び助けることだった。


「氷上さん!」


俺の切羽詰まった声に、氷上さんは足を止めて後ろを振り向いた。ちょうどその時に電話が鳴った。

俺は電話に出た。この電話が誰からなのかは既に知っている。


「揺愛!ちょっと待ってくれ。君がいる所にすぐ向かうから。そこで話そう。」


通知された番号は知らない番号だった。しかし、この電話が誰からなのかは明白だった。九空は確かにそのような話を病院でしていた。勿論、彼女が待ってくれるかどうかは不明だが。

しかし、九空とカルト教団が関わってしまうと、再び死の危機が襲ってくるかもしれない。

起こり得る死は、未然に防止することが最善だろう。

そこにどのような真実があろうとも。


九空に限っては、電話に出ないよりかは何とかして電話に出て何かを話した方がよかった。

俺は電話を切るのと同時に、氷上さんに叫んだ。


「氷上さん!車に近づかないで!」

「車?」


氷上さんはどういうことなのと言わんばかりに、俺の方を見た。既に見ていた記憶である。既視感が爆発した。

過去に、氷上さんを助け出す過程で問題があったとは思えない。いや、他に方法はなかったはず。

だから、俺は以前と同じく彼女に叫んだ。


「先と何かが違う気がする。ちょっと!」

「何?」


氷上さんが驚いて自分の車を見つめている間、俺は前と同じセリフを流暢に喋った。


「少し確認してみよう。」

「そう?あなたがそう言うなら…。」


首を傾げる氷上さんを置いて、俺は[無形剣]を取り出した。そして、ブービートラップを[無形剣]のスキルで触れた。


「クァアアアアアン!」


すると、何度も見たことのある爆発が起きる。炎が噴き上がり煙が立ち込めた。もう懲り懲りな花火だった。


「待って!師匠から頂いたのに!私のくるまああ!」


氷上さんは泣き叫びながら爆発した車を切実に見つめた。俺はそんな彼女に事件について説明をし始めた。


「誘拐事件がどうもおかしい。それに、誰かが俺たち狙って爆弾を設置した気がする。」

「どうして?一体ど誰が!師匠がくれたのに!だれだああ?」


相次ぐ質問。

彼女の顔は怒りで満ちていた。しかし、ここからは以前と違う展開になる。

[ロード]の前は、真犯人の正体が分からなかったが、今は違う。よくわかっているのだ。

誘拐事件から続くこの一連の事件の真犯人のことを。


だから、わざわざ遠回りする必要はない。

これもまた、襲ってくる死の危機を、未然に防いでくれるもう一つの方法になるだろう。


「あそこ!」


俺は[ロード]前にカルト教団の残党が隠れて俺達を見ていた方向を指差した。すると、奴らはすぐに逃げ始める。勿論、奴らの逃亡は全て俺たちを誘引するためだった。

俺はその事実を知っている。また騙されるのはバカなことだ。


「どうした?」

「敵だ。ここを監視していたけど、今逃げて行った。」


俺の言葉が終わると同時に、氷上さんが疾走し始めた。俺も勿論、氷上さんの後ろに付いて走った。そして、分かれ道にさしかかった。


「あのくず野郎が師匠から頂いた車を爆発させたのね?」

「そう、確かにそうだと思う。」


氷上さんが鞘から剣を抜き取った。[ロード]の前はここで氷上さんと別れていた。しかし、敢えてその選択はしない。

氷上さんが失踪した原因は、おそらくここで別れたせいだろうから。


本来なら[ロード]前と違う行動を取ることは、禁物だ。

しかし、どう変えなければいけないのかが分からない状況では、話は違う。何が間違っていたのかを知らないのであれば、敢えて初めからその状況は作らない方が最も良い。


何と言っても今俺が置かれているこの事件は、危険な女の攻略というゲームのミッションとは全く違う別の事件だ。


ゲームだけど、現実!

この世の人々はNPCではない。

ゲームの中とは言えども、あくまでも生きていて息をする本物の人間だ。だから、この復讐劇も起こすことが出来る。

ミッションでもないのに、わざわざ失踪と死の危機を再び作る必要はない。最初からなかったことにした方がよりいい選択ではないだろうか。


「あそこ!」


そういうわけで、俺が襲われていた路地まで氷上さんを誘導した。

俺達が路地に入るのと同時に、奴らが路地を塞いで襲いかかってきた。ここで振り向けば、さらに後ろからも奇襲されてしまうだろう。


氷上さんは物凄く憤慨した顔で奴らに立ち向かった。そして、俺もやはり路地の行き止まりの塀の上から飛び降りてくる敵を[無形剣]を跳ね返した。

氷上さんの剣が月夜を切る。そして、血が四方に飛び散った。


氷上さんは敵と認識した対象には慈悲のない女だ。俺も同じく、彼女に殺されかけたことがあったから。あの時もこのような路地だった。

氷上さんに初めて出会った、あの夜道。


氷上さんはそんな女だった。そして、実力は抜群なのだ。


氷上さんの剣が月夜の中を踊る度に血が飛び散って敵は力を失せて倒れて行く。速い剣さばきは彼女の特技の一つ。


瞬時に前を片付けた氷上さんは、[無形剣]で攻撃を防いでいた俺を助けて残りの残党までも処理した。

改めて氷上美憂奈という女の剣の実力に感心する。

[無形剣]がなければ、俺などは到底相手にすらできない剣術。


しかし、一体どうしてこのような実力を備えている氷上さんが、[ロード]前に奴らに拉致されたのだろうか?

確かに九空と警護たちは氷上さんがやられたと言っていた。

急に違和感が襲ってくる。


「こいつらの正体を暴くためにも、一人は生かしておいて方がいいよね?」


天真爛漫な表情で俺を見つめる氷上さん。敵を睨んでいる時の視線と俺を見つめる時の視線は全く違う。そこは安心だが。


「いや、氷上さん。その前に奴らの腰のあたりを見てほしい。」

「腰?」


俺の言葉に氷上が倒れていた奴らの腰を持ち上げた。すると、眉間にしわをよせた。


「これは…あの時の教団の紋様?…。」

「だよね?戦う時にちらっと目に入ってたけど、やはりそうなのか。」

「すごい!さすがだわ。鋭い。」

「それよりも氷上さん、あの残党たちは俺と氷上を狙っていたみたい。確実に処理した方がいいと思うけど、どう?」


氷上さんが頷いた。


「勿論私の車を爆発した仇だから、許さない。」


氷さんは剣についた血をさっと拭いた後、鞘にしまいながら周囲を見渡した。


「師匠にお願いして、奴らのアジトを把握してみるね。」

「氷上さん?」

「車だけじゃなくてあなたまで狙ったから絶対に許せない。私の大切なものを全部狙うとは…。」

「うん?」

「いや、いい、一緒に行かない?」

「ごめん、氷上さんに頼まれてここに来たけど、一旦問題は解決したようだし…、俺は戻る。まだやらなきゃいけないこともあるから。」

「そう?それならいいわ。じゃ、私はとりあえず師匠の所に行ってみるね。」


氷上さんは俺の方を少し見たので、俺は首を縦に振って見せた。


「すぐ連絡するから。」


彼女は最後のセリフを残したまま、後ろを振り向き、黒い髪の毛をなびかせながら路地から走って出て行った。

まさかこのままいなくなるのではないだろう?

もしまた失踪してしまったら、再び[ロード]を選択した後は、彼女とくっ付いていなければならないだろう。失踪の原因を把握するためにも。

しかし、氷上さんほどの実力なら、敵の正体を知っている今、さらに彼女の属している解決師の集団の力を借りるとなると、危ない状況に陥ることもなかなか難しいだろう。


彼女の実力のことを考えれば考えるほど、[ロード]前の氷上さんの失踪には疑問が残る。しかし、疑問が残るからといって、再び失踪するような状況を作るわけにはいかない。


とにかくすっきりはしないが、この辺で終わらせた方がいい事件だ。ミッションとは関係のない事件にかかりっきりなのは、明らかな時間の無駄だった。

それに、何よりも解決しなければならない、最も大きい問題が残っている。

俺が一方的にに待つように通告してしまった死神のような女。だが、最近は俺の言うこともよく聞いてくれるようになった小悪魔さま。

その九空の怒りを鎮静させることで、全てが解決になるだろう。


俺は大きい道路を目指して走り出した。

九空の行方はすぐわかった。路側帯に並んでいる車は誰が見ても九空一行だった。そして、その中央にある見慣れた黒いセダンの中に、きっと彼女がいるだろう。


俺はセダンの前まで走った。

すると、車のドアが開いた。ところが、九空は降りない。つまり、これは俺に乗れということだろう。車に乗り込むと、[ロード]前と同じ服装をした九空がいた。病院で俺に投げつけたストッキングもそのままだ。俺が車に乗り込むや否や、九空はいきなり怒り始めた。


「おじちゃん、知らない番号なのにすぐ私だとわかってくれたことは、褒めてあげる。そこまではいいの。だけど、あまりにも時間がかかりすぎ。調子に乗りすぎると死ぬからね。おじちゃん。」

「そうだな。でも、本当に待ってくれるとは思ってもみなかったが。」


俺もそれが疑問だった。[ロード]前は、腹が立って俺を探し回っていたと聞いたが。これは彼女の口から直接聞いていた。


「勘違いしないで。立場もわきまえず私に待ってと言い出すなんて、あまりにも生意気すぎるから、車を止めてと言っただけなの。生意気だけど、私の所へ来てくれるということは感心することだわ。でも、あまりにも遅すぎ。最悪じゃない。だから、遅すぎたおじちゃんはもうアウト。ひどい。あまりにもひどすぎる!だから…。」

「ちょ、ちょっと待って。」


俺は九空の側に体を密着した。すると、九空は案の定、びっくりした表情でもっと車のドアの方に移動した。


「私言ったよね。許可なしでは近づかないでと。だから、私の言葉はつまり…」

「揺愛。」


俺は九空の手を握った。九空は眉をひそめた。しかし、俺が握った手を振り払おうとはしない。


九空。

九空揺愛。

このゲームで会った女の中で一番危険すぎる小悪魔。

世の中全てを見下している彼女だが。

確かに彼女は、俺がケガをした時に慌てていた。あの時彼女が見せていた感情は、俺一人だけの錯覚ではない。

しかし、彼女のヘリで俺は死の危機を迎えた。あまりにも矛盾している。

九空は計り知れない妙な表情をしていたが、目には殺気が全く感じない。


一体[ロード]前、俺の知らない間に何が起きていて死の危機が訪れてきただろうか。

彼女が再び俺を殺そうとしたのだろうか。

そう思うには、今の九空の瞳に映っているものが違いすぎる。潤いを帯びている瞳のどこにも、そのような殺気はなかった。これだけは確かだった。


本当にわからない。

勿論、九空は予測不可能な女だ。しかし、彼女は俺を殺せないという考えは、最近相当強くなってきていた。


今の俺は、いきなり彼女の手を握っている。

九空揺愛の手を。普通の男なら、既に死刑宣告が下されていただろう。

とにかくヘリでの出来事は同じことを繰り返さない限り再び起きることのない、全て過ぎ去った事件だ。

そして、同じことを繰り返すということは氷上さんの失踪と九空の心境の変化を予告している。

氷上さんの失踪、九空の心境の変化。全てが俺には到底理解できないような秘密が隠されているだろうが。

今は生きることが、最善の方法だろう。


「もしかして悪い連中から、テロに合わなかった?」

「ん?」

「どこもケガしてないだろうな。」


俺は九空の体の前後をスキャンするように見渡した。テロに合いそうになっていたことは知っている。

すると、九空はふむと相づちを打って聞き返した。


「それをどうして知っているの?」

「私も同じ連中にやられそうになった。あいつらを始末するのに少し遅れてしまったけど。君を刺激したことに対する復讐にもなるだろう。もし信じなければ、俺のいた路地に人を送ってみるがいい、するとすぐわかる。」

「何?」


九空は俺の目をじっくり見つめ始めた。


「心配してた、揺愛のこと。」


俺の言葉に九空は目を何度も瞬きながら、しばらく沈黙した。その沈黙は何分か経ってからようやく敗れた。九空は離れろと言っていたくせに、少しずつ俺の方に近づいて来て、こう言った。


「私のこと、心配したの?奴らが私を狙っていることを知ったから?」

「当然だろう。ここに来る前に処理するのに少し遅くなっただけだから、もう機嫌治して。」

「へえ。そうなのね?ふーむ…。忠誠をつくしていたんだ。」


俺の言葉に急に九空は笑い始めた。それは嘲笑いや怒りに狂った変な馬鹿笑いでもなかった。俺には、純粋に気分がよくなって笑っているように見えた。


「まあ、あんなやつら、別に興味ないからどうでもいい。」


九空は足を反対に組み直した後も、ずっとにこにこしながら話を続けた。


「あのね、私を襲おうとした奴らの中に、おじちゃんに似た人がいたの。びっくりしたわ。だから、おじちゃんの所に連れて来て殺そうかと思ったけど、結局、最後まで堪忍袋の緒が耐えられなかった…。だから、イライラしていたから、おじちゃんでもいじめて帰ろうかなと思って来たわ。」

「いじめないでほしいな。」


九空は今度は少し違う笑いを見せる。クスクスと笑う。何故か悪魔のような笑い方に思えた。これは何か変なことを企む時の笑いだった。


「まあ、いいわ。何故か気分も変だし、大目に見てあげることもできる。でもこれからの態度をみてからね。」


そう言った九空は運転席に合図をした。すると、車が動き始めた。

ここまでは無難な流れ。特別な動きは見えない。


「ふあぁ~。」


車が出発すると、九空は大きくあくびをして再び俺の方を見る。


「時差のせいで、少し眠いわ。」


そういうと、こっくりと居眠りを始めた。何秒か後には、「ロード」前の車での状況と同じように、彼女の頭を俺の膝の上に乗せ寝かせた。本当に眠っているのか確かめたくなるくらいの、速さだった。

寝ている彼女を乗せた車は、東京の市内を走り始めた。しかし、車が向かったのは彼女の邸宅ではない。

セダンは東京市内をとめどなく走り回っていた。


そんな中、九空は起きようともしない。俺はすやすや眠る彼女の頭を撫でてあげた。無限に走り回る車の窓の外から暗闇が消え始める。夜が明けて訪れて来た朝。

この朝が来る前に、俺はヘリで死を迎えそうになっていた。

しかし、今俺の膝の上には彼女の髪の毛がなびいている。


少なくても再び死が訪れることはないだろう。この時間の軸では俺は無事だ。

最後までこの死の危機に関しての詳細はわからなかったが、とにかく一連の事件は無事に解決できたようだ。


ミッションではないがために、とにかく速く終わらせるべき事件なのだ。

そうすることで、新たなミッションに突入できる。どこまでも俺は期限付きの人生。それを忘れていては大変なことになる。


朝が訪れた繁華街。そこを走り回る車。

その時俺は忘れかけていた記憶を思い出した。忘れかけていたというより、既になかったことになってしまった記憶の一かけら。


俺は[ロード]の前、九空に一つ約束をしていた。たとえ九空は覚えていない約束であっても。

俺の膝を枕にして眠っている九空を見ていると、それを履行したくなった。

病院では九空は無関心を装っていたが、俺のその約束に少し期待をしたのか、好奇心を見せていた。

その好奇心は少し強烈に見えていた気がする。

全てが退屈である彼女にしては珍しかった。


誰よりも危険だが。

おそらく俺はその危険に中毒になっているだろう。

正確に言うと、危険の中に潜んでいる致命的な彼女の魅力に。


俺はトイレを口実に適当な場所で車を停めた。ゆっくりと九空の頭をシートに寝かせた後、車から降りて、急いで携帯を契約して車に戻った。車に再び戻ると、九空は目をこすりながら俺を見つめた。頭を下した時に目が覚めてしまったのか。

彼女は状況がわからないといわんばかりに、瞬きを続けた。


「許可もなく、どこに行って来たの?」

「トイレ。」

「…生意気なおじちゃん。」


目を吊り上げていた九空の前に、俺は携帯を差し出した。すると、九空は吊り上げた目を少し緩めて俺を見つめる。


「これは何?」


絶えず目をこすりながらぼっとした目で、俺の手の上の物を見つめて質問したが、携帯だとわかったのか、こう言う。


「私にくれるの?」

「うん。」

「私、携帯なんか嫌だと言ってなかったっけ?」


じっと携帯を見つめるだけで、受け取ろうとしない。だから、俺は説明を試みた。


「俺の名義になっているから、他から連絡が来ることはない。俺の携帯とつながっているから、めんどくさいことはないよ。それに、お互いメールで連絡が出来るから、楽だろう。」

「携帯でメール?」


ようやく少し興味が湧いてきたのか。そういえば、確かに病院でもそうだった。九空は俺の手の上にある携帯を手に取った。

しかし、画面を見てすぐ顔をしかめる。


「私、使い方がわからない。」


さようでございますか、周りが何から何までしてくれるからね。俺はうなずいて、彼女の側に近づいて、文字の入力の仕方を説明し始めた。


「こうやって、こうすれば。」

「どうするって?」


彼女の髪の毛が俺の鼻をくすぐるほどの距離になっていたが、彼女は携帯に夢中で離れろとは言わなかった。


「ふむ、そう?」


メールを送る方法まで全部教え終わると、いつの間にか彼女は自分で画面を操作し始めた。


「あっ、これおじちゃんの番号だね?」


九空は携帯に登録された俺の番号を見つけて言った。


「これ、名前変えられる?名前がこのままじゃ面白くないよね。どう変えるの?」

「それは、こうやって…。」


再び彼女にぴったりくっ付いて名前を変える方法を説明した。すると、九空は画面を操作して登録されている名前を変えようとしていたが、俺が見ていることに気づいて慌てて携帯を隠した。


「おじちゃん、ちょっと離れて!いつの間にこんなに近づいてるわけ?もう!」


やっと俺たちの距離に気が付いてあっちに行けというジェスチャーをする彼女。俺は肩をすくめた後、距離を空けた。九空は意味深長な笑みを浮かべて携帯を操作を終えると、口を開いた。


「ひひひ、終わった。」


そして、携帯を膝の上に置いて俺を見つめた。


「ところで、おじちゃん、自分で自分の首を絞めるとはね?ふふ、メールと言ったでしょ?高校の時に他の子たちがやっているのを見たわ。人生の無駄だと思ったけど。一度やってみるわ。その代り、すぐ返事がないと、どうなるかはわかるでしょう?」


何だと?そこまでは考えていなかった。ただでさえ電話に一度出なかったらあの騒ぎになる始末だ。自らハードルをあげてしまったのではないか。

どうしてそこまで考えらえれなかったのか、悔しすぎる。当然、予想のつくことなのに。


「ちょっとその携帯、やっぱり返してくれたらダメかな?」

「それって、今更話になるとでも思っているの?おじちゃんはもう帰ってちょうだい。久しぶりに家に帰りたいわ。私、眠いの。変だけど、おじちゃんと一緒にいると眠っていても眠っていないような変な気がして…」

「何?十分寝ていたように見えたけど?そんなに変な気がしたのなら、すぐ起きればよかったものを夜が明けるまでじっとしていたのか?」


九空は強く歯を食いしばると、急に俺の口の中に指を突っ込み、左右に引っ張り始めた。痛い。


「ああああ、何!」

「うるさい。私がそうだと言ったら、そうなの。」


その時に扉が開いた。九空は手を振って見せた。あくびをしながら。確かに分かりやすい行動をするのは、九空ではないだろう。

俺は頭を横に振りながら車から降りた。すると、セダンはすぐに俺の目の前から消えて行った。

そして、すぐ携帯が鳴る。メールだった。


[おじちゃんが私の頭を撫でていたのは知っている。許可もなくそんなことをするとは、殺されても文句は言えないでしょ?それについてどう思っているか、述べてみて。許すかどうかは答え次第だからね。」


あー

やはり俺は自らの首を絞めてしまったのか。


**


「お嬢様?」


「うん?」


九空は自分を呼ぶ声に警護を見つめた。


「少しぼっとしていらっしゃるようでしたので、呼んでみました。」

「あ、そうなの?」


九空は周囲を見渡した。


「ふむ…」

「お嬢様?」

「大丈夫。それよりもおじちゃんに電話をしてみて。この辺にいると言ったよね?」

「はい!」


九空の命令に警護は胸元のポケットから携帯を取り出した。そして、スピーカーフォンに変えて電話をかける。


「揺愛!ちょっと待ってくれ。君がいる所にすぐ向かうから。そこで話そう。」


長谷川の声が響くと警護の驚いた顔で九空の方を見た。しかし、九空は警護の考えをよそに、口を堅く締めて腕を組んだ後、やっと口を開いた。


「車を停めて。どれだけ速く来るのか、見てみたいから。」


[時間軸の秘密 完了]

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俺の現実は恋愛ゲーム?? ~かと思ったら命がけのゲームだった~ わるいおとこ @933650

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