オーディションに残された女たちの明暗【1333文字】

三日月未来

オーディションに残された女たちの明暗

 八坂亜沙子やさかあさこ二十四歳は、赴任したばかりの女学園で高校教師をしている。

 桜並木が続く歩道をコーラルピンクのスカートスーツで亜沙子は歩いていた。

肩には、小さなトートバッグを掛け、紺色の野球帽にピンク系のサングラスをしている。

 ピンクゴールドのサングラスのふちが反射して、時折鈍い光を放っていた。




 八坂は桜並木の途中にある大きな書店のガラス戸を抜けエスカレーターで二階の古典コーナーに寄った。


「あら、八坂先生、偶然ですね」


 同期の朝陽結衣あさひゆいが八坂に声を掛けた。

 朝陽も八坂と同じ時期に赴任して来た高校教師だった。


 背丈は、八坂と同じくらい高く、プロポーションも似ている。

八坂のファッショングラスと違い、朝陽の赤いふちのメガネは、誰が見ても牛乳瓶の底に見えた。朝陽は重度のど近眼だった。


「朝陽先生、ちょっと聞いていいですか」


「ええ、いいわ」


「あの、朝陽先生は綺麗なのに、なんで分厚いレンズの眼鏡めがねをされているんですか」


「ほら、眼鏡めがねって顔の一部とか言うでしょう」


「ええ、そんなキャッチフレーズ、ありましたね」


「だから、あえて、この眼鏡めがねにしたの」


 八坂は、意味不明と言わんばかりに首を捻り、その意味を考える素振りを朝陽に見せた。


「八坂先生、意味なんてありませんよ」


 八坂は、苦笑いを浮かべ“参照堂”の赤いジャケットに手を伸ばす。


「八坂先生も、その本がお好きなんですか」


「いいえ、ちょっと必要になって・・・・・・」


「実は、私も、必要になって」


 薄笑いを浮かべた二人は、書店のレジに行き精算を済ませた。


「先生、上のカフェに寄りませんか」


「お茶ですか」


「ちょっと、肌寒く、温かい飲み物が欲しくなりました」


 二人は、エスカレーターで上の階に上がり、カフェに入る。

黒縁くろぶち眼鏡めがねのウエイトレスが二人を奥のテーブルに案内した。


 ウエイトレスが、朝陽に気付き尋ねる。


「失礼ですが、モデルの朝陽結衣あさひゆいさんじゃ、ありませんか」


「はい、そうですが、何か」


「先日のオーディションでお会いした衣川きぬがわすみれと申します。よろしくお願いします」


「じゃ、あなたもモデルなの」


「はい、そこにいる、姉さんの妹です」


「でも、衣川と言いましたよね」


 姉の八坂亜沙子やさかあさこが、朝陽結衣あさひゆいに説明をした。


「よくある、家庭の事情で、妹と私は離れてしまったの」


 朝陽は、八坂の言葉に次の言葉を飲み込み、曇った眼鏡めがねを外して拭いた。


 近くのテーブルのカップルが朝陽結衣あさひゆいに気付きじろじろ見ている。




 土曜の午後、三人はオーディション会場の更衣室に入った。


 八坂亜沙子やさかあさこはサングラスを外し、衣装に着替える。

朝陽結衣あさひゆいは分厚い眼鏡めがねを外しコンタクトを入れている。

衣川きぬがわすみれは黒縁くろぶち眼鏡めがねのままだった。


「すみれ、眼鏡めがねは」


「私、眼鏡めがね美人と言われてるから、このままよ」



 しばらくして、紺色のパンツスーツの女性が更衣室に入って来た。

暗いオーラを身にまとっているのか表情が冴えない。


「オーディション担当の坂井明子です。お伝えすることがあります」


 三人は、坂井の次の言葉を待った。


「二次、オーディションはありません。みなさんは全員合格です」


「あの、どういうことですか・・・・・・」


「他の参加者全員のキャンセルが発生しました。あなたたち三人だけが残りました」


 八坂、朝陽、衣川の三人は、あとで坂井の説明を聞いて背筋が凍り付いた。

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