春の雨 たとえばこんな話を一つ

春の雨の下で

 ぼーっと、私は軒先で雨を眺めていた。

 傘はない。

 天気予報では春雨だとか、春の長雨だとかいっていたけど、今日はきっと晴れると勝手に信じていたから。


 やまない雨はないというけど、今のこの雨が問題で、私は走り出せない。


 いつやむんだろう?


 スマホを見れば、まだ続くとある。


 春の雨はどこか優しい。

 催花雨さいかうとの言葉もある。春の暖かい雨が、花が咲くのを急かすからと。

 細くて、線を引くようで、弱々しく。

 それでもやっぱり、雨は冷たい。

 町をけぶらせ、雨は続く。

 さびしさが募る。

 人は誰も通らない。

 景色は灰色で、なんだか世界に一人、取り残されている気分になる。


 雨に沈む街。

 それをただ眺めていた。


 今日は楽しいデート。

 久しぶりに彼に会う。

 春の繁忙期でずっと会えなかった。

 彼はでも、就職浪人。

 高望みが過ぎると、私は思っていた。

 彼はそれでも、自分に合う仕事はもっと他にある! なんて。

 がんばって。

 それしか私にはいえなかった。

 私は新社会人。順調な滑り出しと思っていたけど、目まぐるしく変わる環境について行こうとするのに必死で、彼のことを気にかけていられる余裕がなかった。


「これ、どうぞ?」

「え?」


 驚いた。いつの間にか男の人がそばに。

 傘を突き出してくる。

 大人に見えた。

 新卒の春。まだまだ子どもの私には、大人の余裕が漂っていると映った。


「きれいな服、濡れると大変でしょう? よかったら、使って」


 借りていた軒先の店の人らしかった。

 私はどう返事をすればいいか迷った。

 そもそも迷惑だろうに。


「いつでも、お店に返しに来てくれればいいから」


 ニコッと笑う、その笑顔が素敵で。

 私はお言葉に甘えることにした。


 後日、傘を返しに行ったとき「どうして、私に?」とお尋ねした。


「君の、なんだか哀しく見えたから」


 ああ、分かるんだ。


 あの日、私は彼から別れを告げられた。

 私は何もいえず、それを受けた。

 予感はもうあったから。


 でも!


 新しい春は、そう雨が連れてきてくれたみたい!!

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