メガネの星

緋色 刹那

👓💫

 芽ヶ根めがね隕石が落ちた。


 そのせいで、町中のガラスが割れた。私のメガネのレンズも割れた。寝ていてメガネを外していたから、危うく失明しないで済んだ。


 これを機に、メガネからコンタクトに変えた。

 今後メガネは使わないとは思うけど、初めて買ってもらったメガネだから思い入れがある。捨てるに捨てられなくて、なんとなく部屋に飾っていた。


 一週間くらい経った朝。何気なくメガネを見ると、割れたはずのレンズが元通りになっていた。


「お母さんが修理に出したのかな?」


 今さらメガネに戻るつもりはないけど、一応かけてみる。


 すると、


「……」


「……」


 メガネと目が合った。

 レンズの表面がパキパキと変形し、パッチリとした目が浮かび上がったのだ。


 私は反射的にメガネをつかみ、部屋のすみへ放り投げた。メガネは一度壁に当たり、床へ落ちた。


 壁に当たった瞬間、


「いてっ」


 とメガネから声が聞こえた。


 床に落ちてからはしばらく黙っていたけど、メガネは観念した様子でツルを足のように動かし、私にレンズを向けた。


「急に投げるな」


「レンズが割れても文句言わなかったのに、今さら何を」


 メガネがしゃべった。

 しかも、自我を持っている。くねくねと体(フレーム)を動かし、なんだか満足そうだった。


「このフラーマはいいな。丸いし、二つもある。少々せまいが、そこがかえって落ち着く」


「急にどうしちゃったの? 隕石の影響?」


 私が隕石、と口にした瞬間、メガネはギクッと固まった。


「ま……まぁ、気にするな。それより、あの巨大なメガネはなんだ?」


「テレビだよ」


 リモコンを操作し、テレビを点けてやる。

 ちょうど、芽ヶ根隕石の続報がやっていた。


『……このように、芽ヶ根隕石はガラスを主成分とする未知の物質を内包していたと思われます。さらにくわしく分析するため、隕石専門研究所は芽ヶ根隕石を持ち帰りました。内包物を取り出そうと、隕石の表面を削ったところ、中にあったガラス物質は飛散……もといし、現在も行方が分かっていません。一部の専門家の間では、このガラス物質は地球外生命体ではないかとの憶測もあります。発見しても、近づかないようにしてください』


「……」


「……」


「君では?」


「……バレてしまっては仕方ない」


 メガネはメガネではなかったらしい。

 テレビ台によじ登り、自ら正体を明かした。


「私は(不明な言語)から来た、異星人である。この星の言葉で変換するなら、"ガラスの星"といったところか」


「ガラスの星?」


「その星は、あらゆる物や生物がガラスでできている。だが、体が完全に透明だったのは我らクーリア族のみであった。色つき達は、我らを『透明だから』『無断でフラーマにハマるから』という理由で、一方的に危険視した。挙げ句の果てに、一族全員を隕石に閉じ込め、宇宙へ捨てた。我らは新天地を求め、何年もの間、宇宙をさまよった。この星へ流れ着いたのも、何かの因果だろう」


 メガネさん(ややこしいのでメガネさんと呼ぶことにした)は「地球で棲み家を見つけるまで、お前のメガネは返さない」とごねた。


 クーリア族はフラーマ(枠とかフレームのこと)にハマっている状態が一番安定するらしい。メガネさんが私のメガネのフレームに住み着いている理由も、それだ。


 隙間のない枠ならなんでも良さそうだけど、逃亡中の仲間全員が入れる枠となると、かなりの広さが必要になる。どこでもいいわけじゃなくて、芽ヶ根隕石の中身を探している人たちに見つからないような場所じゃないといけない。


 私はクーリア族がハマりそうな枠がないか考えるうちに、近くにある商店街のことを思い出した。

 芽ヶ根隕石の落下によって、町中のガラスが割れた。そのせいで困っている人はたくさんいる。


 中でも、商店街は一番ひどかった。

 全面ガラス張りのアーケードが粉々に砕け、膨大な量のガラスの破片が道を埋め尽くしてしまった。破片の清掃のため、商店街は一時的に閉鎖している。もともと赤字続きで客足が遠のいていたのもあって、修復費用のアテはなく、再開の目処も立っていない。


 「いっそ、ショッピングモールになってほしい」って言う人もいるけど、私は閉鎖してほしくない。

 となり町にショッピングモールができる前は、家族でよく商店街へ買い物に行っていた。私が初めてメガネを買ってもらったのも、商店街にある小さなメガネ屋さんだった。


 私は商店街のアーケードのことをメガネさんに話した。メガネさんは「天井がメガネになっている施設とな?」と興味津々だった。


「素晴らしいフラーマだが、突然アーケードが直ったら怪しまれないだろうか?」


「匿名でガラスを直しました、ってメモを残しておけば大丈夫だと思うよ。そっちは私に任せて」


  ◯


 メガネさんは一日かけて逃亡中の仲間を集め、夜のうちに商店街のアーケードの枠へハマらせた。あぶれた仲間は、どうしても窓が直せない人の家の窓枠に住んでもらった。


 ついでに、床に散らばっていたガラスも処理してもらった。地球のガラスはクーリア族の主食に近いらしい。「数年ぶりの食事だ!」と喜んでいた。


 一夜にしてアーケードが直ったことに、商店街の人たちはとても驚いていた。私が商店街の掲示板に匿名のメッセージを貼っておいたので、アーケードのガラス=逃亡中の異星人だと考える人は誰もいなかった。


 商店街はその日のうちに再開した。

 一夜でアーケードが直ったことも話題になったけど、「隕石が落ちた町の商店街」としても有名になり、隕石が落ちる前よりもにぎわっている。


  ◯


「ミエル、メガネからコンタクトに変えたんじゃないの?」


 友人が私のメガネを見て、首を傾げた。


「そうなんだけど……このメガネ、たまに散歩させてやらないとうるさいから」


「?」


「♪」


 仲間の住処を見つけた後も、メガネさんは私のメガネに住み着いたままだった。「このせまさがたまらん」らしい。


 だけど、ずっと家にいるのはつまらないのか、私が外出するたびに「連れて行け」とごねる。


「連れて行かないと、このメガネのフラーマを折るぞ」


「そうなったら、君は宿なしだね」


「と……とにかく連れて行け!」


 仕方なく、コンタクトの上にメガネさんをかけている。正体がバレると困るのはメガネさんだから、さすがに外ではしゃべったり動いたりはしない。


 これも異星人交流の一貫だと思えば、苦じゃない。


〈終わり〉

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