21 ドルブラ町を観光しよう(終)

 ドルブラ男爵領のフェミリシア湖。

 その湖畔にドルブラ町もあった。


「湖、綺麗だねぇ」

「だな」


 街道から進んでいくと、ミルティー峠を越えて向こう側を降りたところに湖が広がっていた。

 そこまで時間をかけて徐々に降りていく。

 途中に湖までよく見えるポイントがあるのだ。

 今まで村で色々な絶景ポイントを教えてもらった甲斐があるというものだ。

 こういう風景はとても大きな自然災害とかなければ、ずっと見られるからね。


 湖からは川が流れ出ていて、ミルティー峠以来離れていたトーラスレル川に合流している。

 その湖畔にくっつくように小さなお城と城下町が広がっていた。


「町もなかなかこじゃれた感じでしょ」

「いい雰囲気あるもんな」

「なんだっけ、ほら水の精霊様」

「フェミリア様です、もう覚えてよ」

「なんだか耄碌もうろくしてきたかもしれない」

「え、ちょっとやめてよ」

「冗談」

「なんだーもーびっくりした」

「んだんだ。それでフェミリシア湖でフェミリア様でしょ」

「OK」

「ほら、言える」

「んもぉ」


 途中、いくつか小さな集落があった。

 街道の途中なので、町の近くまでくると、ちょくちょく見られる。

 普通の家は建築様式とかはあまり違いがない。


 フェミリア様の祠だけちょっと違うのだ。

 まあそういう宗教観なんだなという話ではあるんだけど、元々の地元の人と、他から移り住んだドルブラ男爵領の人とは異なるのかもしれない。

 貴族社会では、たまにそういう配置換えとかもあるし、出世しても地元に領地が貰えない貴族とかも普通にいる。


 湖の近くまで降りてくると、湖畔の岸辺が広がっていて、その周りに道がぐるっと一周あるようになっていた。

 それで南側の一角に人が集まって住んでいるのが、ドルブラ町だ。


「お魚とかも食べるみたいだね」

「だな。網とかもあるし」

「よく見てるじゃん」

「観察眼が鋭いと言われたワシじゃ」

「どこのじいさんだよ」

「もう九十五なんだけど?」

「そうだった、そうだった」


 家々のちょっとした隙間とかにもさらっと小さな祠が飾ってある。

 別段、お祈りとかしているふうではないが、精霊様が崇められているのは分かった。


「ここの領主とは話とかしないの?」

「別に知り合いじゃないし」

「あ、そうなの?」

「エルフ様のほうが知り合いなんじゃないの?」

「いや、別に」


 けっこう距離があるからか、特に知り合いでもないらしい。

 んじゃ領主はパスして、普通に宿屋に泊まるか。

 こういう宗教観が強いところの宿とか楽しそうだ。


「どれどれ」

「あ、悪い顔してる」

「いや、別に。宿が楽しみなだけだぞ」

「そっか、ふーん」


 しかしやっている宿屋に入ったのだけど、中身は普通の王国風だった。

 よく考えたら利用者は王国内外を街道沿いに移動する旅人なので、それに合わせているのかもしれない。


 領主館というかお城はパスしたので、代わりにそこだけ湖側に突き出ている部分にある大きな祠へと足を運んだ。


「おおぉ、ここだけなんだか雰囲気が違う」

「前にも言ったけど、建築様式が違うみたい」


 何式とか詳しくないので何とかいたらいいか分からないが、古代コンクリートで固めてある石造りというか。

 ちょっと古代神殿みたいでカッコイイ。


 本神殿の前にある拝殿にはたくさんの信者だと思う人たちが一心に祈りを捧げていた。


「おおぉお」

「しーっ……」


 まあそうだな。

 思わず感激しちゃったけど、一生懸命に祈りを捧げている。

 邪魔をしてはいけない。

 俺たちも例に倣って、頭を下げていく。

 別に一般的な祈り方だと思うし、精霊の神殿というのはこういうものなのかもしれない。


 神殿をあとにして、なんだか空気が違うことに気が付く。


「やっぱり神殿の空気感、すごかった」

「でしょう。精霊様があの奥に実際に住んでいるらしいんだから、そりゃね」

「だよなぁ」


 普段は姿を見せることはないという話ではある。

 でも過去はそうではなかったらしいとかで、熱心な信者はたくさんいるのだ。

 俺は転生者で世界の感じ方がちょっとずれているのはある。


「お水、飲んでいくでしょ」

「うんうん」


 拝殿以外にも、いくつかの建物があり、その一つが湧水だという「鏡の池」の水だ。

 柄杓で掬って飲む。


「美味しい。なんだか十歳ぐらい若返りそう」

「そんなにか? どれ。うんっ、お、本当だ。冷たくて美味しい」

「たっぷりの精霊力が含まれてるこの感じ、いいね」

「そうなんだ、これポーションとかには?」

「もちろん使えるけど、鮮度が命だから」

「そっか、そか」


 商売道具に一つ欲しい水だといっても、持ち運ぶのは面倒だ。


「この水があって、この領でポーション製作が盛んじゃないのが、逆に不思議なくらい」

「そんなにか」

「うん」


 本職の意見はまともなのだろう。


「まあ、水だけでも少し効果があるみたいだし?」

「ほーん」

「もしかしたら、水だけで治すのかもね」

「んなばかな」

「さぁね~~」


 はぐらかされたが、小さな傷ぐらいなら確かにあの水で治るかもしれない。

 なんともそれでポーション要らずとかだったらそれはそれですごい。


 そんなこんなで一泊してまた進む。

 王都まで行けば海に出る。王都メルリードはもうちょい先だ。

 国際貿易港だという話だが、本当だか目にしたことはない。

 西の国にも東の国それから、はるか南の国まで。

 海を渡ればもっと広い世界が俺たちを待っている。


 まあそこまで行くつもりはないが、王都につけば海外の情報も手に入りやすい。

 例えば道端でバナナを売っているという噂があった。

 南国と言えばバナナだ。うむ。

 コーヒーや紅茶、それから砂糖なども輸入している。


 いろいろな世界があるのだと、知識では知っていても見聞きするのとは、やはり感覚からして違うのだろう。


「んじゃ、出発」

「ほーい」


 呑気にエルフが応えてくれる。

 さて、俺たちはゆっくり歩いてきましょうかね。

 また朝早くの馬車が俺たちを横目に追い抜いていく。

 いいんだ。このエルフは気が長い。

 俺はもうそろそろ死んじまうかもしれんが、今のうちだと思っている。


「お馬さん、パカパカ」


 テリアが手で馬の真似をする。


「パカパカというか、バカバカって感じだな」

「え、なにそれ?」

「なんでもない」


 まあ分からんでもいい。エルフのテリアとは気が楽でいい。

 時間間隔がおかしいもの同士、仲良くやっていこう。


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ニートだった俺が異世界転生したけどジョブがやっぱりニートだった件 滝川 海老郎 @syuribox

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