仕事の頼み方
かさごさか
知り合い以上、友人未満
ここは歓楽街の表通り。西の遠くに日が落ちても眠ることを知らない街である。
下品なネオンサインが競うように輝いている中、給仕の格好をした男が人々の間を縫うように歩いていた。その足に履かれたハイヒールは、街の電飾を跳ね返すほどの鮮やかさを放っていた。
「ミカミ」と呼ばれ、男は足を止めた。振り返ると、よく見る冴えない顔がへらりと笑った。
「これから仕事?」
「まぁな。何?そっちは帰り?」
今日の仕事は急ぎではない、手伝い程度のものであるため出勤前に少し立ち話をするくらいは良いだろう。
歓楽街では顔見知りを見かけても挨拶程度の用事しかなければ、特に声をかけるような事をしないのが暗黙のルールである。しかし、こうして呼び止めたということはそれなりの用件があるということだ。その内容が収入に繋がる話であればミカミは大歓迎であった。
雑踏の中、モノクロの給仕服を身につけているミカミは周囲のネオン看板に負けじと煌めくハイヒールで地面を擦った。雨原はドブのような色のコートを着ているせいか、いつにも増してパッとしない印象であった。コートについた多めの皺がランダムに影を落とす。
「…こっちも仕事だよ。というか近々、頼みたいことあるんだけどいいかな?」
「そういうの近くなってから言ってくんない?忘れるわ」
「アポのアポみたいな」
「めんどいな。今言えよ」
道の端に寄るでもなく会話を進める2人をスーツの集団が通り過ぎていく。既に足取りが危うい者がいるようで、集団ごとふらふらと歓楽街を進んで行った。
「いやぁ、ふわっとした内容だと困るでしょ」
「日時……日にちってか来週とか来月とかは知りたいけどな」
「うん。そこも決まってなくてホントふわっとしてる」
「それオレがやる必要ある?」
雨原は「うーん」と顎に手を当てた。わざとらしく目線を斜め上にし、悩む素振りを見せる。それが茶番の一種であるとミカミはわかっていたが、そこをツッコむと面倒なので特にリアクションはせず煙草に火をつけた。この時間帯なら路上喫煙なんて、そこら中に蔓延っている。おまけに無機物さえも騒がしい歓楽街では、安価な色のライターも小さな火も道端の石ころ同然であった。
「気乗りしなかったら、やんなくてもいいよ」
「なんだそれ。そこまで言うなら気になるわ」
「あ、やってくれる?」
しまった。紫煙と共に飲み込んだはずの指摘をうっかり口に出してしまった。わざとらしく目を見開き眉を上げた雨原の顔が腹立たしい。
舌打ちを溜息に変換したところで己の失言は取り消せない。ミカミは煙草を口から外して、続く限り息を吐き出した。
「…で、中身は」
「助かる〜」
雨原がくたびれたコートのポケットに手を入れる。それと同時にミカミは震えるスマートフォンをポケットから取り出した。
「気ぃ乗らなかったらやんなくていいんだろ」
「いいよいいよ。ちょっと駅前の不動産屋に行ってほしいだけだからさ」
「あっそ」
ミカミは通話ボタンをタップし、雨原に背を向けた。スマホを耳に当てながら歩き出し、雑踏へと混ざっていく。
目が痛くなるほどの眩い街がモノクロの服に身を包んだ人間を照らし出す。
背を向けつつ律儀に手を振って一時の別れを告げるミカミを見届けた雨原もまた、混沌とした群衆の一部へと溶け込んでいった。
仕事の頼み方 かさごさか @kasago210
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