打ち上げ花火

藤泉都理

打ち上げ花火




 向こうの方からだ。どぉん、どぉんと花火の上がる音。

 雲ひとつない澄んだ夜空に大輪の炎が華の如く瞬間的に咲き誇る。

 遠くから、ここまで響いて聞こえてくる囃子の音と人々の笑い声で出来た華やかな雑音が、私の居場所はあそこにはないんだと突きつけてくる。


 花火を写した目から流れる一筋の涙は七色に光りながら地に落ちていく。


 私が溶けていくのだと、そう思った。




 もう限界だと、訴える身体の望むままに、地から離れて、新たな私の居場所へと足を踏み入れる。

 それでも止まらず流れ落ち続ける涙。

 私が溶けていく。

 ちょうどいいな。

 そう思った。


 ここは、海の中だ。

 母なる海の中。

 溶けるのにこれほど適した場所はないだろう。


 一筋、また一筋と、流れ落ちる度に、ひとつひとつ、部分的に身体が溶け落ちる。

 溶けて、反発して、馴染んでいく。

 一つになってゆく。


 望んであそこから離れて、ここへとやって来たというのに。

 何故こんなにも、胸が苦しくなるのか。

 その疑問も、悲しみも、消えてなくなるのだろう。

 そもそも、何故、私は、地から離れて、海へと身を投じる事になったのか。

 その理由さえも、溶けて、なくなっていく。




 どぉん、どぉんと花火の上がる音。

 海を轟かせる音だった。

 先ほどまでと違う。

 空を奪おうとするほどの巨大な花火に違いない。


 どぉん、どぉん。

 海が、海と一つになろうとする身体を、強く、深く、響かせる。

 大きな刺激を与えてくる。

 何度も何度も。

 何度も、




「あ。そうか。私は、」


 ここにきた理由を思い出した私は、海面から顔を出して、絶え間なく打ち上がり続ける花火を見上げた。

 きっと、フィナーレの花火。

 きれいだ。とっても、きれいだ。


 花火を写した目から流れる一筋の涙は七色に光りながら海に落ちていく。




「さようなら」




 花火の残穢に背を向けて海の中へと潜った。











「ふん。記憶を取り戻すとは。まったく、」


 箒に乗って空から少女を覗いていた魔女は、鼻を鳴らした。

 少女には言っていたのだ。

 人魚にするのはいい。

 ただし、人間だった時の記憶を失うかもしれない。と。

 記憶を失くしてもいい。

 少女は言った。

 記憶を失くしていたって、あの方に恋をするからいい。

 なんて、堂々と言っていたくせに。




「記憶を失くしていた方が、辛くはないだろうに。まったく、」




 恋い慕う人魚の胸に飛び込んだ、人魚になってしまった少女を見届けたのち、魔女は、特大の打ち上げ花火を魔法で放ったのであった。











(2024.3.24)



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

打ち上げ花火 藤泉都理 @fujitori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ