結 幽霊の色を聴いてみる
結局『幽霊の色』に関する姉の推察は的中していたらしく、問題はすぐに取り除かれたそうだ。
「モスキート音だったの」
姉はコーヒーを片手にそう告げた。
「モスキート音って……あれ? 若い人じゃないと聞こえないっていう……」
人間は年を重ねるごとに高周波を聞き取りづらくなり、それは不可逆だ。だから高周波の音は若者にしか聞こえず、それを利用して若者にだけ聞こえる不快な音を流すことで深夜の不良除けなどに使われている……というのを昔テレビで見たことがある。
原理としては超音波で猫を追い払う装置と同じだ。違うのは周波数だけ。
「そう、それ。今回の原因になった音は18000ヘルツで、一般的なモスキート音よりもさらに高周波だったわ。研究者や他の被験者は若くても20代前半。それに対し、あの1色覚の子は12歳。可聴域の差は歴然よ。そりゃ見えない――いえ、聞こえないはずだわ」
つまるところ、偶発的に発生した高周波のノイズがたまたま共感覚を誘発し、存在しない色を見せていた――というのが真相らしかった。
「白っぽかったのも、高周波だからね」
色聴共感覚では、高い色ほど明るく見えやすい。可聴域ギリギリの高周波は、それは明るく見えただろう。
「分析の結果、特定のカラーパターンをカメラが検出した際に変換された音が骨伝導ヘッドホンの構造と変に干渉して高周波を発生させていたことが分かったわ。その特定のカラーパターンというのが、あの実験の日の私の服装と一致していたの」
姉の隣に『幽霊の色』が見えたのはそういうことらしかった。
偶然に偶然が重なった結果、少女の脳内でだけ観測されたもの。それが『幽霊の色』の正体だった。
枯れ尾花と言うには、いささか機序が複雑だが。
「ともあれ原因が分かれば後は簡単。変換アルゴリズムを微修正したらそれだけで『幽霊の色』は見えなくなったわ」
今後の実験は問題なく進んで、そう遠くないうちにあの子は色を手に入れられるでしょうね――そういう姉の姿は、なんだか浮かないように見えた。
「どうしたの姉さん。まだモスキート音の可能性に思い至らなかったことに凹んでる?」
「それはもういいのよ。今後改善していくから。それよりも……」
本当に幽霊が見えていたら良かったのに。
姉はそう零した。
「……幽霊、見たかったんだ?」
「だって、私の横に幽霊が見える——なんて言われたら、期待もするじゃない」
姉さんが俺の方へ顔を向ける。
いや、俺の声が聞こえる方へ。
その瞳に、俺の姿は映っていない。
「大好きな弟の姿をもう一度見たいと思うのは、変かしら」
幽霊である俺の姿は、姉さんに見えていない。
ただ、声だけが聞こえている。
「……そんな真っ直ぐに言われると照れるな」
「茶化さないで」
私は真剣に悩んでるんだから、と姉は言う。
「あんたの声ばっかり聞こえて、姿は見えなくて……幻聴なのかどうかも区別がつかないんだから」
「俺は幻聴じゃないよ」
「あんたはそう言ってくれるけどね」
俺が本当にここに居るのだと。
最愛の弟を無くした姉が精神を病んでしまったのではないと。
そう信じられる、客観的な証拠が欲しい――。
姉はそう嘆く。
「今回の件がその足がかりになってくれるかと思ったのに。無駄に期待して、舞い上がっちゃったわ」
「まあまあ。結果的に一人の女の子が幸せになれるんだからいいじゃん」
「あんたは能天気ね」
「この『見えないものを見る』研究を進めていけば、そのうち俺の姿も見えるようになるよ、きっと」
あっけらかんとした俺に対し、姉の声は暗い。
「……本当にそう思う? 私が死ぬまでにこの研究が実を結ばなかったらとか思わない?」
その質問に対しても、俺は努めて明るく返す。
「その時はどっちにしろまた会えるだろ」
「……ホントあんたってやつは」
姉さんは大きく溜息を吐き、背もたれを大きく傾けて天井を見上げる。
宙に浮かんでその顔を覗き込む俺と逆さに向かい合う形になるけど、姉さんは気付かない。
こうして姉の顔をじっくりと見られると言うのはそんなに悪くないな、うん。
「あんた、なんか変なことしてない?」
……なんて勘の鋭い姉だ。俺は笑って誤魔化した。姉はもう一度、溜息を吐く。
「ねえあんた、今何色なの?」
「不審電話みたいな聞き方するね。まぁ大体白かな」
幽霊みたいね、と姉は言う。
幽霊だよ、と俺は笑った。
(了)
幽霊の色を聴いてみる 志波 煌汰 @siva_quarter
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