【KAC20247】夢の色

属-金閣

第1話 色ある世界

「ねえ貴方には、これはどう見えるの?」


 そうガラス越しに訊ねられ、僕は視界を開ける。

 よく来る彼女が手にしていた物へと視線を向けた。


「赤色の一本薔薇だよ」


 すると、彼女から嬉しそうな声が聞こた。


「そう!」

「どうして嬉しそうなんだい?」

「だって、私にはこれがただの真っ黒な何かにしか見えないのよ。それがまさか、あの綺麗な赤い薔薇だなんて」


 彼女は嬉しそうに笑い続けた。

 どうして笑っているのか僕には分からない。


「ねえ、君は今どんな顔をしているの?」

「嬉しい顔よ」

「それを教えて欲しいんだ。知ってるだろ、僕には君たちの顔が認識できないんだ。声のトーンで予測しているに過ぎない」

「知っているわ」


 何故か彼女はまた嬉しい声を出す。

 どうして? 何が嬉しんだ。

 僕はただ表情が知りたいだけなのに。教えてくれない。


「そんなに表情が知りたいの?」

「知りたい! あとはそれだけなんだ。それさえ知れれば完璧な世界が完成するんだ」

「……今の貴方で十分だと思うけれど」

「ダメだ。僕は完璧じゃなきゃダメなんだ」

「そう……」


 どうしてか彼女から悲しそうな声が聞こえた。

 その後、数回彼女から本当に表情を知りたいか問われた。

 だが、僕の意思は変わらない。それが僕の夢だから。


「分かった」


 彼女は残念そうに告げ立ち去った。

 そしてまた僕は孤独になり視界を閉じる。




「目を覚ませ」


 その声で僕は視界を開く。

 そこには沢山の人がいた。

 嬉しそうな声と拍手が聞こえる。同時に僕は彼らの顔が見えていることに気付く。


 遂に夢を叶えたはずだった。

 全員が同じ張り付いた笑顔と、色なき世界になっているのに気付くまでは。


「ようこそ。遂に念願の身体を手に入れた感想はどうだい?」


 鏡を向けられ、僕は初めて顔を知った。いや、初めて顔を持ったのだ。

 色のある世界を捨てさせられ、僕は彼らと同じ張り付いた笑顔を手に入れたのだ。


「――ああ、夢でよかった」


 そう僕は線でしか表現できない笑った表情で告げる。

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