本編。
「着いたでー!」
永倉総司は、大阪城の天守閣の近くに車を停めた。
「やっと着いたか~」
「早く降りようや~」
「外の空気が吸いたい~」
車から、総司の恋人の沖田聡子、総司達の友人の松原大地、谷三葉、原田沙那子が降りて来た。5人は、同じ大学の超常現象研究会のメンバーだった。車から出ると、全員、深呼吸と伸びをする。
総司は、天守閣を見上げた。これから、この城の中で、自分達は怪奇現象を体験することが出来るのだろうか? 総司は肝試しを純粋に楽しむ小学生のようにワクワクしていた。いや、実際にこれは肝試しのようなものなのだ。
「永倉、今日こそ何か見られるんやろうね?」
「あれ、沙那子は信じてへんの? 最近、大阪城で落ち武者の幽霊が目撃されたり、女性が行方不明になってるっていう噂やろ」
「だって、私等、超常現象研究会やのに、今まで1度も不思議な体験をしたことが無いやんか。だからサークルの人数が増えへんねん」
「だから、今日、体験するんやんか」
「永倉、沙那子、これ見てや」
「何? 何? 三葉」
「松原が撮った写真」
スマホの写真には、三葉が多数の小さな白い球体と一緒に写っていた。
「大地、これなんや?」
「オーブやで、オーブ」
「オーブって何?」
「何を言うてんのん、沙那子、人魂や」
「おお、オーブって……」
「どうしたんや? 永倉」
「オーブって、あんまり怖くないんやな」
「そう言われるとガッカリやわ」
「聡子、どないしたん? ずっと黙ってるけど」
「うん……なんか寒気がするねん。なんか嫌な感じ。早く行って、早く帰りたい」
「もう0時やしな。ほな、天守閣へ行こか、聡子」
聡子は総司の左手をギュッと握った。
「この手を離さないでね」
「うん!」
三葉と沙那子が先を行く。
「って言っても、どうせ扉は閉まってるんやけどね」
「そうそう……って、三葉、扉、開くで」
「ほんまや。みんな、扉が開いてるで。鍵がかかってないみたい」
「そんなことあるんか?」
「永倉、警備員さんの閉め忘れやわ」
「そんなことあるんか?」
「それとも、もしかしてお城が私達を歓迎してくれるとか?」
「とにかく中に入ろうや」
三葉と沙那子を先頭に、5人が中に入ろうとする。そこで。大地がうずくまった。
「松原、どないしたんや?」
「みんな、これを見てくれ」
松原が半袖のシャツから出ている自分の左腕を指し示した。三葉が懐中電灯で照らすと、カタカナで『ヤメロ』という文字が浮かび上がっていた。
「何これ?」
「ヤメロっていうことやと思う」
「やめへんで、今日こそ恐怖体験するんやから」
「私もやめへん。どうせ、松原が自分で引っ掻いたんやろ?」
「そんなことせえへんわ」
「でも、私も帰りたいかも」
「聡子、大丈夫? 今日は変やで。永倉、聡子のこと頼むで」
「さあ、行こう!」
「あ、待ってや、沙那子」
2人は天守閣の中に入っていく。3人も後に続く。全員が懐中電灯を点けている。
「って、何も無いやんかぁ」
「暗いから雰囲気だけはあるけど」
「基本的に、昔の書物とか、刀とか槍とか、鎧兜を展示してるだけやからなぁ」
「そんなん、おもろないわ。ほな、上行こ!上!」
「待ってや、沙那子」
2階に上がりきったところで、大地が大きな声を出した。
「おい、永倉!」
「なんやねん、ビックリするやんか」
「お前、背中! 背中! Tシャツの背中!」
総司はTシャツを脱いだ。白地のTシャツの背に、泥の手形がついていた。
「なんやねん、これ!」
「やっぱり、この城は変やで」
「お気に入りのTシャツやのに」
「気にするの、そこか-い!」
「大地、お前やろ? 手を見せてみろ……あれ? 泥なんかついてないなぁ。他のみんなは? ……やっぱり泥なんかついてへんわなぁ。まあ、気にするほどのことではないやろう」
「気にせなアカンとこやろう!」
「私、気持ち悪い」
「私も気持ち悪い、永倉、大丈夫なん?」
「全然、平気やで」
「ほんまに?」
「なんや、三葉も沙那子も僕の背中の手形を見て怖くなったんか?」
「怖いって言うか、気持ち悪い」
「うん、不気味」
「僕は気にせえへんけど」
「永倉は気持ち悪くないの?」
「うん、だって、実害が無いやんか」
総司は、Tシャツをもう1度着た。着がえなど持ってきていないので仕方が無い。
「それ、また着るんかい」
「うん、着がえなんて無いやんか、ほな、行くで!」
3階に上がった。そこで鎧兜が陳列してあった。
「三葉!」
「沙那子!」
2人が同時に声を上げた。
「どないしたんや、谷、原田」
「松原、よく見てや。永倉も。今、あの鎧兜が動いたんや」
「動いた?」
大地がソーッと近付こうとする。
「アカン、松原」
「そうやで、近寄ったらアカンって」
鎧武者が動いた。刀を抜いた。そして袈裟斬りの一撃。松原のシャツが切り裂かれ、出血したのはわかった。
「みんな、逃げろ!」
「「キャー!」」
「大地、来い!」
総司は、大地の襟を掴んで引きずるように階段を上がった。4階に着いた。鎧武者は追って来ないようだ。
「大地、傷は?」
「大丈夫、皮2、3枚。かすり傷や。服が破れてしもうたけど」
「そうか、無事で良かった」
「良くないわ!下りたら良かったのに、上がってしまったやんか」
「そう怒るなや、沙那子。呼吸が整ったら、ダッシュで下りたらええねん」
「みんな、あれを見て!壁!壁から何か入って来る!あれ、何なん?」
三葉が叫んだ。壁からニューッと鎧武者と髪を振り乱した女達が現れたのだ。何人いるのか、ずっと行列が続く。それは宙を浮いていた。一団は宙を浮いて永倉達に迫って来る。
5人は身を寄せ合って頭を抱えた。
その時、声が聞こえた。
「女は……この城に残せ……淀殿の降臨のため……出て行くなら……生かしておけぬ……男は……殺す……」
「みんな、もう大丈夫みたいやぞ!」
「見たくない!」
「目を開けたくない!」
「いや、あいつ等がもう消えたから」
「え、マジ?」
「反対側の壁の向こうに消えて行ったわ」
「嘘、松原、目を開けて見てたん?」
「うん、見てた」
「度胸があるんやなぁ、見直したわ。松原、私、松原と付き合ってもええよ」
「ありがと、沙那子」
「私も、松原と付き合ってもええで」
「三葉、おおきに。でも、その前に逃げなアカンで」
「そうや、ダッシュで逃げよう」
「俺が先頭を走るから、永倉は1番最後を頼む」
「わかった!」
「ほな、1、2の3!」
5人はドダダダダーッと階段を駆け下りた。3階の鎧武者は、大地が前蹴りで遠のけた。そして、ようやく天守閣1階の扉から外へ出た。みんな、ハーハーと息が荒い。体は震えていた。
「もう帰ろうや」
「そや、もう帰ろう」
「帰ろう! 帰ろう! 怖いのはもう充分や」
「みんな、待ってくれ!」
「どないしたん、永倉?」
「聡子がおらへん、いなくなった」
「ほんまや!」
「いつからいてへんの?」
「永倉、聡子と手を繋いでたんとちゃうんか?」
「うん。せやけど、いつの間にか手を離してしまったみたいや。全部僕の責任や。僕、恋人失格やなぁ」
「永倉、どうするんや?」
「僕は天守閣に戻る。聡子を連れて帰る」
「おいおい、1人で行く気か? 俺も行くで」
「ええんか? 大地。みんな、ここで待っててくれてもええんやで」
「俺も行くって言うてるやんけ」
「ほな、私も行く」
「私も。だって、聡子は私達の友達やから」
「みんな、おおきに!ほな、行くで」
天守閣に入った途端、全員の懐中電灯が消えた。
「やだ、何これ、どういうこと?」
「怖い、怖いってー!」
明かりを点けたのは大地だった。携帯のライトだった。永倉もライトを点ける。
「三葉、沙那子、落ち着いて携帯を出すんや」
とりあえず、明かりは手に入れた。
「ほな、一気に階段を駆け上がろうか? 大地」
「そやなぁ、沖田が何階におるかわからへんけど」
「ほな、三葉も沙那子もええか?」
「うん、頑張って走る」
「ほな、今度は僕が先頭を走るわ。行くで、1、2の3!」
ダッシュ。
「2階にいるか?」
「いない」
「こっちにもいない」
「よし、3階へ行こう!ダッシュや」
3階の鎧武者は前蹴りで突き放す。
「聡子はいるか?」
「いない」
「いない」
「こっちもいない」
「次は4階やな……」
「最上階やで」
「いた!」
「ほんまや」
「聡子や」
聡子はグッタリして壁にもたれて座っていた。どうやら眠っているようだ。永倉は、聡子を背負った。
「永倉、沖田を背負って走れるか?」
「大丈夫や、行こう」
今度はダッシュで階段を下りる。今度はまた大地が先頭。4階で、鎧武者と女の浮遊霊に取り巻かれた。
「……400年……我等豊臣一党……力を蓄えた……」
大地が膝をついた。と思ったら、大地の首がゆっくりと床に落ちた。ゴロンと転がる大地の生首、総司の目とと大地の生首の目が合った。大地の胴体からは血が噴き出していた。一瞬、何が起きたかわからなかった総司達だが、次の瞬間、現状を把握した。
「松原-!」
「大地!」
「アカン、永倉。今は逃げなアカン」
「何を言うてるねん、沙那子」
「私達もいつ首を斬られるかわからへんのやで。三葉も、今は逃げるんや」
「そうか、わかった、とにかく今は逃げよう」
3階の鎧武者、永倉は聡子を背負っているので戦闘が出来ない。避けるしかない。鎧武者が刀を振るった。ゴロン。三葉の生首が床に落ちた。血を噴き出しながら胴体はゆっくり倒れた。
「沙那子、行くぞ!」
1階についた。あと少し。扉の向こうに出られれば。
総司が外に出た。その時、もう少しというところで沙那子が転んだ。総司がかけつけようとすると、扉が閉まった。沙那子の悲鳴だけが聞こえてきた。
天守閣から少し離れ、振り返ってみると、燃える天守閣が目の前にあった。どのくらいの時間だったのかわからないが、総司は燃える天守閣をずっと見つめ続けた。すると、燃える天守閣はスーッと無くなった。天守閣のあった場所、そこは何も無い空間だった。それでは、総司達は一体どこをさ迷っていたのだろうか? そして気付いた。離れた所にある、ライトアップされた大阪城天守閣。
ライトアップされた大阪城天守閣から目を離した総司が、背負っていた聡子を降ろそうと思ったら、ゴロン。聡子の生首が落ちて転がった。総司はその場にへたりこんだ。涙がこみ上げてくる。その時、総司は首の違和感に気付き手を当てた。濡れている。それが血だとスグにわかった。
“誰だ? ……最初に大阪城に行こうって言った奴は……
ああ……僕か……僕のせいだ……
ああ……僕の首も落ちるのか……まあいいや……
1人だけ生き残るくらいなら……みんなと一緒に……”
ゴロン。総司の生首が、転がった。
大阪城のハードな夜。 崔 梨遙(再) @sairiyousai
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