魔法の古着屋
緋色ザキ
魔法の古着屋
さまざまな色彩が瞳に映った。
この国伝統のものから異国のものまでカラフルな古着が並ぶ。
「どうだい、オリビア。素敵なお店でしょ」
アエリは誇らしい顔をする。
そんな表情を見て、オリビアも微笑んだ。
来るまでは正直面倒くさい気持ちの方が強かった。
昨日の夜、突然アエリから明日、素敵な古着のお店に行こうという話が出て来た。彼はいつも猫みたいに気ままにそんな提案をしてくるのだ。
よくよく話を聞くと、どうやら仕事先で旅の人からそんな話を聞いてきたとのことだった。彼は商人をしているので、そんなことは日常茶飯事であった。しかし、出立が明日であること、そのお店は隣町にあり、ここから片道六時間ほどかかることを考えると、どうにも行こうという気にはならなかった。
「絶対に損はさせないよ」
オリビアはアエリとの長い口論の末、渋々折れることとなった。
アエリと結婚してから三年。口論ではほぼほぼ全敗である。唯一勝ったのは魔王軍との戦いに参戦したときくらいか。猛反対するアエリに対してオリビアは意思を曲げず、結果的にアエリが折れたのだ。
だが、決まってアエリとの口論で敗れたあとはいい結果が待っている。
それはあまり期待していないからというのもあるが、アエリはオリビアを思っての提案しかしないからというのもあるのかもしれない。
アエリはお店の中を悠々とまわっている。まるで少年みたいに本当に楽しそうにお店をまわっている。そんなところは出会ったときからまるで変わらないなと思った。
「お姉さんはなにか探している服とかあるかね」
店主だろうか、しゃがれた声のおばあさんが声をかけてくる。
「ゆったりめの服を……」
「そうかい。そしたらあっちの方にあるよ」
おばあさんは店の隅を指差した。たしかにゆったりとしたサイズ感の服が並んでいる。
オリビアは無言で小さく会釈した。
それから店の隅へと足を運んだ。
おばあさんは先ほど話しかけられた場所で、なにやらハンガーにかかった服を確認している。
オリビアは小さくふっと息を吐いて瞳を閉じる。
それからかっと目を見開いた。先ほどまで黒かった瞳は青へと移り変わっていた。
オリビアの持つ魔眼である。その力は魔力の流れを見通すことができる。
「やっぱり」
おばあさんの中には魔力が流れている。
そして、すべての服も薄い魔力を纏っていた。
「どうしたの、オリビア。魔眼なんか使って」
不意に横から声がかかった。いつの間にかアエリが脇に立っていた。
「うん。このお店の服はあのおばあさんの魔法によって色をつけられているみたい」
「なるほど。古着にしては色鮮やかだと思ったんだ」
アエリはうんうんとゆっくり頷くと、おばあさんへと歩み寄っていった。
「おばあさん、魔法が使えるんですね」
「あら、わかるのね。私、魔力が微弱だから普段なかなか気づかれないのよ。あなた、もしかしてかなり名のある魔法使いかしら?」
「いやあ、僕は全く魔法は使えないですよ。うちの可愛い嫁さんがね」
そう言ってアエリはオリビアの方を見た。
「あらまあ」
おばあさんは驚いたように声をあげたが、やがてにこりと笑った。
「もし、服の色合いを変えたかったら言ってね。数日かかるけど、私の魔法で好きなようにできるから」
「それはすごい。そしたらこの服を青地にして欲しいんだけど」
アエリはオレンジ色のゆったりめなワンピースを手に取るとおばあさんへ渡した。
「あらあら。プレンゼントかしら」
「そうですね。やっぱり素敵な服を着て欲しいですから」
アエリはそうさらっと言ってのける。
オリビアの好きな服や色を把握して、すぐに行動に移す。そういうところがたまらなくずるいし、たまらなく愛おしいと思ってしまう。
「任せてちょうだい。三日後には完成すると思うわ。お名前、聞いてもいいかしら」
「アエリです。そしたらまた取りに来ます」
それからアエリはおばあさんといくらか言葉を交わした。
オリビアはそれを静かに見守っていた。
人見知りで口下手のオリビアにはそこに入っていくことなどできそうになかったからである。
二人が話しているのを横目に、ゆっくりと店内を見渡した。他にも数人のお客さんがいた。みな楽しそうに服を見ている。それはとても微笑ましい光景だった。
「それじゃあ、ありがとうね。今後ともご贔屓に」
アエリとオリビアは満足した顔でお店を出た。
帰り道。
ポニートという馬型の魔獣が引く馬車に揺られながら、オリビアは街並みをのんびりと見ていた。ちょうど夕暮れ時で、日が傾き始めていた。
この街はとても落ち着いた雰囲気だった。
たしか、魔王軍が攻めてきたときには一部で戦いが勃発したと聞いていたが、そんな戦火とは無縁と思わせる穏やかさがあった。
きっと復興が進んでいっているのであろう。
「なんだか楽しそうだね、オリビア」
「うん。今日のは、素敵な魔法だった」
魔王軍との戦いで、オリビアは人類の希望だった。数多の魔族らをその魔法で蹂躙した。それは、好ましくない魔法だった。手を赤く染める、悲しい魔法。
だから久しぶりに思い出すことができた。素敵な魔法があることを。魔法が人々を笑顔にできることを。
「もっと、そんな魔法を知りたいな」
オリビアは小さくそう呟いた。
オレンジ色の空が、二人の乗る馬車を照らしていた。
魔法の古着屋 緋色ザキ @tennensui241
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