推しの子
@sainotsuno
第1話
” 職場で各々の推しの子の話になった。俺が推しているのはもちろんvtuberの○○ちゃんだった。明るく人懐っこくてそのくせどこか陰のある魅力的な子だった。職場の同僚が進めてきたのはアイドルだった。なんでも、▽星からやってきた少女らしい。はあ。なんだその寒い設定は。と俺は思った。唇が嫌味に歪むのを俺は抑えることができない。 「ほら。ちょうどその子がライブしているよ」 同僚はそう言って俺にスマホを渡してきた。 登録者57人。同接14人。 うっわ。さっむ。 ハートをちりばめたみたいな衣装を着た少女が暗い舞台の上で必死でジャンプして踊っている。見ているこっちが痛くなるような映像。 ちょうど俺の推しの子がライブをしていたから俺も自分のスマホを同僚に貸してやった。 昼間から同接数3万人。さすが、トップvtuberの○○ちゃんだ。敗北感で青くなった同僚の顔を見て俺は満足した。 その日一杯働いてくたくたになって家に帰ってきてすぐベッドに飛び込んでスマホを開いた。もちろおん、vtuberの○○ちゃんの雑談枠を見るためだ。 ○○ちゃんは最近推しのアイドルができたと楽しそうに喋っている。その笑顔が労働で乾いた俺の心を潤してくれる。 「そのアイドルはねえ。まだ57人しか登録者がないんだけどさ、絶対伸びると思うんだよね。だから、私今日その子のこと登録したんだよ。」 57人か。そういえば、昼間同僚が言ってたアイドルも57人だったな。 俺はそう思いだしてなんとなく履歴からそのアイドルのYouTubeチャンネルに飛んでみた。すると、登録者数は昼間の57人から58人に増えている。 「まさかな。」 親指が画面に当たって意図せずそのアイドルの動画が流れる。 それは、そのアイドルが赤い果物を食べているショート動画だった。その果物は机にもさらにも置かれずになぜか空中に浮かんで見える。マジックか何かの動画なのかな。と俺は思った。 そのアイドルはその浮かぶ赤い果実を一口でぱくりとした。なんて下品なんだと最初想ったけどおいしそうに口をすぼめている様が可憐だった。
「んー。おいしい。これはね、▽星にしか無い果物なんだよ。みんなにも食べてほしいな。」
そう言ってアイドルは画面の外に消えた。さっきまでアイドルがいた空間にあの赤い果実が現れる。それは、何事もなかったかのように完璧な球と真っ赤な色を維持したまま霊体のように浮かんでいた。そして、その動画はそれで終わった。 俺はそのあとスマホを放り出してベッドで仰向けになった。部屋の灯りを弱めて俺は天井の染みを数えだす。なぜか、推しの○○ちゃんを見る気になれなかった。俺の頭の中はあの浮かぶ赤い果実を咥えた時のあのアイドルの可憐な表情と果実の完璧な球形が惑星のように巡り巡っている。どうしよう眠れない。 俺はスマホを拾い上げ血走った眼でそのアイドルのチャンネルをお気に入り登録した。そのアイドルの登録者数は58人から59人に増えた。”
推しの子 @sainotsuno
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