本編

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音声スポット:浜松駅の南口


 昼下がりになっても雨は止まない。浜松駅周辺も例外ではなかった。

 そんな浜松駅の南口に二人の男が立っていた。

 筋肉質な青年が舌打ちをする。

「東京からせっかく来てもらったのに悪いな、隆。晴れていたら河合楽器まで歩いたのによぉ……」

 たかしと呼ばれた瘦せ型の青年は微笑んだ。

「気にしないで。浜松駅周辺も楽しいから。駅街でお土産を探すのもいいね。それにしても、浜松は本当に鰻専門店が多いんだね」

 隆の言う通り、浜松には鰻専門店が多い。浜松駅南口に出るだけで、四つくらい見つかる。

 竜太郎は声を出して笑った。

「そうだな! 親父が働く店があるんだ。後でおごるぜ」

「ありがとう、嬉しいよ。でも、そんな事は言っていられないかもね」

 隆が指さした先を目にして、竜太郎は両目を見開いた。

「なんだありゃ!?」

 道路に異様な光景が広がっていた。

 灰色のうねりが無尽蔵に広がり、十字路を猛烈な勢いで広がっている。浜松駅にも近づいてきている。豪雨を物ともせず、突き進んでいる。

「竜太郎、彼らは君たち浜松市民を恨んでいるよ」

「何を言ってやがる!? 俺たちが恨まれる謂れいわれなんて……」

 抗議しようとした竜太郎の表情が固まった。

 隆の瞳から光が消えている。穏やかな笑みのまま、殺気を放っている。

「僕は彼らの言葉が分かる。そんな血筋だからね」

「……マジか。あいつらは何を言っている?」

「古の盟約を果たせ。それだけだよ」

 灰色のうねりはビシャビシャと音を立てて、浜松駅周辺の道路を呑み込んでいく。

 隆は言葉を続ける。

「浜松は滅ぶかもしれない」

 竜太郎は愕然とした。

「そんな事があるのか……? あいつらは何なんだ、なんでこんな事に!?」

「彼らは浜名湖鰻。それも天然ものだ。養殖の鰻たちを尊重しろと言って怒っているよ」

 隆が穏やかに説明すると、竜太郎は呆然とした。

「……どういう事だ?」

「浜松市は、かつて浜名湖の神と盟約を交わしたんだ。浜名湖を大切にする代わりに、浜名湖から恵をもらうというものだった。鰻を養殖する権利も与えられた。でも、浜松市民は養殖鰻を尊重していないようだね」

 淡々と口にする隆の表情から感情は窺えない。

 竜太郎は大人しく引き下がる事ができず、隆の両肩を掴んで揺さぶる。

「俺たちは鰻を大事にしている! かば焼きだけじゃなく、粉や骨だってお菓子に使って食べている。何が不満なんだ!?」

 荒々しい口調の竜太郎に対し、隆は寂しそうに笑った。

「お菓子の主役はしょせん小麦粉や甘味料だよ」

「原材料が一番多いのは小麦粉かもしれない。甘味料や調味料だって使われるだろう。けどよ、俺たちは鰻に敬意を払って食べている。鰻はちゃんとした主役だ!」

「それで彼らは満足できるのかな?」

 隆が灰色のうねりに飲み込まれる。

 同時に、竜太郎もうねりの餌食になる。ぬめぬめした液体まみれになり、うまく息ができない。うねりの勢いに巻き込まれて、立っていられなくなる。

 息ができず、苦しくなる。むせかえるような潮の臭いが肺を満たす。両手足をばたつかせてもがいても抜け出せない。

 死ぬ。

 竜太郎の脳裏にそんな言葉がよぎる。

 まだまだやりたい事はあるが、意識が遠のいていく。

 そんな時に、稲妻の如き怒号が走った。

「偉大なる天然鰻たちよ、古の盟約を大切にすると誓う! 鎮まれ!」

 竜太郎は辛うじて目を開けた。うねりの隙間から、コックが数人立っているのが見える。

 それが近所の鰻を捌く職人たちだと認識するまで、時間は掛からなかった。その中には竜太郎の父親もいた。

 職人たちはうねりに向かい、走ってくる。

 雄たけびをあげ、勇猛果敢にうねりに立ち向かっているのだ。

 うねりを織りなす鰻たちは、職人に掴まれて巨大な桶に放り込まれて、数を減らしていく。

 何者かが竜太郎の腕を引っ張る。そのおかげで、うねりから抜け出す事ができた。

 同じタイミングで救出された隆は気を失っているが、呼吸がある。時期に目を覚ますだろう。

 竜太郎の父親が親指を立てる。竜太郎は父親のおかげで、うねりから脱出できたのだ。

「親父、サンキュー!」

 竜太郎の両目が輝いた。父親が頼もしく、カッコよく見えていた。

 職人たちが声をそろえる。

「私たちは古の盟約を見つめなおすと誓う。どうか見守ってほしい!」

 豪雨を打ち破るような頼もしい声であった。

 職人たちの声は天にも届いたのか。

 雨の勢いが弱まり、分厚い雲から光が差してくる。

 うねりは勢いをなくして、その場に伏せる。鰻たちが散乱し、動けなくなっている。放っておいたら干からびるだろう。

 職人たちは鰻たちを次々に桶に放り、両手を合わせて拝む。

「私たちは日頃から浜名湖の恵に感謝している。今後も浜松を守ってほしい」

 鰻たちは言葉なく、桶の中で大人しくしていた。

 鰻による浜松襲撃事件はネットやテレビで大騒ぎになったが、人々はすぐに忘れていくだろう。

 しかし、浜松市民は決して忘れないだろう。

 

 鰻たちは、みんな浜名湖に返される方針となった。

 それと、鰻を使ったお菓子は、鰻が目立つようにパッケージを作り変える事が各お菓子メーカーにより発表された。

 浜松駅の南口で夕暮れを見ながら竜太郎が呟く。

「今日は散々だったな」

 隣に立つ隆が首を横に振る。その手には、手提げの紙袋がたくさん握られている。

「うなぎの粉を使ったパイに、うなぎの骨を使った珍味に、うなぎを肥料にした芋のタルトとか、お土産をたくさん買えたし、満足だよ」

 隆は満面の笑みを浮かべる。

「また浜松に来るよ」

「ああ、今度は浜名湖の怒りを買わないようにするぜ」

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浜松市襲撃事件~鰻の怒りを知れ~ 今晩葉ミチル @konmitiru123

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