君とお好み焼き

フィステリアタナカ

君とお好み焼き

将人まさと、お好み焼き用のソースを買ってきてちょうだい」

「今忙しいんだよ。そこだ!」

「はぁ。ゲームばかりやっていないで、少しは家のこと手伝ってちょうだい」

「大介! 右斜め前! そのスキル取って!」

「お小遣い無しね」


(卑怯だ)


 僕は母親にネットゲームを止められ、親友である大介に言う。


「ごめん。一回抜けるわ。買い物頼まれちゃって」

『わかった。待っているぞ』


「で、何を買ってくればいいの?」

「お好み焼きのソース。まったく、聞いていないんだから」

「わかった。お金」

「はい。これ」


 僕はしぶしぶと支度をして、玄関に行く。


「いってきます」


 外に出ると風が気持ちいい。ゴールデンウイーク最終日の空は晴天だった。


(行くか)


 自転車を漕ぎ、スーパーへと向かう。途中にコンビニがあるが、お好み焼きのソースはきっと売っていないだろう。たぶん。

 五月の向かい風を受けながら、五分ほど走るとコンビニが見えてきた。


(あとスーパーまで五分か――あれ?)


 コンビニの前にうずくまっている金髪の人がいる。恰好からして女の人だ。気になって見ているとその人はクラスメイトで、僕が密かに思いを寄せている人だった。


(渡辺さん。どうしたんだろ?)


 コンビニの前に自転車を止め、彼女に近づき声をかける。


「渡辺さん。大丈夫?」


 彼女は僕のことを見て「赤井君……」と元気なく呟いた。


「何かあったんだ」


 彼女は僕から目を離し、俯く。


(何があったんだろう。知りたい)


 僕は彼女の隣に座る。青い空を仰ぎ見て、白い雲を見つめた。


「渡辺さん。何かあったんでしょ? 悲しいことだったら吐き出して泣けば、楽になるよ」


 彼女は答えなかった。沈黙の中、コンビニの出入りの音がする。


「ぐすっ、ぐすっ……」


 どのくらい経ったのだろう。彼女は泣き始め、震える声で話をしてくれた。


「あ、あのね、隆生りゅうせいが、隆生が……」


 彼女の口からは彼氏の名前が出てきた。渡辺さんと隆生はクラス公認カップルだ。隆生は中学時代バスケットボール部の主力で、高校でもバスケットボール部に誘われたが「もうやらない」と、今は部活はやっていない。


「隆生君が?」

「え、エッチ、し、しよう、って。まだ付き合って二週間も経っていないのに」


 その言葉を聞いて、僕の胸は苦しくなった。好きな人が他の人とエッチをする、そのことを思うとイヤでイヤでしょうがなかった。


「うん」

「りゅ、隆生、が。エッチしないなら、お前に使う時間が勿体無いって……な、何でだろう。彼女なのに……」


(隆生はモテるからな。きっと他の子でもよかったんだろう)


 何とも言えない。渡辺さんにどう言葉をかけていいのかわからなかった。


「あ、あたしのこと、たいせつに、してくれないのかな……いやだって、わかっているのにそんなこと……」

「渡辺さん、はっきり言うね。別れた方がいいよ。どうせ体が目的なんだし」


 隆生といても、体が目的でおそらく彼女のことを大切にしない。僕はそれがイヤだし、別れてくれたのなら僕にも彼氏になるチャンスが訪れるだろう。


「ひどいよ。そ、そんな風に言うなんて……」

「僕に言えることはそれだけ。あとは渡辺さんが考えるしかないよ」


 僕は辛い。彼女を守れないから。話を聞いてくれたのならいいけど、きっと聞く耳を持ってはくれないのだろう。


「ぐすっ……」


 渡辺さんはまた泣き始める。肩を震わせ、悲しみ苦しみが抑えられないように見えた。地面に涙が落ち、渡辺さんの涙で少しづつ濡れていく。

 僕は彼女の隣で泣き止むのを待った。


(あの時、告白できれば)


 中学二年生の時、渡辺さんと同じクラスになった。彼女の黒髪はとても綺麗で、窓際で本を読む姿が印象的だった。その姿を目で追っているうちに彼女のことを想い始め、彼女が好きだということに気づいたんだ。

 高校に入ってからは、彼女は髪を金髪にし胸元も開け、いわゆる高校デビューをした。きっと隆生のことが好きで、近づくために頑張ったのだろう。そんなことを思うと僕なんか全然頑張っていない。

 それから、彼女は隆生と仲良くなり四月下旬から隆生と付き合っているという話を聞いた。彼女が幸せになるのならと、彼女への想いを心の中にしまい込んだ。


「ちょっと待ってて」


 彼女が泣き止むのに時間がかかりそうだったから、僕はコンビニでティッシュを買い、彼女に渡した。


「ティッシュ。使いなよ」


 僕がティッシュを差し伸べると、彼女は受け取り涙を拭っていた。


「……ありがとう」

「あっ。甘い物でも食べて元気だしなよ」


 と言ってまたコンビニに入り、アイスを二つ買った。


「はい、これ」

「ううん。大丈夫」

「大丈夫じゃないでしょ。ほら溶ける前に食べなよ」


 彼女はアイスを手に取り、少しずつ食べていく。その様子を見ながら僕もアイスを食べる。


「それ貸して、捨ててくるから」


 僕はアイス食べて出たゴミを受け取り。ゴミ箱の中に入れた。


「お金――」

「大丈夫。僕が好きでやったことだから心配しないで」


 風が舞う。金色の髪が揺れ、彼女が泣き止んだことを見てとれた。


「大丈夫かな。そろそろ行くね。辛くなったら、話を聞くことくらいはできるから言ってね」


 あまり彼女の傍にいると、何となく良くないと思った。なのでそう言って立ち去ろうとすると、


「聞いてくれるの? じゃあ、連絡先教えて」


 僕はドキドキした。渡辺さんの連絡先を知ることができるなんて、とても嬉しい。


「じゃあ――」


 彼女と連絡先を交換する。彼女の手を見て、こんな手をしているのかと思った。近づいてみないとわからないことが多いんだな。


「赤井君。ありがとう」

「じゃあ、行くね」


 僕は自転車に乗り、振り返って彼女の姿を見る。彼女は控えめに腰のあたりで手を振って僕を見送ってくれた。


 ◆


「ただいま~」

「おかえり将人。お好み焼きのソース――」

「あっ」


 ◆


「おっす。将人」


 ゴールデンウイークが終わり、一週間が経とうとする。今日はあいにくの雨で、昇降口前で傘を閉じた大介に挨拶された。


「おはよう」


 下駄箱に行って靴を履き替えていると、ずぶ濡れの渡辺さんがやってきた。


「赤井君! おはよう」

「おはよう、渡辺さん――」


(ノーブラじゃん!)


 僕は彼女の胸元を見て驚いてしまった。慌てて彼女に言う。


「見えてる。隠して」

「えっ」


 彼女は何だろうという表情をした後、胸元を見て驚いた。


「見た?」

「保健室に行って着替えた方がいいよ。ジャージを持ってきてもらうように頼むから」


 彼女は背中を丸め靴を履き替える。腕で胸を隠し、保健室へ向かっていった。


 ◆


「えーっと、あのー」

「ん? なに?」

「渡辺さんの友達だよね? 今彼女保健室にいて、ジャージを届けて欲しいんだけど」

「はあ? あき、調子でも悪いの?」

「傘を持っていなかったみたいで、ずぶ濡れなんだ」

「わかった。ありがとう。あきに渡してくるね」

「お願い」

「ねえ」


(なんだろ)


「あんた誰? あきの知り合い?」

「そう、同じ中学」


 ◆


 僕は朝のことを思い出していた。渡辺さんのあの姿を他の人は見たのだろうか。渡辺さんに恥ずかしい思いはさせたくないな、いや、僕が見たから彼女は恥ずかしいか。その日の授業は身が入らず、ただただぼーっとしていた。

 休み時間、渡辺さんはいつものように友達と隆生と話をしている。彼女を見、そして隆生を見て、僕はいたたまれない気持ちのままでいた。どうして渡辺さんの隣は隆生なんだろう。でもしょうがないか、僕に勇気があれば違っていたかも知れないだろうけれど。

 そんなことを思いながら迎えたテスト期間。手ごたえがあった。渡辺さんと隆生のことが悔しくて、気を紛らわすために勉強したことが活きたのだ。


 そして、テストが終わり、渡辺さんが隆生と別れたという話を耳にした。


 ◆


 六月。渡辺さんとは学校では喋らない。でも、夜には彼女の方から連絡が来て、いろいろな話を聞いた。友達には言えない愚痴や、教え方が上手くない先生のこと。彼女のことをもっと知りたい、聞けば聞くほど彼女は隆生と別れて、寂しいんだということが痛いほどわかった。


『学年八位ってすごいじゃん』

「たまたま、勉強したところが当たったんだよ」

『中学の時も、成績良かったでしょ。実力でしょ』

「うーん。でも一桁は初めてかな」

『そっかぁ。あっ、今度のテストのとき教えてよ』


(えっ、マジ)


「いいよ」

『えーー、せっかく楽できると思ったのに』

「違う違う。いいよってOKの方だよ」

『ホント! なら、香奈と好美よしみも誘うね』

「友坂さんと室井さん?」

『そう。みんなで勉強すれば――うん。グッドアイデア』


(隆生は二位なんだけれどな。大丈夫なのか?)


「わかった。じゃあ、大介も誘っていい?」

『いいよ~。みんなでやろうよ』


(やっぱり隆生のことが辛いんだな)


「いつからやる? 三日前からでいいかと思っているんだけれど」

『はぁ。これだから勉強できる人は。科目が増えるんだから最低一週間前くらいからだよ』

「わかった。場所は図書館とかでいい?」

『えーっと、できるのなら図書館以外で』

「じゃあ、ファミレスで」

『ごめん。それも』


(ああ、隆生と会わない所が落ち着いて勉強できるのか)


「じゃあ、みんなで相談しようか、まだ時間あるし」

『うん。そうしよう』


 ◆


 次のテスト期間の一週間前。大介を含め渡辺さん達と勉強をすることになった。


「お邪魔しまーす」

「久しぶりだな、将人ん家」


 何故か僕の家で勉強することに。図書館やファミレスで勉強しないのなら、誰かの家でしようという話になり、女性陣は男子に部屋を見られたくない、大介の家は大人数で勉強する場所が無いと言って、消去法で僕の家になった。


「どこにあるかな」

「ここら辺じゃない?」


 どうやら友坂さんと室井さんはエッチィやつを探しているみたいだ。


「それなら、パソコンの中だと思うぞ」


(大介、余計なことを言うな)


 気を取り直して、五人で勉強をする。渡辺さんに良い所を見せたい、そんなことを思っていたが、思いのほか集中して勉強ができた。


『将人~、こっちにきて休憩したら? お好み焼き作ったから』


「おっ、赤井家特製お好み焼き。久しぶりだな」

「何それ?」

「美味いんだよ。みんなも行こうぜ」

「へぇー、そうなんだ。あき、行こっ」


「あたしキリのいいところまでやるから、先に行っていいよ」


(どうしよう)


「僕ももう少しやってから行く」


「そうなのか? じゃあ、将人先に食べているぞ」


 三人が出ていくのを見てから、渡辺さんを見る。彼女は数学の問題の途中で躓いているみたいで、僕は解き方を教えることにした。


「渡辺さん」

「えっ」

「そこの式は――」


 僕はテスト期間が終わったら、渡辺さんに告白するつもりだ。渡辺さんが夏休みに他の人の彼女になる。そのことで後悔するよりも、自分から告白しようと、そう思ったからだ。


「美味しい」

「だろ? 赤井ん家は他の食べ物も美味いぞ」

「へぇー。あっ、あき、こっちこっち、これあきの分」


「ありがとう。好美」


 みんな美味しそうに食べている。笑顔を見てそう思った。


「たくさん食べていってね、もっと作るから。あっ、将人、ソース切れたから買ってきて」


(……まあ、いいか)


 自転車でスーパーへ向かう。途中にあるコンビニで渡辺さんがうずくまっていたのを思い出していた。あの時、買い物に行かなければ、きっと渡辺さんと今の関係は無かったのだろう。母親に感謝し、僕はスーパーへ急いだ。


 ◇


「じゃ、明日もよろしく」

「アッキーよろしくね」

「アッキー、明日はお菓子持ってくるね」

「赤井君、また来るね」


「みんな気をつけてね」


 ◆


 テスト期間に入る。一日目のテストが始まる前に、隆生は渡辺さん達と話をしていて「三人で勉強するのなら六人で勉強すればよかったじゃん」と言うのが聞こえた。友坂さんが「あんた達と勉強したら、勉強できなくなるでしょ」と。そして室井さんは、うんうんと頷いている。渡辺さんは隆生の顔色を見ながら、黙っているのが見えた。


 今回のテストは前回と比べて難しく感じた。前回はイヤなことを考えたくなくて一心不乱に勉強したが、今回は渡辺さんのことが気になって――言い訳だけれど。

 一日目が終わり隆生達は「どっか行って遊ぼうぜ」と渡辺さん達を誘っている。そして室井さんが「アッキーと勉強するから、テスト期間は無理」と言って、それを聞いた隆生の顔色が変わった。


「三人で勉強してたんじゃなかったのか? アッキーって誰だよ」


 室井さんがマズいという表情をしたが、透かさず友坂さんが、


「違う高校の子。勉強できるから教えてもらっていたの」


 と室井さんの発言をフォローした。


「そうなのか。じゃあ、その子も誘って遊ぼうぜ。息抜きも大切だろ」


 隆生の発言に友坂さんは呆れ顔で、


「とにかく私たちはテスト勉強する。遊びたかったら、そちらで自由にどうぞ」

「しばらく、つるんでいなかっただろ。たまには俺達に付き合えよ」


 結局、二日目はテストの数が少ないだろと隆生が押切り、渡辺さん達は遊びに行くことになった。


(しょうがないか――自分にできることをしよう)


「大介、今日何時ごろ来る?」

「わりぃ、遊ぶ約束しちまった。充分に勉強したから大丈夫だと思って」

「わかったよ。テストのことでわからない所があったら、後で聞いてね」


 ◆


 テストは無事に終了。僕は昨日「明日、大事な話があるから」と渡辺さんに伝えていた。心拍数が上がり緊張しているのがわかる。はたして、渡辺さんは隆生の遊びの誘いを断って残ってくれるのだろうか。心配だった。


「じゃあ、遊ぼうぜ。どこに行く?」

「隆生ごめん。少し遅れる」

「そうなのか? 何でまた」

「先生に呼ばれているの」

「そんなこと、無視すればいいだろ」

「ううん。ちょっと行かないとマズイから」

「そうか。じゃ、終わったら連絡してな」


 五人が教室から出ていく。僕はそのことを確認して、渡辺さんに声をかけた。


「階段の所までついてきて」


 僕は屋上へと続く階段へと向かう。渡辺さんは後から黙ってついてきてくれた。


「それで、話って?」


 僕は一度目を瞑り、息を整える。そして、


「渡辺さん。僕は君が好きだ。付き合ってほしい」


 渡辺さんは一呼吸おいて、


「ごめんなさい」


(そうか……)


「誰かと付き合うって、今は考えられないの」

「隆生のこと?」

「うん。赤井君は良い人だよ。あたしじゃなくても良い人いるよ」

「そうか――でも、僕は渡辺さんしか考えられない」


 渡辺さんは俯いて、


「自分の気持ちがよくわからないの。だから無理だよ」


 僕は理解した。隆生を好きなことに変わりはない。ただ、自分を大切にしてくれるか自信が無いから迷っているんだ。エッチなことだけされて捨てられるかもしれないから。


「わかった。ありがとう」

「じゃあ、赤井君。もう行くね」


 渡辺さんは帰っていく。僕はフラれたことに打ちひしがれていたが、後悔は無い。そして、これからも彼女の為に行動していこうと考えた。


 ◆


 七月。終業式の前日、六限目の体育のためにジャージに着替えていた。そしてグラウンドに向かっているとき、隆生達が話していることが聞こえた。


『あいつのおっぱいデカいよな。揉みほぐしてぇ』

『なあ、夏休みに入る前に、やっちまおうぜ』

『やっちまうって』

『ああ、人気の無い所に呼び出して、ヤルんだよ。夏休みに入ったら今みたいに遊べる日が少なくなるだろ。ヤッて脅せば毎日遊べる』

『最低だな。おまえの彼女だったろ』

『ヤラせてくんなかったんだよ。お前らにも楽しませてやるから』

『ほう、どうすればいいんだ』


(こいつら最悪だ。きっと渡辺さんのことだ。すぐ彼女に伝えないと)


 僕は隆生達が許せなかった。体育の時間は彼らのことをずっと見て、怒りを抑えきれなかった。そして体育の時間が終わると、すぐ着替えをして教室へ向かう。教室で渡辺さんを待っていると、先生に声をかけられた。


「大介。将人。夏休みの課題を運ぶから手伝ってくれ」


 先生が僕らのことを呼ぶ。


「しょうがねえ。将人行こうぜ」


 正直焦っていた。大介に言われて、時間をかけなければなんとかなる。そう思い、先生の後についていった。


 ◇◆◇


 あたしは体育の後、香奈と好美と一緒に教室へと向かっていた。


「あき」

「えっ」

「隆生が話があるってさ。ついてきて」

「えーっと、香奈――」


「わかった。じゃあ、先に教室に戻るね」


 香奈と好美は教室へと向かった。「隆生は何を話すのかな? ひょっとしてやり直そうって言うのかな」そんなことを思いながら、ついていくと人気の無い教室の中で隆生が待っていた。


「あき。おつかれ」

「隆生」

「大事な話があるから、そこに座ってくれ」

「うん」


 あたしは机を挟んで隆生が座っている向かい側の椅子に座る。


「なあ、あき」

「ん?」

「あきは俺のこと好きだろ?」


 あたしは何とも言えなかった。本当に隆生のことが好きなのか、この胸につかえた思いは何なのか、わからなかったから。


「わからない……」

「そうなのか?」

「うん」

「じゃあ、俺のこと彼氏にしてくれないのか」

「あたし隆生のこと好きなのかわからないよ」

「じゃあ、しょうがないな」


 隆生がそう言うと、あたしは両腕を二人に掴まれた。


「えっ」


 動けないところに隆生がきて、あたしの胸を揉んだ。


「な、な、やめて」

「いいじゃん」


 隆生の手は止まらない。


「ねえ、離して! 離してよ!」


 腕を押さえられ、動けない。隆生の手が服の中に入ってきて、胸を揉まれる。


「ブラが邪魔だな」


 怖い。隆生の目が違う。なんでこんな所で下着を脱がそうとするの?


「ねえ、やめてよ。やめてよ」


 このまま最後までヤラれるの? 隆生一人だけでなくまわされるの。イヤ――、

 服を脱がされ、ショーツの中にも手を入れられる。


「やめて!」


 抵抗をして、隆生の胸を蹴る。椅子は倒れ、あたしは床の上で仰向けになった。


「うっさい!」


 顔を殴られた。ああ、もうダメなんだ。ショーツをずらされ、隆生はズボンをおろしていた。


「やめて! お願い!」


 目を瞑りしばらくすると音がした。恐る恐る目を開けると目の前にいるはずの隆生がいなくて――。


 ◇◆◇


「失礼しました」


 僕は大介と共に夏休みの課題ワークを教室へ運んでいる。


「意外と軽いな」

「そうだね。大介急ごう」

「何で?」

「急ぎたいんだよ」


 課題ワークの山を崩さないよう、早足で僕は歩いた。教室の中に入った後、教卓の上に課題ワークを置き、辺りを見て渡辺さんを探した。


(いない)


 イヤな予感がする。僕は友坂さんと室井さんに渡辺さんがどこにいるかを聞いた。


「あきなら、大事な話があるって隆生の所に行ったよ」


(まずい)


 僕は机をずらし慌てて教室を出ようとする。


「どうしたの? アッキー」

「渡辺さんが酷いことされるかもしれない!」


 僕は廊下を走った。きっと人気ひとけの無い所に連れていかれたのだろう。心当たりのある場所に向かって走り、見つからなかったら違う所を探す。


(どこだ!)


「おい! 廊下は走るな!」


 先生に言われたことを無視し、ひたすら走る。


『やめて! お願い!』


 渡辺さんの声がした。明かりのついている教室を見つけ、その中に入ると渡辺さんが押し倒されていた。


(隆生!)


 走ってきた勢いそのまま、隆生の頭を蹴る。隆生は倒れ下半身が丸出しだ。


(っ――!)


 渡辺さんを両手で捕まえているヤツらに向かい、顔を殴る。顔が殴られた際に、彼女の腕は解放された。彼女がぼーっとしていたので、


「服を着て逃げて!」


 急いで服を着た彼女が教室を出るところを見届けると、頭に痛みが走った。


 ◇


 三対一。どのくらい殴られ蹴られたのだろう。よくわからなかったが、渡辺さんが助かったことだけはわかった。これでいい。


「お前ら! 何をしている!」


 ◇◆◇


 あたしは職員室へ急いだ。赤井君が助けてくれた。たぶん喧嘩になっているだろう。先生に伝えられれば、喧嘩を治めてくれる。だからあたしは急いだ。


「先生! 喧嘩です!」


 職員室に入ると先生達はこちらを見た。髪も服も乱れているあたしを見て、ただ事ではないことを感じてくれたはずだ。


(赤井君……)


 ◇◆◇


「痛っ!」


 体を動かすと痛みが走る。今、僕は生徒指導の先生に事情を聴かれていた。


「喧嘩はどうして起こった?」

「僕が隆生を蹴ったからです」

「赤井が先に手を出したのか?」

「はい、そうです」

「他の二人にもか」

「はい。僕が先に二人を殴りました」

「何でそうなったんだ?」


 僕は黙った。彼女が押し倒されたことが学校の中伝わり広がると、彼女が辛くなるのでは。そう思ったからだ。


「ここで待っていろ」


 僕は事情聴取が終わるまで、知らない部屋で先生を待ち続けた。夕日が差し込み、体は痛む。渡辺さんは無事に帰ることができたのか、そんなことを思っていた。


「赤井。もう帰っていいぞ。あとで校長から処分を言い渡されるから、そのつもりでな」

「わかりました」


 家に帰り、両親に学校で喧嘩したことを言う。「親も先生に呼ばれると思う」と伝えると、親父に殴られた。


「お前!」


 痛かったが、フラれた時の痛みよりは、だいぶマシだった。僕は彼女を救うことができたんだ。


「渡辺さんが酷いことされそうになったから、ぶん殴ったんだ」

「渡辺さんって、この前来た子?」

「そう、金髪の子」


 両親に喧嘩だけでなく、どういう事があったのか説明をする。それから部屋に戻り、緊張の糸が切れたのか僕は泥のように眠った。


 翌日、僕は学校を休み、終業式に出ることができなかった。スマホを見ると渡辺さんから何十件もの連絡が来ていて、僕は放課後になったら彼女に連絡をしようと考えていた。きっと昨日のことでお礼が言いたいのだろう。食事を摂り、部屋に戻ると眠気に襲われた。体が回復する為の反応だと思って、そのままベッドの中に入った。


 ◆


「将人。将人。起きなさい」


 母親が僕を起こしにきた。何故だろうと思っていると、渡辺さんのご両親が来て、今リビングにいると言われた。正直困惑した。


「今行くから、ちょっと待って」


 僕は自分の顔を鏡で確認する。完全に化け物だなと思いつつ、酷いところにガーゼを当ててリビングに行った。


 リビングには渡辺さんもいた。ご両親からお礼の言葉をいただき「僕が勝手に喧嘩を吹っ掛けただけなので」と言うと、渡辺さんが僕を抱きしめてくれた。


(イタイ……)


 彼女は泣いていた。あのコンビニで出会ったとき以上に泣いているように思えた。これが全てであろう。渡辺さんのご両親はその様子を見つめ、今回のことはどれだけ大変なことだったのか、言葉で伝えるよりも伝わったのだと思う。


「学校に抗議をしてきますので」


 渡辺さんの父親がそう言って帰ったのが印象的だった。僕がしたことは間違ってはいない。まるでそんなことを言っているように思えた。

 でも、実際のところ、手をあげたのは僕からだ。そのことに関しては僕が悪いし、謹慎処分も当然であろう。


 三日後、僕は母親と共に学校へ行く。校長先生から五日間の謹慎が命じられ、七月は学校で謹慎することになった。学校に来ては、課題を行い反省文を書く。課題が終われば別の課題を渡され、反省文が書き終わったと思えば文字数が増える。苦痛ではない、まだ体が痛むので校舎の清掃をするよりはマシだった。


「先生。隆生達はどうなりました?」

「気になるのはわかるが、他の生徒のことは伝えられない」

「わかりました」


 喧嘩だけなら同じ謹慎五日だろう。大介からの情報では、退学になったという噂があると聞いていた。さすがに学校の中に強姦犯がいたら他の女子生徒の保護者からクレームが来てもおかしくはないな。そう考えた。


 八月。謹慎を終え、渡辺さんから連絡が入る。友坂さんと室井さんと一緒にプールへ行かないかというお誘いだった。何で女子三人に僕が混ざるの? そう思ったが渡辺さんの水着姿が見れると思うとワクワクしてしょうがなかった。大介も誘っていいかと聞いたところ、友坂さんと室井さんがNGと言ったみたいで四人で行くことになった。

 それからお盆を挟み、夏祭りも四人で行くことになる。傷もだいぶ癒え、そして心の傷もだいぶ癒えた。もう、渡辺さんと付き合いたいという欲しかない。夏祭りでまた告白しようと決めていた。


 当日、待ち合わせ場所に行くと友坂さんと室井さんと浴衣を着た黒髪の女の子がいた。すぐに渡辺さんだとわかった。中学の頃に見た姿だったから。


 四人で夏祭りを見て回り、花火が打ちあがる時間になると、何故か友坂さんと室井さんがいなくなっていた。


「綺麗――」

「うん」


 色とりどりの花火を渡辺さんと見る。こんな日を待ちわびていた。そう思い彼女を見ると、彼女は僕を見て微笑んでいた。だから僕は、


「好きだ。僕と付き合ってください」

「――はい」


 花火の音が鳴り響く。二人で見つめた空は、あの日の青空と違って希望に満ち溢れていた。


 花火が終わり、友坂さんと室井さんを探す。どこにいるのかなと思っていると渡辺さんが僕に言ってきた。


「ねえ、あれ食べたい」


 僕らは屋台へと向かった。二分くらい順番待ちをした後、僕は屋台のおじさんに注文をする。


「すみません。お好み焼きを二つください」

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