魔法のパレット【KAC2024 7回目】

ほのなえ

魔法のパレットと転校生

 あたし、カリルのパレットは特別だ。なんたって、魔女のママからもらった、魔法のパレットなんだから。


 ママは絵を描くのが得意で、魔法の絵描きを仕事にしてる。色が変わったり、描いたものが自由自在に動いたりする魔法の絵は、魔法使いからも、魔法を使えない人たちからも好評で、たくさん売れてるみたい。


 そんなママからもらった魔法のパレット。何が特別なのかというと、なんと、自分の思った通りの色を作り出すことができるのだ!


 あたしがうんと小さい頃、ママと同じように絵が描きたいと言ったら、あたしの誕生日にプレゼントしてくれた。これまでにもママには色んな魔法のプレゼントをもらったけど、そんな中でも今までで一番嬉しい誕生日プレゼントだった。


 明日の学校は美術の授業があるから楽しみ。また、このパレットをみんなに貸してあげるんだ。クラスメイトのみんなの喜ぶ顔を思い浮かべたあたしはふふっと笑うと、パレットをカバンの中に大事にしまった。



 次の日、美術の授業を楽しみに意気揚々と登校したあたしは驚いた。なんと、あたしのクラスに転校生がやってきたのだ。

 遠い東の国からやってきた子で、名前はミクっていうみたい。この国では珍しい黒髪で、それになんだか短くて変わった名前。


 おとなしそうな子だったけど、その日、美術の授業で誰よりも注目を集めたのはミクだった。なにしろ、絵がものすごく上手だったのだ。オハラ草原のレインボーシープっていうカラフルな羊の群れを描いてる途中だったけど、魔法の絵じゃないのに、まるで生きていて、今にも動き出しそうなくらいだった。


「すごーい! ミクって絵を描くの上手なんだね!」

 ミクがクラスで一番の注目を集めてるのはほんのちょっぴり悔しかったけど。それよりもミクの絵にすっかり感動してしまったあたしは、素直にその気持ちを伝える。

「あ、ありがとう……えっと……」

「あたしカリル。よろしくね」

 あたしはそう言ってミクにウインクする。

「わ、わたしはミク。よろしく」

 ミクは恥ずかしそうに笑ってそう言った後、あたしの絵にちらっと目をやる。

「あなたの絵もとても素敵ね。その……オーロラの色って、一体どうやって作ったの?」


 あたしはミクの視線につられて、あたしが描いた絵を見る。あたしの絵はシャイナ湖の湖畔の絵で、夜空に広がるオーロラが一番のポイントだ。オーロラなんて複雑な色をしたもの、まさに魔法のパレットを持つあたしにしか書けない絵だ。


 あたしは絵の上手なミクに色のことを言われて嬉しくなり、魔法のパレットをミクに見せる。

「あたし、魔法のパレットを持ってるからね。オーロラの色なんかも簡単に作り出せるんだ!」

「魔法の……パレット?」

「うん、自分の思った通りの色を作り出すことができるんだよ。金色銀色はもちろん、オーロラ色みたいなのも簡単に出せるの。見てて」


 あたしは自分のパレットの上に絵の具は出さず、筆をくるくると丸くなぞるように遊ばせる。すると、そこから色が――オーロラ色の絵の具が浮き出てくる。


「わあっ! 魔法なんて初めて見たよ。わたしのいた国は魔法がなかったから。すごいんだねぇ」

 そう言ったミクの目が大きくなって、きらきら輝く。それを見たあたしは思わず、得意げになる。

「このパレットはね、あたしのお母さんにもらったの。あたしのママ、魔女なんだけど、魔法の絵描きなのよ」

「そうなんだ、魔法の絵描きなんて、すごいねぇ。じゃあカリルも、魔法の絵を描けるの?」

「うーん、あたしはまだ魔法使えないから描けないんだ。でも大人になったらママみたいに魔法の絵、描くの!」

「そうなんだ、すごいね! でも魔法の絵ってどんなのだろう。想像できないや」

 そう言って不思議そうな表情をするミクに、あたしは得意げに言ってのける。

「じゃあ、今度ママの絵、持ってきて見せてあげる!」

「本当? うん、見たいな。楽しみにしてるね!」


 ミクは絵を描くのが好きだからか、そんな感じで興味津々であたしの話を聞いてくれたけど……それでも、クラスのみんなみたいにパレット貸して、とは言わなかった。

 あたしは内心その言葉を待っていたけど、いつまで経っても言われなかったから、ついに自分から口を出してしまう。

「よかったら、あたしのパレット貸したげるよ。レインボーシープって色んな色の羊がいるし、描くの大変でしょ」

「え、でも……」

「あたしは、もう描き終わったから。ミクは色塗りまだでしょ? 遠慮しないで使っていいよ!」


 ミクは、じっとパレットを見つめていたけれど、首を横に振る。

「ありがとう。でも……いいの。わたしは、自分のパレットで描きたいから」

「え、でも……」


 あたしは驚いた目でミクを見る。

(でも、絵の具の色で、レインボーシープなんてどう描くの? レインボーシープにぴったりな色の絵の具なんてないのに……。もしかして、ミクのパレットも何か特別なの?)

 レインボーシープはどの色の羊も優しい色合いのパステルカラーだ。だから、色味が強くてカラフルな、授業で使う12色の絵の具でそんな色が出せるとは、あたしには到底思えなかった。


 ミクがどうやってレインボーシープの絵を描くのか気になったあたしは、ミクの絵を描く様子を後ろから覗き見ることにする。


 ミクは、自分のパレットを取り出す。木の板でできた、普通のパレットだ。その隅っこの方にチューブから絵の具を出す。赤、白、それに黄色だ。

 ミクはその三色をちょっとずつ筆に取り、パレットの真ん中に乗せて、混ぜていく。何度も何度もそれを繰り返した頃――――なんとサーモンピンクみたいな、レインボーシープのピンク色、そのものの色が出来上がったのだ。

「うそっ! すごい! 魔法みたいだね!」

 あたしは思わず大きな声をあげる。ミクはにこっと笑って言う。

「でも、魔法じゃないよ。……わたし、この絵の具を混ぜて自分の思い描く色を作ることが、絵を描く中で一番好きなんだ」

「……だから、あたしのパレット使わなかったんだね」

「うん。色を混ぜて作るのって時間かかるし、カリルのパレット使った方が早く終わるんだけど……でも色を作るの楽しいし、自分で色を混ぜないと、絵を描いたって感じがしなくて。せっかくカリルが親切で言ってくれたのに、ごめんね?」

「ううん。それより他の色のレインボーシープも見せて! あの柔らかい感じのミント色はどうやって作るの?」


 そんなこんなであたしは、ミクが様々な色をパレットの上の絵の具から作り出し、色とりどりのレインボーシープの群れの色を塗る様子を夢中で眺めていた。


 そっか、みんなは絵の具を混ぜて、自分の思う通りの色を自分自身で作ってたのか。思えば当たり前のことなんだけど、初めて絵を描く前から魔法のパレットをママからもらっていたあたしは、絵の具を混ぜて色を作る工程を、どこか想像できていなかった。


(あたしも、次に絵を描く時は一度、ミクみたいに自分で色を混ぜて自分の思う色を作ってみようかな……)


 あたしがそんなことを思っている間に、ミクの絵が完成に近づいてきた。でも、最後のレインボシープを塗ろうとする時に、ミクの手がぴたりと止まる。


「あれ、どうしたの? 塗らないの?」

 あたしが不思議そうに尋ねると、ミクはどこかもじもじした様子をしていたが、ようやく口を開く。

「あ、あの……この一頭だけ、虹色のレインボシープにしてみたいんだけど……」

「ああ、レインボーシープの希少種? この子、群れのリーダーみたいだし、いいアイデアだね!」

 一頭一頭、様々な色をしているレインボーシープには、特に珍しい希少種がいて、虹色のような、いろんな色が混ざったような、それはそれは綺麗な色をしている。あたしはその姿を思い出して、ミクの言おうとしていることにピンと来た。

「あ、もしかして……」

 ミクはあたしの言葉に、恥ずかし気に頷く。

「あの、さっき断ったのに、今更なんだけど、その子の色だけ……カリルのパレット借りてみても、いい?」

「もちろんだよ!」

 確かにあの色は、絵の具で出すのはさすがのミクでも難しいよね。ようやく魔法のパレットの出番が来て、あたしは意気揚々とパレットをミクに差し出した。



 そうしてできたミクの絵は、絵画コンクールで最優秀賞を取ることになった。あたしのシャイナ湖とオーロラの絵もいいとこまでいったけど、魔法の力を借りずにいろんな色を作り出せるミクはあたし以上に絵が大好きで、やっぱりすごいんだと思う。


 でもあたしも負けないんだから。ミクと一緒に絵を描きまくってもっともっと上手になったら、あたしはいつか魔法を使えるようになって、自分自身で魔法の絵を描くんだ!



『魔法のパレット』 完


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