【KAC20247】カエサルの紫

星羽昴

ある、ローマ人の心変わり

 ユリウス・カエサルがローマに帰ってくるのだ。


 既得権益に溺れて、私腹を肥やすために元老院を利用していた連中は一掃された。ローマ市民を貧しくさせ、その土地と財産を奪って自分達だけが肥え太った連中が消えたのだ。元老院は、再びローマ市民を代表するものになる。

 ローマと元老院を、ローマ市民に還してくれた英雄の凱旋である!



 4頭立ての戦車に乗り、紫のマントをひるがえす英雄カエサル。多数の捕虜と膨大な戦利品を従えてローマ中を行進する。今日一日、カエサルはローマの王だ。


 紫は王だけが纏える色である。ある種の特別な貝から、極めて微量な染料が得られ、ローマ人が真似できない特殊な技術により染められているらしい。あの1枚のマントのために、幾千幾万の貝を要したか、その貝を得るために幾百幾千の人が力を尽くしただろうか。


 今日だけは、カエサルには「紫」を纏う資格がある。音楽が奏でられ、香が焚かれ、花吹雪が舞う。「勝利!」が繰り返し唱和され、下級の兵士により下品な歌も陽気に歌われている。



 何と言うことだ!

 凱旋式は終わった。それなのにカエサルは、今も紫のマントをひるがえして闊歩しているではないか。

 カエサルは元老院に「何時でも何処でも紫を着用する」権利を認めさせたと言う。

 ローマ市民は、カエサルに騙されたのだ。カエサルは英雄ではなく、僭主だったのだ。



 かつてローマ市民も王を求めたことがある。建国者ロムルスの死後、サビニ人のヌマを王に迎えた。ヌマは私欲を持たず、自ら畑を耕す王だった。

 だが王位の継承は人を腐敗させる。7代目の王タルクィニウスは、私腹を肥やすためにローマとローマ市民を強国エトルリアに売ろうとした。

 ローマ市民は、ローマをローマ市民の手に取り戻すために傲慢王スペルブスタルクィニウスを追放しエトルリアと戦った。そしてローマ市民は勝利した。


 ローマは、ローマ市民のものである。ローマに王はいらない!

 王になろうとするなら、カエサルには死あるのみ!

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