“ちょうどいい場所”
たかぱし かげる
ビルの屋上で
風の強い屋上はとても見晴らしがよかった。
やや小高い坂の上にある雑居ビルで、眼下には坂下に広がる街が見えた。
なかなかのロケーションだ。しかも屋上に立ち入れる物件など、そうそうあるものではない。
そんな屋上に一人の男と一人の少年がいた。
共に柵に手を掛け、景色を眺めている。
「まあ、だから、例えばだ」
くたびれた中年の男が、隣の小学生とおぼしき少年に話している。
「あそこ。あそこに赤い看板があるだろ?」
「……ん」
「あの赤く見える看板ってのは、お前は何色なんだと思う?」
「……赤」
「そう思うよな。でも、そうじゃねえんだよ」
「……なにが?」
「あの看板は赤なんじゃない。赤じゃないから赤い色だけ跳ね返してんだよ。その跳ね返した赤が目に入ってくるから、だから俺たちは勝手に赤いんだと思ってんだよ」
「……」
「赤じゃなくて赤を跳ね返すから、赤に見えてるってだけだ」
「……赤じゃないから赤に見える」
「他もそう。青く見えるのは青だけ跳ね返してるから。つまり、青じゃないから」
「……青く見える。空も?」
「空は。空は別だ。あれは物体じゃあねえからな。空は過酷な場所なんだよ。過酷で、青い色しか生き残れねえ。だから残った青色に見える」
「……」
「でも他の、物体はみなそうなんだ。ほら、あそこの白い家。白ってのは純真無垢だと思ったら大間違い。全部の色を跳ね返してる、とんだあばずれだよ」
「……あばずれ」
「あっちの黒い烏。高圧的なんて思うのはもってのほかで、あいつは全部の色を受け入れてんだからな」
「……」
「まあ。まあとにかく。一事が万事そんな調子で、つまりはさ、人が見た他人なんてそんなもんで、的外れもいいところ、気にするだけ無駄ってもんだ」
「……」
「なあ。お前に俺はどう見えてんだよ」
「……住所不定無職の不審者」
「住所も仕事もあるっつーの。ほらな、この通りだ。ちなみに俺にはお前が学校サボってるガキに見えてるぞ」
「……」
「気にするだけ無駄なんだよ。だから、分かったらよ」
「 ……」
「この場所は俺に譲りな」
「……ぜんぜん分かんないんだけど」
「駄目か。適当な話でなんとなく押しきれる気がしたんだがな。駄目か。くそ。せっかくちょうどいいところを見つけたと思ったんだが」
目の前にはなかなかのロケーションが広がっている。しかも屋上に立ち入れる物件など、そうそうあるものではない。
「まあ、仕方ないな。ここはちょうどいい場所だからな。お互い譲れないなら、話し合うしかねえ」
「……うん」
「まあ、ほら、座れよ。立ってるのも馬鹿らしい」
「うん」
「じゃあ、まあ、例えばだ」
くたびれた中年の男が、隣の小学生とおぼしき少年と話している。
二人で柵を背に座り込んで、どうやら話はいつまでも終わりそうにはなかった。
“ちょうどいい場所” たかぱし かげる @takapashied
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