30話 関係性

 そんなこんなで、内装の準備が……終わった。

 いやまぁ、本当に何もなかったわ。

 だって、俺が家具を出して、恋乃花が魔法効果を付与して、それをメルアが念力で動かす……そんな流れ作業だけだったし。


 終始無言だったよ? 俺たち。

 もうちょっとこう、話そうぜ? 的なことを思わないでもないが、まぁ、ほら、あれだよ、あれ。製造業とか、黙々とやるじゃん? そんなもんよ。


「あとはこの看板を設置して……よし、完成だね」

「こ、これが、お二人のお店……! す、すごいです! あの、えと……と、とってもすごいです!」


 うん、語彙力がちょっとアレだったね。

 俺も語彙力がある方じゃないけど、まぁメルアはまだ十二歳だから、いいと思います。

 そのうち語彙力が付くだろう。


「あとは、魔道具を並べたり、倉庫に置いたり、かな? アリス君、他にはあるかい?」

「そうね……そう言えば、契約の方はどうなったのかしら?」

「あぁ、エルゼルド君がしてくれると言ってそのままだったね。それなら、一度屋敷に戻るかい? メルア君のこともあるから」

「その方がいいわね。というわけだから、メルアも一緒に行くわよ」


 一緒に行くことを告げたら、なぜかメルアの表情が硬くなった。

 どうしたんだ? と思っていると、その理由がすぐに判明する。


「え、エルゼルドって……あの、そ、そのお名前ってたしか、えと……あ、あのお屋敷の、主人、です、よね……?」

「あら? あなたは、エルゼルドを知っているの?」

「も、もちろん、です。わ、わたしは元々、この街の住民、でした、から」


 あー、なるほど。

 考えてみれば、この街を俺たちが乗っ取ったのは、たしか……サービス開始してから一年後くらいだったから、実際五年半前なのか。

 そりゃ知ってても不思議じゃないか。

 ってか、この街の住民だった、か。


 たしか、半年前にメルアが幽霊として表れるようになった、って話だったな……。

 正直言って、俺はエルゼルドが治める街で、まさかあんな惨い監禁をしたクソ野郎がいるとは想像してなかった。

 だが、現にメルアは監禁され、そして死亡した。


 せっかくクソ国王をぶっ飛ばしてマシにしたと思えば、別の問題が発生しやがった。

 まったく、なんなんだ? この国は。

 とはいえ、悪態をつくのは後だ、後。


「そう。それなら、問題ないわ。早速行きましょ」

「え、あ、あの、お、怒られないん、ですか……?」

「ふふ、君はエルゼルド君に怒られることを心配しているようだが、安心すると言い。そもそも、アリス君は彼の上司だよ?」

「え」

「あと、ボクも立場的には彼より上かな」

「……え!?」

「というわけだから、行きましょ」

「え、あ、えぇぇぇ……?」


 ひたすら困惑するメルアを、俺は一度体を成長させてお姫様抱っこで屋敷へ連れて行った。

 尚、俺に抱っこされた際、


「え!? あ、アリス様が、と、とてもお綺麗なお姿に!? あの、えと……こ、幸福です!」


 とかなんとか言っていたが……メルア、お前、普通の恋愛とか……できなそうだなぁ……なんて、俺は思うのだった。




「――はぇ~、蘇生、っすか」


 屋敷に到着後、仕事を一時中断してまで、俺たちの相手をしてくれるエルゼルドに、今回の一件をかいつまんで話すと、エルゼルドまた何かやったんだ、この人、みたいな表情を浮かべていた。


「えぇ。今後、彼女はわたしの眷属だから、周知しておくように」

「了解っす! ってか、大将が蘇生魔法とか珍しいっすね? というか、初?」

「……そう言えばそうね。けれど、あれよ? あくまで、ヒト種が初めてであって、魔物はしたことがあるわ」

「そりゃそうっすけど、でも、よかったんすか? だって、メルアは一度死亡してるんすよ? それを、『半霊半魔』と言う形で蘇生したら、寿命だって……」

「それについては、蘇生後に話してあるから。そうよね? メルア?」

「は、はいっ! あ、あの、わ、わたしが生きてる限り、アリス様に仕える所属でありますですっ!」


 エルゼルド相手に、死ぬほど緊張しまくっているようで、さっきからガッチガチだ。

 なんか、敬語がおかしくなってるし、所存を所属って言い間違えてるし。


「ははっ、大丈夫だぜ、そんなに固くならなくても。ってか、メルアはなんつーか、大将の直接的な部下、になるのか? だからまぁ、俺とは対等に近いんで、俺に遠慮する、なんてことはしてなくてもいーぜ」

「わ、わたし、なんかが、その、た、対等というのは、えと、あの……」


 少し前まで、かなりぐいぐい来ていたはずなんだが……もしや、人見知り? それとも、監禁により心的外傷が残ってるのか……?

 うーん、この場合後者っぽいが……どうだろうか?

 少なくとも、軽く鑑定した限りでは、精神部分のダメージ自体は少なかった。

 決して0とまでは行かなかったが、それでも問題ないレベルなんだが……。


「ってか、大将の直属ってことで良いんすよね?」

「え? あぁ……そうね。唯一の眷属ではあるから……たしかに、わたしの直属、になるわ」


 エルゼルドの指摘に、俺は少しだけ考えてから肯定する。

 考えてみればそうか、今までヒト種の眷属とか、一人も作らなかったからなぁ……。

 エヌルとイグラスは眷属ってわけじゃないし……そう考えると、メルアは本当の意味で直属って言えるのかもしれない。


「あ、あの……」


 俺たちとエルゼルドの話を見ていたからか、メルアがおずおずと話しかけてくる。


「ん、どうしたの?」

「さ、さっきから、気になってたん、ですけど……あの、えと……お、お二人は何者、なんです、か……? だ、だって、エルゼルド様がその、お、お二人への話し方が、そ、その……変、と言いますか、えと、あの……」


 おどおどして上手く言えてないが、まぁ、言いたいことはわかる。

 ようは、俺と恋乃花に対するエルゼルドの話し方が通常より変だ、ということを言いたいんだろう。


 だが、ここへ来る前に恋乃花が関係性を言ってはあるが……まぁ、あれはあくまでも、関係性だからな。

 どういう経緯で、その関係性になっているかは言ってないんだろう。


「そうね……まぁ、あなたはもうわたしの眷属で、身内だから……話しておいた方がいいわね」

「えっと……?」

「改めて、自己紹介をさせてもらうわ。わたしは、アリス=ディザスター。悪の組織、ロビンウェイクの総帥よ」

「……んへ!?」

「それで、ボクはロビンウェイクのマジックメイカーをしている、探☆偵さ。まぁ、それはあくまでも組織名みたいなものなので、ボクのことは恋乃花と呼ぶといいよ。あぁ、マジックメイカーとは言うけど、ボクはあくまでも魔道具の作成がメインだから、さほど強くはないよ」

「俺は、ロビンウェイクの幹部で、支配地統括者アルメルの街担当のエルゼルドだ。仰々しい名称だけど、俺はあくまでもここの統治者やってるだけだから、あんまし緊張くていーぜ。……あと、俺の前に自己紹介した恋乃花様が強くない、とか言ってっけど、普通に強いから。俺も勝てないから。」

「……ふぁぇ……?」

「というわけで、これがわたしたちの関係性……って、あら? 大丈夫?」


 自己紹介を済ませて、メルアの方を見れば、メルアは茫然とした表情で固まっていた。

 そう言えば、途中で変な声も出してたっけなー。


 うーむ、元々一般人(?)だったメルアからすれば、そりゃ処理落ちしてもおかしくないか……一応俺、悪の組織の総帥ではあるわけだし。


「おーい、大丈夫かい?」


 処理落ち中のメルアさんの眼前で手を振る恋乃花。

 実際これ、現実だとまずやらない行動だよね。


「――ハッ! え、ま、ままま、待ってください!? え、あ、悪の組織……? あ、あの、み、みなさんは、わ、悪い人、なんですか……?」


 ようやく再起動したメルアだったが、開口一番にそんなことを言って来た。


「……まぁ、悪の組織だもの」

「ひぇっ」

「まあでも、安心するといいよ。ロビンウェイクは、悪人相手にしか悪いことをしないから」

「……そ、そうなん、ですか?」

「あぁ、そうだぜ。ってか、もしも俺たちが悪いことしてるってーんなら、ここの住民とか、普通に暮らせねーじゃん?」

「あ、た、たしかに……」

「だから、気にしないでもいいわ。ただ、わたしたちと一緒にいるのが嫌、ということであれば、そうね……自由に生きてもらって構わない」


 別に、無理して俺たちと一緒にいろ、とは思わないしな、俺。

 メルアにだって、自由に生きる権利があるんだから、自分のやりたいことをやって生きてもらいたってもんだし。


「……い、いえ! わ、わたしは、みなさんについて行きます!」

「いいの? 今ならまだ、ロビンウェイクで治めている土地で、平和に暮らすことができるけれど……」

「わ、わたしは、アリス様に救われましたので……え、えと、んっと……だ、だから、し、信じますっ!」


 顔を真っ赤にしながら、自分の意思を俺たちに伝えるメルア。

 なるほど、嘘は無し、と。

 ならまぁ……。


「わかったわ。あなたの意思を尊重しましょう」

「じゃ、じゃあ……!」

「えぇ。今日から、あなたもわたしたちの組織の仲間入りよ」

「は、はいっ! ありがとうございますっ! が、頑張りましゅっ! あぅっ、か、噛んじゃいましたぁ……」


 可愛いな、いやほんとマジで。


「そう言えば、あなたは家名はあるのかしら? ……あ、いえ。そもそも、あなたはこの街に家族は?」


 考えてみれば、この街の住民、なんだよな? メルアって。

 それに、エルゼルドがここを収めている以上、何も知らないわけがないだろうから……。


「え、えっと……わ、わたしは、その……ち、父親に、す、捨てられ、まして……」

「「「……へぇ?」」」


 メルアの答えを聞いた瞬間、俺たちの感情が一気に冷たくなっていった。

 なるほどなるほど……親に、捨てられた、と。


「エルゼルド、何か知っているの?」

「……そう言えば、一年前くらいっすかね。ちょうど、大将たちがいなくなって少しした頃に、なんか一人の少女がいなくなった、という話があったんすけど……」

「君、対応しなかったのかい?」


 エルゼルドの発言に、鋭い視線を向けながら、どこか刺々しい言葉で尋ねる恋乃花。

 正直、それは俺も思うが、どうなんだろうか?


「あー、いえ、言い訳するわけじゃないんすけど、その時丁度大将たちが行方不明でロビンウェイク全体がごたついてましてね。そんで、対応しようと思った時には、探すのが困難に……」

「……と言うことは、あの物件には、何らかの結界が張られていたのかもしれないわね。恋乃花、その辺りはどうだった?」

「あー、そう言えば何らかの結界はあった気がするけど、ボクたちの前では何の意味もなさなかったからスルーだったよ? というより、あの扉にかけられていたよ」

「……それ、早く言ってくれないかしら?」

「こればかりは申し訳ないと思っているよ」


 しかし、そうか。

 あの物件、何かを隠すための結界が張られてたのか……。


「けれど、エルゼルドの目を盗むと言うのは、なかなかよね? 恋乃花はどう思うかしら?」

「そうだね……ハッキリ言って、この国のNPC――あー、国民レベルでは難しいと思うよ」

「その理由は?」

「そうだね、簡単に言えば、この国には優れた魔法使い、もしくは魔道具職人があまりいなかった、と言うのが大きいと思う。先ほどの結界は、王族が直接従えている、宮廷魔術師と呼ばれる者たちでも難しい物だったからね」

「なるほど……それじゃあ、どのような方法で達成したと思う?」

「んー、そうだね……まず、この国にはボクたちのような組織が多いかどうかと言われると……まぁ、多くはなかったよね?」

「えぇ、そうね」


 この国は、あまりプレイヤーに人気があったかと言われると、正直微妙だったところもあるからな。

 何せ、インオブウォーという、新規プレイヤーを狙った、とんでもねぇテロ行為が毎日のように行われてたわけだからな!


 ちなみに、俺も参加したことがある。

 だがしかし、そんなことが起こる初期スポーンがあるのだから、当然プレイヤーたちは他の国に行く! と言って、それはもうさっさと出て行ってしまうことだろう。

 その結果、この国に組織の拠点を置くような物好きはあまりおらず、組織自体も少なかった、というわけだ。


 あ、こらそこ、俺のこと物好きのバカとか言わない。


「だけど、決して0だったわけではない。中には、ボクと同等とまでは行かずとも、なかなかの性能を持った魔道具もあったはず。そして、一年前と言えば、ボクたちプレイヤー、天外人がいなくなった時期でもある。つまり……」

「瓦解した組織の基地を偶然発見した者が、そこの魔道具を手に入れた、と」

「おそらくね。……もっとも、あくまでも可能性だけの話で、証拠も何もあるわけではない。けど、一番可能性が高いと思うよ、この国なら。……まぁ、もしかすると、本当に強力な結界を張れる者がいたか、もしくは魔道具を作ることができる者がいた可能性も、ないとは言い切れないがね」

「そうね」


 たしかに、その方法はあるかもしれない。

 俺たちはこの世界に来てから、俺が一ヶ月と半月で、恋乃花はまだ一ヶ月程度。

 しかも、活動範囲が主にアルメルの街だから、全てを把握できてるわけじゃない。

 強いて言えば、一応他の街を収めてるNPCたちから、情報が入るからまったく情報が無いと言うわけじゃないんだがな。


 とはいえ、他国とかにもいずれは行ってみたいところ。

 だが、まずは資金面の解決が先だからな。


 っと、思考が逸れた逸れた。


「あ、あの……?」

「ん、あぁ、ごめんなさいね。少し、考察をね。ところで、メルア。あなたに訊きたいのだけれど……」

「は、はい、なんでしょうか?」

「あなたは、なぜあそこに監禁されたの? 父親に捨てられたと言っていたけれど、何か理由があるのでは?」

「そこは、ボクも気になるところだね」

「俺も。ってか、大事な住民が知らず知らずのうちに監禁されてるとか、本当に不徳の致すところって感じだしな。頼むぜ、メルア」

「わ、わかり、ました」


 なんか、圧迫したみたいになったが、ここで理由を訊いて置かなきゃだろ。

 つーか、俺たちが治めてる街で事件が起こってる時点で、俺らが解決しなきゃいけない問題だからな。


「そ、その、実は……」


 と、メルアが自身の身の上を話し出す。

 その内容は、なんと言うか……俺たちの理性を一瞬で吹っ飛ばし、今すぐにでも犯人を突き止め、その場で殺そうと思うくらいにはクソだった。

 どうやら、一年前のある日、俺たち天外人がいなくなったことで、世界中がかなり騒動になったらしい。

 何せ、今まで幅を利かせていた悪の組織だけでなく、国や街、村などを守護していた秘密組織が無くなったわけだからな。


 当然、プレイヤーたちはそう言った天外人以外の悪に対する抑止力となっていたわけだが……まぁ、そんな存在がいなくなった後の世界で、悪い奴らがすることなんざ決まってると言えよう。

 古今東西、秩序を維持していた者がいなくなれば、当然悪事が増える。

 それはうちの組織が治めていた街も例外じゃなかったらしく、メルアもその状況に巻き込まれたようだった。


 メルアは監禁される直前まで、クズの父親と一緒に暮らしていたらしい。

 母親は、メルアが7歳頃に離婚したらしく、家にはいないのだとか。


 ただ、母親自身はメルアのことを嫌っていたことはなく、むしろなんとしてでもメルアの親権を取ろうとしたらしいのだが……どういうわけか、父親の方に親権が渡ってしまったらしい。

 今はこの街にはおらず、どこかへ行ったとのことだったが……ふむ、少なくとも生きていると思うので、探すとしよう。


 さて、そんな父親だが、ある日優しくなった日があったらしい。

 今まではろくに食事も与えていなかったはずなのに、しっかりとした食事を与えただけでなく、衣服まで買い与えたと言うのだ。


 この時点では、改心したのか? と思うかもしれないが……そんなことはなかった。

 父親が優しくなった日から少しして、メルアは父親に睡眠薬を盛られてしまったのだ。

 そして、気が付くと例の地下室に鎖で繋がれており……そこからはまぁ、言わない方がいいだろう。


 正直言って生々しいし、たった十二歳の少女にする仕打ちにしては本当に胸糞だ。

 しかも、最も腹が立つのは、その父親はなんと今でも生きているらしい。

 その上、監禁した連中から謝礼金と称して、多額の金を貰ったんだと。

 つまり、だ。メルアは売られたのである、その監禁した連中へ。


 ――というのが、メルアの身に起きたことだそうだ。


「――と、いう、わけ、です……ぐすっ……うぅっ……」


 話をしている最中、監禁され始めた辺りから、メルアは泣き始めていた。

 それはそうだ。そんな辛いで済ますことのできないことを経験しているんだから。


「ありがとう、辛いことを話させたわ。それにしても……」

「……そうだね。度し難いクズだね。その父親は」

「いや、監禁した連中もっすよ」


 そんな話を聞いた俺たちは、それはもうキレた。

 こんな可愛らしい少女が監禁された挙句、暴行されていたとか……ほんっとに腹が立つ。

 そして、エルゼルドの怒りが半端じゃない。

 そりゃそうだ。

 つい最近、誘拐事件を解決したと思ったら、また別件の事件が起きていたのだから。


「メルア、あなたの今の体は転生させた結果、新しくなっているわ。だから、物理的な部分はリセットされている。けれど……心はそうではないでしょう?」

「……は、はいっ……ひっぐ……」

「わたしは、記憶を消すことができる。あなたのその辛い記憶を消すことが」


 十二歳の少女が持つには辛い記憶だ。

 人間、誰だって忘れたい記憶の一つや二つあるもんだ。

 だが、メルアの場合はそんなもん今すぐに忘れてしまった方がいいだろう。


「……い、いいえ、わ、わたしは、消しません」


 しかし、メルアは驚いたことに、その記憶を残すと言って来た。

 これには他の二人も驚く。


「いいのかい? 記憶を忘れれば、もう泣くことはないんだよ?」

「い、いいん、です……その、えと……そ、そのことがあったから、えと、あ、アリス様に会えた、から……だ、だから、い、今は消したくない、です……」

「……そう。喜んでいいのかわからなくて、複雑な気持ちよ」


 出会ったばかりなのに、真っ直ぐそう言われると、正直複雑な気持ちになる。

 俺は元々男だから、まだ女性の価値観というものに詳しいわけでも、慣れたわけでもない。


 だが、この仕打ちを一般的な女性が受けたら、自殺しても不思議じゃないだろう。

 いや、そもそも一度死んでる時点で、自殺も何もないとは思うが……それでも、酷すぎる。

 なのに、俺に会えたからと残す健気さよ。


 俺、メルアは絶対に護ろう。うん。絶対に。


「しかし……ふむ。一つ疑問があるんだけど……そもそもなぜ、メルア君が監禁されたたんだろうね?」

「いやそれは、クズの父親が売り飛ばしたからっすよね?」

「いいえ、違うわ、エルゼルド。恋乃花が言いたいことはおそらく、メルアを監禁した者たちが、なぜメルアを狙ったのかよ。メルア、監禁されたのはあなただけだったの?」

「は、はい……わ、わたしだけ、です」

「となると……メルア君自身に何かがあるのかもしれないね」

「そうね。エルゼルド。メルアのことを調べてもらえるかしら?」

「それは、出生から現在に至るまでのこと、っすよね?」

「えぇ。お願いできる?」

「俺一人じゃきついっすけど、エヌルかイグラスに頼めば行けるっすよ」

「それなら、エヌル方がいいでしょう。早速呼ぶとしましょうか」


 メルアのことを知らばなきゃいけなくなったので、俺はエヌルを呼び出すことにする。


「《限定召喚門:開門『エヌル』》」


 例によって、NPCたちを呼び出すことができる召喚魔法を行使すると、魔方陣が出現する。

 そこから現れるのは、メイド服を着――ていないどころか、なぜか全裸のエヌルだった。


「――あら~? もしかして、お呼びしました~?」

「ちょっ、なんで服を着てないんだよ、エヌル!?」

「……あなた、着替え途中だったの?」

「おや、随分と典型的なサービスシーンだね」

「わ、わわわっ、き、綺麗なエルフのお姉さんです……! で、でも、どうした裸なんですか……?」


 エルゼルドは突然現れた裸体のエヌルに顔を真っ赤にしながら慌てて視線を体ごと逸らし、俺は呆れた様な口調(内心は申し訳ないと思ってる)で額に手を当て、恋乃花はなぜか楽しそうに感想を言い、メルアは突然現れた裸体のエルフに頬を染めつつ首を傾げていた。


 なんつーか、ごめん。


「せめて、着替えてから来てもらいたいのだけれど」

「いえ~、さすがに私の都合でお待たせするわけにはいきませんので~」

「その言い分だと、往来で呼び出しされた際にも裸だった場合、どう考えてもあなたが痴女と言うことになってしまうのだけれど」

「まぁ、アリス様を優先しなければ、ロビンウェイク所属としては恥ですからね~」

「……恋乃花、あなた総帥やらない?」

「ははっ、絶対にお断り」


 うわ、鼻で笑われてから断られたんだけど。

 酷くない?


「ちなみに、理由を訊いても?」

「ボクは人の上に立つのは柄じゃない」

「でもあなた、探偵事務所の所長よね?」

「だから、そこはやはりボクたちの中で最も適性があった、アリス君に任せるのが楽――もとい、一番安心だと思ったのさ」

「今楽って言わなかったかしら?」


 スルーされたと思ったら、普通に楽とか言われたんだけど。

 それ、単純にめんどくさいから頼むね! 的な意味合いだよね? やっぱ酷くね?


「それに、話を聞く限りでは、ロビンウェイクのNPCは君を最も慕っているそうじゃないか。そんな中、ボクがトップになると言うのは、色々と厄介なことになりそうだからね。あと、ボクは性格が明らかにそちら向きじゃない。探偵事務所だって、よほどの依頼じゃない限り個々人での対応だからいいわけであって、ボクは向かないよ。もう一度言うね。ボクは向かない」

「向かない言い過ぎじゃないかしら?」

「それくらい、ボクは向かないと言う事さ」


 なんだろう、すごい釈然としないのに、地味に納得してしまった自分が恨めしい。

 しかし……俺が慕われてる、ねぇ……?

 俺の場合、慕われてるってか、重い忠誠心を向けられているだけな気がするんですがそれは。

 ってか、俺が呼び出したら、例え全裸でも来るような奴なんだぜ? どうなん? それ。


「はぁ……ともかく、今すぐ服を着るように。エルゼルドが困っているし」

「わかりました~。では……『換装』」


 エヌルがとある魔法を唱えると、おびただしい量の光が発生し、エヌルの体にまとわりついて行く。

 そして、光が消えると同時に、エヌルの体には見慣れたメイド服が身に付けられていた。


「ふわぁ~、すごいです!」


 初めて見る魔法だったのだろう、一瞬で着替えたエヌルに、メルアが興奮していた。

 今しがたエヌルが使用したのは、換装という魔法で、予め設定しておいた衣類をどんな場所だろうが一瞬で着替えることができると言う魔法だ。


 便利枠と言う奴だな。


 VEOでは、物理耐性が付いた防具を身に付けつつ、換装の魔法で魔法耐性が付いた防具を付ける、という用途が一般的だったな。


 まぁ、最終的には、両方の効果が付いた防具を付けることになるので、あまり意味はなくなったんだがな。

 その他にも、お気に入りの衣服に着替える、と言う方法で用いるプレイヤーが多かったりする。


 ちなみに、この魔法の熟練度を上げれば、設定できる数が増えたりする。


「あら~? アリス様、こちらの女の子は~?」


 興奮した様子のメルアを見て、こてんと小首を傾げながら、メルアについて尋ねてくる。


「ん、紹介するわ。今日からロビンウェイクに入る、メルア=ベルカよ。わたしの眷属だから、一応はイグラスとあなたとほぼ同じ位にいると思っていいわ」

「あ、あのっ、め、メルア=ベルカ、ですっ、よ、よろしくきゅおねがいひまひゅっ! あぅっ……」


 おぉぅ、そこで噛むか……しかし、恥ずかしそうに顔を真っ赤にしつつ、顔を手で覆う姿は何とも愛くるしい。

 うんうん、素晴らしく可愛らしいです。


「あ、あらあら、あららららあら~~! とっても可愛らしい方ですね~! その上、アリス様の眷属ですか~。ふふふ、初めてですね、ヒト種の眷属は~」


 そして、エヌルの方もメルアを可愛いと思ったようで、すごい嬉しそうな表情だ。


「えぇ。というわけだから、各所属員たちに通達をしておくように、イグラスに伝えてくれる?」

「わかりました~。じゃあ、私の要件は終わりですか~?」

「いえ、本題は別よ。一つ、エルゼルドと協力して調べてもらいたいことがあるの」

「なんでしょうか~?」

「この娘なんだけれど――」


 と、俺はこれまでの経緯を説明。

 その間、話を聞いていたエヌルは、それはもうブチギレたような表情に変貌。


 正直、エヌルがキレると圧がすごくてね……。

 迫力があるんよ、マジで。


「――というわけなの。だから、この娘について調べてほしくてね」

「なるほど、なるほど~……わかりました~。すぐに行動に移るとしましょうか~。エルゼルド、手伝ってくださいね~」

「もちろんだぜ。ってか、俺が任された土地でこんなことがあったんだ、どっちかってーと、エヌルが手伝う側じゃね?」

「ん~、それもそうですね~。では、私も手伝うので、頑張りますよ~」

「おうよ!」


 と、所属員同士はやる気をかなり見せてるみたいだし、問題なしだな。


「とりあえず、わたしたちはこのまま店を続行ね、恋乃花」

「そうだね。もっとも、二、三日はさすがに休みにした方がいいとは思うけど」

「それはどうして?」

「いや、昨日の今日で店舗が大きくなったのに、倍以上商品が増えていたら怪しまれるだろう? だから、最低限休みを設けた方がいい」

「なるほど……一理あるわ。それなら、その案で行きましょう。それなら、わたしたちも調査に――」

「いえ、それには及びませんよ~」


 俺たちも調査に乗り出そうと言おうとしたところで、エヌルから待ったが入った。


「そうっすよ、大将。これは、俺たちが未熟故に起こったことっすから。大将たちは休んでてほしいっす」

「むしろ、我々で十分ですので~」

「そ、そう? それなら、お言葉に甘えてそうさせてもらうわ。メルアは……」

「わ、わたしも、い、一緒じゃ、ダメ、ですか?」

「いえ、全然ダメではないわ。一緒に過ごしましょうか。どのみち、あなたはもうわたしたちの仲間で、家族のようなものだから」

「ふふ、そうだね。この世界では、組織はある種家族のようかもしれないね」

「家族……わ、わたしも、ですか?」

「もちろん。そもそも、わたしの眷属になったのだから、当然よ」

「アリス様……あ、ありがとうございますっ!」


 メルアは家族と言われたのがよっぽど嬉しかったのか、とてもいい笑顔でお礼を言って来た。

 しかし……ふぅむ。


「メルア、様は付けなくてもいいのよ?」

「え、で、でも、アリス様は、その、そ、組織の一番偉い人、なんです、よね? だ、だって、エルゼルド様や、エヌル、様、もすごく敬ってるみたい、なので……」

「わたしとしては、あまり様付けは好きじゃないから、止めてほしいとは思っているけれど……」


 ちらり、とエヌルとエルゼルドを見やれば、にっこりと微笑んで、


「「無理ですね~(っすね)」」


 この通りである。

 こいつら、プレイヤー相手にやたらと忠誠心を見せるっぽいからなぁ。

 特に、俺なんて組織の総帥なんてもんをやってるからか、生みの親以上に好かれてるっぽいし……それはそれでどうなん? もっと親を大事にした方がいいと思います、アリスちゃん的に。


「ま、まぁ、見ての通りなの。けれど、あなたは今日入ったばかりの新参。であれば、無理して様を付ける必要はないわ。それに……あなたはまだ、十二歳なのでしょう? もっと甘えてもいい年なのよ? だから、様付けは必要ないの。自由に振舞っていいわ」

「じ、自由に……あ、甘えても?」

「もちろん」


 上目遣いに聞き返してくるメルアに、俺は小さく微笑んで、それを肯定した。

 すると、メルアが頬を赤く染めながら、もじもじとし始めた。


 これは、何かを言いだそうとして、だけどちょっと恥ずかしい、でも言いたい……みたいな感じかね?

 俺は待ちますとも。


 そうして、しばし口を開くのを待っていると、メルアの小さな口が開き、


「じゃ、じゃあ、あの……お、お姉ちゃん、って呼んでも、いい、ですか……?」


 と言って来た。


「……んんっ!?」

「ぶふっ」

「あら~」

「へぇ~」


 まさかのセリフに、俺は一瞬間を空けてから驚きの声を上げ、恋乃花は不意打ちに噴き出し、エヌルは微笑ましい物を見たと言わんばかりの笑みを浮かべ、エルゼルドは興味深そうに、だがこちらも概ねエヌルと同じような反応を見せていた。


 あ、姉と来たかぁ~っ!


「た、確かに家族とは言ったけれど……あ、姉?」

「は、はい……だ、だって、アリス、お姉ちゃんは、えと、あの……や、優しいし、すごく落ち着いてるし、それに……い、いろんな人に慕われてると思った、から……お、お姉ちゃん、って、思って……」


 な、なるほど……。

 しかし……十二歳、か。


 日本では小学六年生。

 年代が進むごとに、どんどんませていくのが今の日本の小学生ではあるが……やはり、いつでも簡単に知識が得られる現代日本とは違い、異世界じゃご近所ネットワーク的な物でしか知識は得られないよな。


 この世界、学園とかがあるにはあるが、大多数が貴族や貴族ではなくとも商会の令嬢や令息が行くような場所ばかりみたいだし、知識を得る機会も少ない、か。

 それに、メルアは少し前まで監禁されていたわけだ。

 しかも、父親に売られた、という経緯で。


 となれば……頼れる人物がおらず、家族がいないようなもので? そんな中俺と言う存在が、蘇生をしてしまった、と。


 ……あ、これ確かに姉とか言われても不思議じゃないわー。

 言ってしまえば、心の拠り所に俺という存在が収まってしまった、ということか。


 なるほどなるほど……うーん、これ、俺が悪いね。

 ならば、責任を取らなければいけないのでは?


 だって今にも泣きだしそうだもん、メルア。

 って、泣き出しそう!?


「だ、ダメ、です、よね……? わ、わたしなんかが……」

「い、いいえっ! ぜ、全然ダメではないから!」

「ほ、本当、ですか……?」

「本当も本当。いくらでも、わたしをお姉ちゃんと呼んでもいいから」

「じゃ、じゃあ……アリスお姉ちゃん……」

「……っ」


 や、やばい、なんか変な扉が開きそう。

 俺、瑠璃姉という従姉ではあるが、姉のような存在の人がいたからか、俺弟属性なんだが……妹、いいな。これ。

 こんなに可愛い妹なら大歓迎だ。


「……アリス君、なんだか、今まで見たこともないくらいに表情がぷるっぷるしているんだけど?」

「――はっ! こ、こほんっ! そ、それじゃあ、今後メルアはわたしの妹という扱いにするわ。いいわね、三人とも」

「あぁ、もちろんだとも(にやにや)」

「わかりました~(にやにや)」

「了解っすよ(にやにや)」


 くっ、こいつらのにやけ面がムカつくっ……!

 っていうか恋乃花に至っては、さっき思いっきり笑ってたろ!?

 俺が元々男だと知っているからだろうが、だとしても本人の前で普通笑いますかねぇ!?


「え、えへへぇ~、お姉ちゃ~ん……」


 だ、だがしかしっ……今俺の真横ですごく幸せそうな笑顔で俺に抱き着いているメルアの前だっ……下手に怒鳴ることなどできんっ。

 というか、アリスのロールプレイ中に怒鳴るとか、マジで解釈違いも良い所だから、余計にできねぇ!

 くそうっ、おのれヴァルフェリア! 俺をこんな姿にしやがって!


 いやまぁ、この体自体は俺が作った物だけども! だとしても、こう……せめて元の姿に戻れる! くらいはしてくれよ……嫌ほんとに……。


 ……あ、いや待てよ? 考えてみれば『淫魔姫』の力で、一応は元の世界の姿になれるのでは……?

 性別自体は変更不可だが、それくらいならできる気が……。

 いや、でも、元の姿から逸脱した体と言うのは、それなりの魔力を消費するし、同時に維持にも使うからなぁ……。

 ま、まぁ、実験でやろう。うん。


 ってか、俺も男の姿で、心置きなくこの世界を見たいし。

 ロールプレイも楽しいけど……。


 と、俺は実験のことを考え、俺に対して生暖かい眼差しと、にやけ面で見てくる三名+俺に抱き着く妹については逃避することにするのだった。


 ……尚、俺はエルゼルドに、竜業会について尋ねるをすっかり忘れていたことを、後々になって思い出したが、その時には既にエルゼルドが仕事を始めてしまったので、聞くことが出来なかった。


 わ、忘れてたぁっ……!

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悪の組織(建前)のロールプレイガチ勢な総帥、ゲームに似た世界で暮らす 九十九一 @youmutokuzira

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