【KAC20247】花を売る街 (KAC2024 第7回お題・色)

@rnaribose

【KAC20247】花を売る街……

 空が群青に暮れなずむと


大門の提灯に灯が入れられる


それがまるで合図、だったかのように次々と明かりがともりだす。


橙色に輝く街は、この瞬間眠りから覚めた。



きらびやかな衣装を纏う色とりどりの華やかな蝶

蝶を目当ての男たちが通りを行きかう


美しい蝶たちは競うように

男に微笑み、声をかけ、袖を引く


そこかしこに上がる嬌声

むせるような白粉の匂い




ここは島原、いろを売る街……



化粧をしていなければ、まだ少し幼さの残る顔が鏡の中から自分を見つめている。

鏡の自分を見つめ返し、雨の日に出会った若侍のこと思う



涼やかな瞳の若侍は

凛としていながらも優しそうな笑みを浮かべていた


聞けば若侍は毎日、上役のお供として島原に来ているという。


上役はすぐ近くのお気に入りの店で遊び、若侍はいつも楼には上がることはない。

店の前で酒癖の悪い上役の遊びが終わるのを待っている。

自分はいわゆるなので妓楼で遊ばないのだ、と言う。


待っている間の手持無沙汰そうな様子が気の毒で、

いつからか客がついていない時は店の軒先に出て話し相手をするようになった。


そうして話をするようになって何度目だろう


優しそうな笑みを浮かべるこの若侍が近頃、都で悪評高い壬生浪の仲間、藤堂平助と知ったのは……





「……桜がちょうど見ごろらしいです。少しだけ見に行ってみませんか 」


四月……どこも桜が満開の季節


島原でも格式高い揚屋、角屋の庭の桜が満開で外から見物できるという。


思わぬ誘いに少し驚く


それ以上に……


うれしい、という気持ちが抑えられずに大きくうなずいていた……

頬が朱に染まるのを気づかれてはいないか心配になるほど熱くなる



角屋の周辺は夜桜見物としゃれこんで

お気に入りの花魁を連れて見物する人でにぎわっていた。

庭で篝火をたいているようで桜が火に照らされて赤く揺れている


人込みの中、二人で桜を見上げた


「……きれい 」

「ええ…… 」


ちょうど風に吹かれて花びらがひらひらと舞う


隣に立つ若侍、藤堂平助が手を伸ばして花びらを一枚手にした。

その花びらを見ながら

「私の上役がここは鮮やかで美しい世界だと……きれいな花が咲きほこる桃源郷だと言うのです。」


「桃源……郷……男のかたにとったらそうかもしれまへん 」


藤堂平助は少し苦笑すると手の中の桜に目を落とす「……枝にたくさん咲いてるときは桜色に見えるのに。こうして一枚だけだと白っぽく見えますね 」


花びら一枚でも桃は鮮やかで濃い


桜は一枚では……そう、藤堂平助の言うようにむしろ白く見える


ここは花街……売られた女が集まる街


きっと一人一人はこの一枚だけの花びらのように淡く、儚く、幸薄く……

消え入ってしまいそうな存在


そんな女が集まって精一杯咲く、消えないように……


そうして華やかに色づいた街


そこが島原なんや……


女たちが桜色いろを売る街……



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