モノクロの世界が色付いて

あすれい

第1話

 初めての恋をした。

 きっとこれは必然だったんだと思う。



 これまで私はずっと否定され続けてきた。


 始まりは私が保育園児の頃。お絵かきの時間のことだ。それが誰だったかなんてもう忘れてしまったが、「そのえ、いろがへんだよ」そう言われた。その声に反応した他の子達からも、変だ変だと口々に言われて。


 泣きながら家に帰り、お母さんに話したら病院へと連れて行かれて、そこで色覚異常と診断された。


 お母さんもお父さんも、何度も私に謝った。


 でも当時の私はさほど気にしていなかったように思う。生活に不自由がなかったわけではないが、それは知識が補ってくれた。


 中学に入ると、私は美術部に所属して絵を書き始めた。きっと反抗期だったんだろう。世界に対する反抗、私の世界が否定されることへの抵抗だったのかもしれない。


 この頃になると両親が私に謝るたびに、自分を否定されている気がしていたんだ。


 でも、そこでも私は否定され続けた。他の部員達は私の絵を見て笑い、顧問の美術教師からはまじめに描けと怒られた。


 私を理解してくれる人はいなかった。そりゃそうだ。誰にも色覚異常のことは話していなかったのだから。


 私の目には、色はただの濃淡でしかない。適当な絵の具を適当に混ぜ合わせて、ただ描き殴っているだけなのだから。


 高校生になってもその反抗は続いた。やっぱり美術部に入部して絵を描いて。


 高校で初めての絵を描きあげた時だった。3年生の先輩が私の絵をじっと見て言ったんだ。


「この絵、すごくいいよ」


 って。最初私はそれを素直に受け入れられなかった。否定されることに慣れすぎていたんだと思う。


「この絵の、どこがいいと思ったんですか?」


 気付けばそう尋ねていた。


「色使いがいいよね。君の世界がこの一枚の中に凝縮されてるみたいで」


 その言葉を聞いた瞬間、世界の見え方が変わった気がした。鮮やかに、色に溢れたように。


 実際には私の目に映る色は変わっていない。ただ、認識が変わった。初めて肯定されたことで私の中で確かに何かの変化が起きたんだ。


 それからも私は絵を描いて、そのたびに先輩は褒めてくれた。もっと見てほしいと夢中になった。描いて描いて描き続けた。初めて幸せだと思える時間だった。


 でも、それも長くは続かない。3月、先輩は卒業する。そうなれば私の絵を褒めてくれる人はいなくなる。


 3月、出会いと別れの季節。色は桜色。そんなの知識としては当然のように知っている。


 だから──


 私は、それを塗り替える。私の世界でそれを置き換える。


 卒業式の後、私は先輩を探して校内を駆け回った。走って走って、ようやく見つけた先輩は美術室で私の絵を眺めていた。


 その後姿に向かって叫ぶ。


「先輩っ! 好きです!」


 離れたくない、もっと私の絵を褒めてほしい、私の世界を肯定してほしい。ただその一心だった。


 先輩はゆっくり振り返ると、私の顔を見て微笑んだ。


「僕も、もっと君の絵を見ていたいよ」





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

モノクロの世界が色付いて あすれい @resty

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ