思い出堂
冬みかん
不思議な店
劇場のブザーのような音が突如暗い部屋に鳴り響き、目が覚める。
どうやら長いこと眠っていたようだ。
そんなことお構いなしに眼の前の女の子は語り始める。
「ねぇ、貴方は思い出堂って知ってる?
迷える人のそばに現れて、自分の思い出と引き換えに何でも願いを叶えてくれるんだって。
え?そんなの嘘だって?
そうれはどうかな。
まぁ、信じるか信じないかは貴方次第なんだけどね。
雑誌とか新聞が思い出堂を追ってるけど、未だに見つかってないんだよ。
なんてったって…魔法が関わってるからね!
魔法について知りたい?んー、ちょっとだけだよ?
「魔法の宝石」に使うんだ。
貴方のお願いを叶える大事な宝石だよ!
でも…私利私欲のために使うと、とっても恐ろしいことが起こるんだって」
魔法?思い出?今の自分には何も分からない。
そう考えていると、舞台袖から人間らしい手が伸びてきた。
段々と女の子の口調はゆっくりになっていき、かた、かた、と音を立ててついには動きを止めてしまった。どうやらからくり人形だったらしい。
そしてついに、幕を片付け始めた人物と目があった。
「これはこれは…お客様でしたか。驚かせてしまいましたかね。今、お茶をお出しします」
フランス人形のような整った用紙の美少年が出てきて、キッチンへと歩いていく。
その少年と目があったことよりも、もっと衝撃的なことが次の瞬間に起こった。
少年は指をひとふりするなり、お湯をパッと湧かせたのだ。
そのまま指をパチンとすれば、ティーポッドはひとりでに動きだし、砂糖もミルクも勝手に調合されていく。
そして最後はお茶菓子を載せたお盆に乗せられて、何気ない顔で少年は戻ってきた。
「ええと…お客様のご依頼は?」
少年はこちらを向いて話しかける。
そういえば…見渡す限り雑貨屋のような見た目だ。
それにさっき…ここは思い出と引き換えに…とか言ってたような気がする。
「ええと…元の世界に帰してほしくて」
絶対に無理だろうと思いながら言ったのに、彼は「はい。かしこまりました」と言った。しかし、途端に申し訳無さそうな顔になり、
「お客様…思い出が…」と言った。
「お客様に思い出が何一つ入っていなくて…」
はじめての事例だったようで、彼も目を丸くしていた。
「困りましたね…思い出と引き換えに願いを叶えるお店ですから、思い出がなければ話になりません…」
「…え?」
「元の世界ということは、元々は別の場所に居たということ。こちらの世界での思い出が存在しないということでしょう」
なるほど、よく分からない。
うーんと暫く唸った後、彼は手をぱちんと鳴らした。
「そうだ!思い出堂で働きませんか?特例でとしてお迎えいたしますよ」
「はたら…く?」
「住居もありますし、働いていただいた分でお仕事は受けましょう。土地についても分かってきますよ」
そんな…急に決まったことで唖然としていると、「説明をします。着いてきてください」と彼は店内を案内し始めた。
こうして不思議な世界での生活が幕を開けたのだった。
思い出堂 冬みかん @KoshiannhaSeigi
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