六人目の黒いヒーロー

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六人目の黒いヒーロー

「だから絶対白井じゃないって言ってるじゃないですか!」

 幼馴染みの隆太郎は昔から沸点が高くて、何かと先生やクラスメイトに突っかかっている。それは彼の熱い気持ちから来るものであり、正義感の強さゆえのことであるとも僕は分かっているから、またやってるなぁと思いながら隆太郎を見守っている。

 きっと戦隊ヒーローなら隆太郎は主人公の赤色なんだろう。小さいときはいつも赤いフィギュアを握りしめていたし。

「本当なんです。私は本当にやってないんです!」

 同じクラスの白井さんが、今日の放課後も担任であり部活顧問である茶嶋に半泣きで訴えている。もうこの光景も七日目になるだろうか。

 白井さんは水泳部で、昨年もベストエイトに入った期待の選手だった。記録を更新し続けているため、今年は優勝するのではないかと噂されている。

 しかし一週間前、水泳部で窃盗事件が起こった。白井さんのカバンから、部活の同期の青木さんの財布が見付かったのである。彼女はもちろん否定したが、その日彼女は用事で部活の途中に帰っていた。更衣室を出入りしているのが彼女しかいないため、他に怪しい人がいなかった。

 白井さんは一ヶ月後にインターハイを控えているため、もしも盗んだのが彼女なら出場は出来なくなるだろう。

「白井はやってないって言ってるじゃないですか! なんで調査しないんですか? 事件ですよ!!」

 隆太郎が先生に噛み付くが、先生はまともに取り合おうとはしない。

「そんなことをしたら白井が捕まるだけだろう? そしたら白井も困るんじゃないか?」

「白井じゃないことをはっきりさせるために調べろって言ってるんですよ!」

「止めといた方がいいと思うぞ。俺は白井を警察に付き出したくはない」

 学校としては大事にしたくないため、内々で処理しようとしているらしくずっと相手にされていなかった。

 隆太郎は力が及ばず、苛立ちのままに拳で自分の机を殴り鈍い音が響いた。隆太郎は何かあるとすぐに手が出てしまう。幼いときは言い合っている相手をすぐに殴っていたことを考えると、こうして怒りを発散させられるようになったのは良かったことだと思う。

 ただ怪我をされると僕は少し困ってしまう。絶対に巻き込まれることになるから。なんせ僕は――

「保健委員!」

「はい、僕です」

 保健委員だからだ。保健委員は当番や定期会議などがほぼ無くて楽だから毎期やっていた。一だからクラスメイトが怪我をしたり体調不良にならない限り、仕事はほぼないと言える。逆に言えば、頻繁に怪我をする奴がいたら毎日仕事があるということである。

「高久、隆太郎を保健室に連れていってくれ」

 席を立ち、隆太郎を先生から引き剥がすようにして教室から連れ出した。

「なんか方法は無いのかよ! 絶対に白井はやってないのに」

 白井はやってない、ということに関しては俺もそう思っている。けれど証拠は何もなかったから、否定も出来なかった。

「なんで白井の気持ちを分かってやれないんだよ。先生って娘さんもいた筈だよな? あれで教師も親もやってるって、日本の教育はどうなってんだよ!」

 隆太郎が幅の広い悪口を言い始めたので、僕は保健室で手当てをするまでまあまあと宥めることにする。



 僕が動けるのは、下校時刻を過ぎてからだ。

 茶嶋は職員室で呑気に緑川先生と話していたから、僕は適当なことを言って水泳部の更衣室へと連れ出した。しかし、予想外なことが起きてしまった。隆太郎に途中で会ってしまったのだ。

「高久と帰ろうと思ってたんだけど……これはどういう状況?」

「これはえっと――」

 誤魔化すための言葉を探したが、僕は止めた。そろそろ言ってもいいのかもしれない。だから僕は隆太郎も更衣室へと連れていく。

「青木さんの財布を盗ったのって、茶嶋先生ですよね」

 僕は単刀直入に先生に聞く。

「そんなわけ無いだろう? 大体、証拠は?」

「証拠はないです。けど一週間で弱味は揃いましたよ」

「弱味? そんなことで俺が動くとでも?」

「ええ、動かすための弱味です」

 僕はカバンから封筒を取り出した。

「まぁ単純にあの日は白井さんの他にそんなことを出来そうなのが先生しかいなかったから先生だろうなと思ってたんですが、調べたら先生が犯人としか言えないような情報ばかりだったのでやっぱり先生だと確信しました」

 封筒の写真を先生の目の前に出す。 

「先生の娘さんは僕たちと同じ年で水泳をやっているそうですね。白井さんがインハイに出たら、先生の娘さんは優勝出来ないんじゃないですか?」

「俺は娘のことを信じてるから、そんなことをするはず無いだろう」

「あと緑川先生と不倫してますよね? それについては写真が撮れたので証拠は出来ました」

「写真は合成とでも言い張ればなんとでもなる」

「そうかもしれません。僕にはこれ以上の証拠はない。――ということで強情な先生の足の指を順番に折っていこうと思います。白状したらすぐに終わりますよ。水泳では結構大事みたいですよね、足の指。僕はやってないんでよく分かんないですけど」

「は?」

 呆けている先生の隙を付いて地面に倒し、隠していた手と足に手錠を掛ける。その様子を前に、隆太郎は何も言えないでいた。

 僕は腕をほぐし始める。指を折るのは慣れていた。恐いかもしれないが単純骨折で済ませるから、安心して欲しい。

「高久……それはさすがにヤバイんじゃないのか?」

 隆太郎は言うが、僕はやると決めたらやるので揺らぐことはない。

「白井さんを守りたいだろ?」

「そう、だけど……」

「ごめんな、隆太郎。お前には今まで黙ってたけど、こういうの初めてじゃないんだよね。心当たりない?」

 隆太郎はハッとしたようにこちらを向いた。やっぱり、薄々気付いてたんだな。

「……俺が文句を言ったら、その日は変わらなくても次の日には相手が考えを改めたことが何度かあったな。何か、俺の知らないところで何かが起きてるような気はしてた」

 隆太郎がヒーローの赤なら、僕はきっと六人目の黒。いや、ヒーローでさえ無いのかもしれない。悪者側なのかも知れない。

「お前はずっとこういうことやってたんだな……」

「ごめんな。けどお前はの片棒、ついでくれるよな?」

 戸惑いながらもゆっくりと、隆太郎が頷いた。

「じゃあまずお前が先生の指折ってみよう。大丈夫。隆太郎なら初めてでも上手くやれるよ」

 隆太郎が震えながら先生の足の指に手を掛ける。

 嫌な音がした。

 先生が叫ぶ。

 隆太郎、今まで黙っててごめん。俺は正義のためなら、お前のためなら、どんなに黒い色でも染まるよ。

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