第2話 ドーナツ

 店に着いてから雪かきをしていると、別のスノーダンプを引っ張ってくる姿が見えた。

「店長、おはようございます」

 アルバイトの堂川沙苗さんだ。彼女も、隣町のユニクロで買ったというダウンジャケットで身を包んでいた。


「おはようございます。今朝も早いですね」

 僕もあいさつした。

「なんか早く起きちゃってさあ。やることもないし、早く来ちゃった。雪かき手伝うね」

「いつもすみません」


 雪かきのあと、店内でドーナツとコーヒーを振る舞った。規定業務以外の仕事を手伝ってくれた彼女をねぎらってのことだ。

 堂川さんは「やりぃ」と顔をほころばせ、ドーナツにかじりついた。

「揚げたてのドーナツほどおいしいもんないですよ、店長。いい朝ご飯になりました。マジありがとう」

「よろこんでくれたら作った甲斐があるよ」

 僕は言った。

 うれしそうに頬張る、その顔に思わず笑みを誘われた。


「そういえば、堂川さん。きょうここに来る途中に変なものを見つけたんだけど」

「変なもの? なになに?」

 堂川さんは僕のいる調理場に向かってカウンターから身を乗り出した。近くで見るとつくづく美人だ。このあたりは肌の色が透けるように白い人が多い。秋田美人というやつだろう。

 彼女はこの地区では珍しい二十歳のフリーター。YOUTUBEの配信で儲けようとしているが、いまいち再生数が伸びないという。

 そのため「変なもの」と聞けば食いつきがいい。

 僕は説明した。


「店長、それ万灯祭ばんとうさいだよ」彼女は肩をすくめてみせた「なんだ、うちからすると珍しくもなんともないよ」

「万灯祭、なんだいそれは?」

「この地区の春彼岸のまつり。きょうは春分の日でしょ。先祖を供養する行事だかで毎年やってるんだ」

 そう言って堂川さんは真っ黒なコーヒーを飲み込んだ。


「どんなおまつりなの?」

「田んぼのあぜ道とか川べりとかにずらっと火の点いた棒を並べるの。――600メートルぐらいだったかな? 結構な長さにわたってやるんだけど」

 なるほど、きょう見たのはそのための棒か。僕は納得した。


「まあまあ、きれいだよ。店長も今夜店終わった行けばいい」

「そんなお祭りがあるんだね。この辺でもやるの?」

「やんないやんない。国道沿いじゃやんない。もっと集落のなかのほうでやるから」


「まつりの準備は誰がしているんだい?」

「地区の協議会のひとたち。うちの父ちゃんもメンバーだけど」

「そういえば、僕も協議会のメンバーだった。共同作業があるなら顔出しくらいはしないとだね」

「まあ、地区の男の人はほぼ強制的にメンバーになるから。でも、別にやらんでいいですよ。店長は店があるし。このまつりはやりたい人がやるだけですから」


「そうはいうけど、他所よそから来て受け入れてもらえたからね。なにかで返さないとな。準備作業に参加したい。堂川さん、連絡つけられるかい?」

「待って待って。その作業のあいだあたしは店番ですかぃ? ドーナツなんて揚げられないんですけど」

 堂川さんはしぶい顔をした。

「そこは抜かりなく。作り置きしてくから安心してよ」

 僕はほほえみかけた。

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