万灯の色彩

馬村 ありん

第1話 亡霊

 携帯電話の白い光が、妻の頬こけした顔を闇夜に浮かび上がらせていた。

 その顔がまるで亡霊のように見えたものだから、僕は目を見張って、いつもの妻に相違ないことを実感するまでその横顔を見つめていた。


 妻が見ていたのは数年前に撮られた動画だ。もれ聞こえるのは、にぎやかな笑い声――ヒロキと、僕と、妻の笑い声。


「眠れないのか」

 となりに横たわる妻にたずねた。

「ヒロキがポニーにニンジンをあげてるところよ」

 視線を画面に釘付けにしたまま、妻は言った。

「ポニーに会いたい会いたいって言ってたのに、いざ目の前にすると怖気おじけづいちゃったの。でも、ほら、あなたが背中を押してあげたら、ヒロキはちゃんとポニーに手を伸ばしてエサをあげて――。見て、このよろこんだ顔」


「かわいいな」

 僕は言った。

「かわいいわ。自慢の息子よ」

 妻が楽しそうなのは、過去の思い出に浸っているときだけだ。もう戻らない過去の思い出に心を浮遊させているときだけだ。

 それはつまり、現在に生きていることを意味しない。過去に生きるのは亡霊だけだ。

 そんな生き方をする妻を僕はどうしたらいいのかわからない。

「かわいいな」

 僕は繰り返した。


 アラームの音で目覚めた。

 午前五時三十分。

 ベッドから抜け出して、クローゼットに入った。眠る妻を起こさないよう気をつけながら、シャツとブラックジーンズに着替えた。その上からダウンジャケットを羽織った。

 外はまだ寒い。僕は迷ったすえ、白のニットキャップを頭にかぶった。

 

 今年は暖冬で雪も少ないと聞くが、僕の住む地域は例外だ。

 天気予報によるときょうの積雪は二十センチ。例年はもっと降るらしいが、それでも地元民じゃない僕は圧倒された。


 雪の積もった農道を歩いていると妙なものが目についた。

 地面に鉄の棒が並べ立てられていた。僕の胸元あたりまで届く長さで、その先端には透明ビニールの袋がさげられていた。

 袋の中には何かが入っていた。白い息を吐きながら目を凝らした。どうやら丸めた布切れで、油のようなものを染み込ませてあった。

 ――何だろう、これ?

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