KAC20247 ある日、世界の色が変わった

久遠 れんり

世界が変わった日

 放課後、俺はいつもの様に、ぼーっとグランドを走る女の子を見ていた。

 別に俺が、ドスケベの変態だからではない。


 女の子は、夕霧 恋ゆうぎり れん

 幼馴染み。


 家の横に建っている大きな屋敷の娘。

 なぜか、毎日、小さな俺の家へと遊びに来る。


 いつも練習が終わるのを待って、一緒に帰る。

 それは恋が、ひいき目で見なくても、かわいいからだ。

 だから俺は、中学校の時から、送り迎えを始めた。

 どうせ、家へ遊びに来るし。

 それが日常。



 だけど、いつもの日常は、今終わった。


 突然突き上げるような地震。


 それと同時に、学校の外には、奇妙な山が幾つも、いきなり生えた。


 空は赤くなって止まり、森は黒く。

 土は腐り、海も腐って赤く見える。


 そして、死霊が徘徊する世界。

 そう、世界は地獄と混ざった。


 ――ただ、闇は変わらずやって来る。


 今はまだ、電気が来て、水も出る。

 ネットでも変わった瞬間から、すごい勢いで書き込みが増えていく。


 さっと目を通しただけだが。


 おれは、教室を出て、すぐに走り出す。

 当然、恋を迎えに行くためだ。俺はグランド横にある部室棟へ向けて走る。

 教室にあった鞄を、二つとも持って。


 土が、ぐにゅぐにゅで気持ち悪い。踏むとどろっとした水が滲む。


「恋」

 事故は起こしたくないから、外から声をかける。

 きっと中では、着替えの最中。

 いきなり、開けるなんていうことはしない。

 だが、俺の思いを無視して、叫び声と共にドアが開き、人が飛び出してくる。


「幽霊が……」

 そう言って、抱きついてきたのは誰だったか?

 着替えの途中だったのだろう。その格好を見て、思わず顔が緩む。


「ええいっ」

 中で恋の声がする。


 そして、くぐもった叫び。

 聞いただけで髪の毛が逆立ち、首の後ろがザワつく。


 もう一緒か。そう思い、部室内部を見ると、木刀を持った恋と、消えゆく黒い何かもやのような物。

 そして、恋の持つ木刀が光っている。


「恋」

 声をかけると恋はこっちを見入る。

 一瞬嬉しそうな顔をしたが、状況がわかったのだろう。


「あっ。幼馴染みの神渡 真一かみと しんいち君。心配をして見に来てくれたのはわかるけれど、怪しいのは退治したから。もう少し、外で待っていてくれるかな? 私だけなら見て貰って良いけれど、他の子も着替え中だから。ねっ」

 変な笑顔で、回れ右を指示された。


 そうか、汗かくとブラまで……


 部室のドア横で立ち、出てくるのを待つ。


「おまたせ」

「おう。さっきのは死霊か?」

「そうね。影から湧いてきたみたい。言い伝えが本当になっちゃった」

「そうだな。急いで帰ろう」

「うん」


 帰る途中、幾つもの死霊が襲ってくる。

 むろん中には、憑依された人も居る。


 俺は念を錬り、その人に向かって放つ。


 すると、体は傷つけず、憑いていた死霊のみを破壊する。

「神渡流念法。いいなあ」

「教えただろう?」

「出来るものと、できない物があるの」

 そう言って、彼女はむくれる。


「大丈夫ですか?」

 倒れた女の人に声をかける。

「あっ。えっ。どうして外に。私」

「なんか、お化けがうろうろしているので、お家に帰ったほうが良いですよ」

 女の人は、何かを思い出したようだ。

「そうよ。その家の中で、変な物が出て……」


 ええい面倒。

「何かが出たら、塩で祓ってください。効くと思えば効きますよ。きっと」

 そう言って、帰らせる。


 空が赤から、黒くなる。

「やばい。急ごう。日が暮れる」

「そうね」


 家へ帰り、入ろうと思ったら、すでに結界が張られていた。

「誰が起動したんだろ」

 そう思ったら、父さんがなぜか家にいた。


「お帰り、早かったね」

「早いのは良いが、すぐに対策室の設置で缶詰になる。家のことを頼むぞ」

 父さんは文部科学省傘下にある、特対超常課に勤めている。

 神社本庁じんじゃほんちょうとは別組織だ。


「わかった」

「恋ちゃんは、まあいいか。真一きっちり守れ。それと、まだ子どもは作るなよ」

「とうさん。俺達は別に……」

「気を付けます。おじさん行ってらっしゃい」

「恋、お前なあ」

 にへにへしながら、父さんは出かける。

 仕事道具のアタッシュケースを持って、待っていた車へ乗り込む。


「対魔札でも取りに来たのか」

 走り去る車を見送る。


「えへへ」

「おまえなあ。父さんが勘違いしただろ」

「もう、良いじゃ無い。おばさんだって良いって言っているし」

「――いつの間にそんな話」

「内緒」

 いたずらっぽく笑う恋。


 世界が、光を失うにつれ、色々なところから、黒いもやが噴き出し、人の形を取り始める。


 赤い空に、妙な山。周囲に立ちこめる腐臭。


「この気味の悪い色が続くなら、気分が滅入るな」

「そうね、当たり前の色って、大事だったのね」


 これから俺達は、この謎の現象を収めるために、戦っていく事になるだろう。


 ――今日。あたり前が終わり、確かに世界が変わった。

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