死骸のようなこの世界を飛べたなら

みかみ

第1話 読み切り

「なあ、オームジーン。人間は、糧を見出す事を本質に生きる生物だと俺は思うんだよ。それが、砂漠に埋もれた一粒の砂金みたいにちっちゃくても、そこに存在する限り見逃さない。これが多分、人が滅びない最大の理由なんじゃないかな」


 瓦礫だらけの地下研究室。その一角で俺は、俺と同じ十五歳くらいの少女の姿をした同行者、クローン・オームジーンに笑いかけた。倒れた本棚の下から引っ張り出した、人工翼の設計図を手にして。

 それは母国ノルダンに帰った、昨日の出来事だ。


 アウステレスと呼ばれる新大陸がある。半年前、世界はこれの覇権を巡って『七日戦争』つまり、七日間に及ぶ世界大戦を行った。

 百六十八時間。その間に世界は、ことごとく色を失い、燃えカスと瓦礫だらけの、焦げ臭い灰色に変わった。

 俺ユウリ・クリフ・シュバイカーも、体を失った。乗っていた船が爆撃され、気が付いたら八日目の朝を、アウステレスの友人宅で迎えていたんだ。

 俺の遺体を回収してくれたクローン・オームジーンが言うには、この体のオリジナルは脳みそと、呼び戻した魂だけ。他は全て、”人型ひとがた”と呼ばれるアンドロイドと同じ人工物だそうだ。一見しただけじゃ、人間との違いなんて分んないんだが。


 反魂の術なんていう、国際的な禁忌を犯してまで、俺を生き返らせた理由を訊くと、「あなたが死んでも私がこの世界に残っていたからです」とオームジーンは答えた。

 流石は、『偏愛人型学者』と呼ばれた俺の婆ちゃんのクローンだと思ったよ。


 何にしても、生き物には糧が必要って事なんだ。婆ちゃんには人型。オームジーンには制作者マスターの俺。七日戦争を生き延びた人々には、何かしらの喜びが。

 今の俺にとって最高の糧は多分、この燃え残った人工翼の設計図なんだと思った。

 婆ちゃんの研究室で見つけた、婆ちゃんの字で書かれた一枚紙。

 人型の事しか頭に無かったあの人が手がけたとは思えない、およそ人型の研究には不必要であろう、あの人の遺物。

 その紙には、婆ちゃんの遊び心が溢れていた。


 人工翼を作って、この死骸みたいな世界を俺が飛んだら、その姿を見た誰かの、喜びになるだろうか。糧に変わるだろうか。オームジーンに、初めての笑顔をもたらす事ができるだろうか。

 正直、それは分らない。

 けれど少なくとも俺にとって、この人工翼を作って飛ぶ試みは、これからを生きていく上で大きなエネルギーになるはずだ。

 

 そう考えたら、翼を造らない選択肢は無かった。


 設計図に描かれていたのは、金属製のフレームに革を重ね貼りした、筋電式硬式翼。上肢と体幹の筋肉の電気信号を利用して、動かすタイプのものだ。理論的に、飛行は可能だと思えた。けれどこれで実際、人間が大空を飛べるのかというと、確信は持てない。

 

 落ちたら大怪我どころじゃすまないかな。


 そんな不安と闘いながら、俺は材料をかき集め、一晩かけて人工翼を完成させて、ハゲ山の頂上にある崖の上まで翼を背負って登って来た。


 さあ、夜明けだ。地平線の向こうから、陽が昇る。


 ここから見える景色は、壊れて燃えて、一面灰色だ。こんな、終末世界の絵をそのまま現実にしたみたいなモノトーンの中でも、朝日はこれまでと同じように、圧倒的な輝きで地上を照らす。


 俺は、羽織っていた毛布を脱ぎ捨てた。素肌に冷たい風があたる。


 朝日に向かって立ち、肩甲骨に相当する人工骨をぐっと内側に寄せる。すると、骨格フレームがメキメキと音を立てて、閉じていた両翼を大きく開いた。俺の人工表皮に貼った電極チップが、人工筋肉の収縮による電気信号を上手く拾い、ケーブルを伝って動力に変えた証拠だ。

 あり合わせで作ったから、ひどい出来だけど。


 でも、これならきっと飛べる。


 待ってましたとばかりに、正面から強い風が吹きつけた。途端、翼が重みを増し、体が後ろに持って行かれそうになって慌てて足を踏ん張る。


 不安はここに置いて行け。飛び立つ事だけを考えろ。

 そして俺は、崖の先端に向かって走り出した。


 半年前の俺は、目覚めたばかりで指一本動かせなかった。三か月かかって、やっと歩けるようになった。走るのは今日が初めてだ。脚の筋肉を上手く使えず、ガタガタとした全力疾走はお世辞にもカッコイイとは言えない。それでも緩やかな下り坂が、走行スピードの上昇に一役かってくれた。

 

 朝日が俺の目を焼く。群青色の空が燃えている。眼下には、地獄の灰色。


 その情景の一部になるために、俺は大地を蹴った。


〜完〜

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