ガラスのブルーバード

神山雪

ガラスのブルーバード


 魔術を考えるのが好きだ。

 それも人が思い付かないような。そして、人に全く必要とされていないもの。

 全く意味がなくて、それでも面白いものを考えるのが好きだ。


「それって、手段のためには目的は選ばないってやつじゃねえの?」


 相棒はテーブルに肘をついてため息をつく。図書館で午睡していたところを、私に邪魔されたから機嫌が悪いのだ。

 いいじゃん、と私は呟いた。

 大学時代の恩師の娘の友人の結婚式に招待されたのは一週間前だ。それも、招待、だけじゃなくて、何か二人が幸せになりそうな魔術を披露してくれると助かる、と、余興を依頼された。この国で最高の魔術師の一人に祝福されたら、幸も多かろうと理由をこじつけてきて。


 恩師の娘の友人。氷を入れたレモン水よりも薄い間柄である。顔も知らない二人の婚礼には興味はないし、私の肩書きは席に座るだけで注目を集める。客寄せパンダか? 私を呼んだらハクがつくとかそんなことか? と一瞬よぎった。

 しかし、結婚式となったら美味い飯が出る。そして、余興にはささやかだけど恩師から報酬が出る。

 婚礼の場に出るのは億劫だが、悪い話ではない。一瞬考えて了承した。


「それでカネになるなら一番いいじゃん。…さて」


 私は、指で複雑な円の紋様を描いた。私には意味がわかるけど、相棒にはわからないだろう。描き終わって、円の中心を指で叩く。


「ほい!」


 ーー指をテーブルから離す。すると、指先からズルッと青い光が伸びた。指さきほどの太さの光は、目に痛くない程度に眩い。徐々に幅が広がり、ぷっくりとしたまるになる。青い半透明の球体になって少し満足する。しかしもう少し薄さが欲しいな。ちょっと分厚い。だけど、ここからが勝負だ。球体からは、てっぺんは細長く伸びて首になる。サイドから二つに枝分かれして、翼の形に形成する。

 ううん、ディティールがもうちょいだな。しかし初めてにしては悪くない。


「……へえ」


 不機嫌な顔を見せていた相棒が、黒い瞳をおもしろそうに輝かせる。多少は面白いものが作れたようだ。

 二、三回、それが翼を動かす。そうすると、翼から薄い羽がふわりと舞った。

 目指したのはガラスの硬度と薄さ、そしてクリアさ。シャボン玉みたいな青い色彩。生を感じさせる動き。

 ーー魔術で作られた鳥は、生きている本物の鳥みたいに部屋中を飛び回る。胴体は透けていて、それでも忙しなく翼を動かしている。

 私は大袈裟なほどため息をついた。それなりに集中して魔力も使ったから、


「……っていう感じに、ありえないものを飛ばしてみようと思うんだけど、どうだろう」

「昔話の、幸せな青い鳥ってか?」

「うん、まあ、そんな感じ」


 相棒は、意外な教養を見せてくる。そんな昔話あったのか。私は何となく青がいいかなーと思っただけなのに。

 いいんじゃねえの、と、相棒が手を掲げる。青い鳥は、相棒の腕に留まって羽を休める。


「お前、サーカス団にでもスカウトされたらウハウハじゃねえの?」


 武闘派のくせに、と呟く。失礼な、そんなに武闘派じゃない。ちょっと大岩を一撃で砕いたり、偉そうな軍人の関節をバキバキに折っただけなのに。


「ところでその婚礼って、俺も招待されてんのか? せっかくならボトル一本分酒飲みたいところなんだが」

「あるわけない。だってジオ、お前こそ何も関係ないだろ」


 土産なら包んできてやるよ、と私は意地悪く笑う。

 相棒の腕から飛び立って、再び部屋の中を飛び回る。本当に楽しそうに。

 これは毒にも薬にもならない、本当に役に立たない魔術だ。そういうものを作りたい時がままある。手段のために目的を選んだ。生きていく上で必要でもない。


 だけど、人の祝福には、これぐらいの軽さがちょうどいい。それに、相棒曰く、青い鳥は幸せを運んで来るらしいからね。


 役に立たないガラスのブルーバードは、二人の門出を思い切り祝ってくれるに違いないのだ。


 

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ガラスのブルーバード 神山雪 @chiyokoraito

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