暴力探偵・文和グリヲの栄光と引退

蛙田アメコ

あらゆる事件は暴力で解決できる

 探偵。文和ぶんなグリヲ。

 あらゆる事件と謎を、必ず解決に導く名探偵だ。


 彼の存在を知らないのならば、そいつはこの業界ではモグりと呼ばれる。

 逆に、彼を知っているのであれば。さらにはあろうことか、文和グリヲという探偵を尊敬なり崇拝なりしているのであれば──たぶん、そいつは探偵に向いていない。


 だって。文和は密室殺人が起きた館に火を付けて全焼させることで犯人を文字通りに炙り出し、手口不明の家屋侵入および暴行事件の真相を怪しい関係者へのやべぇ拷問で暴き、細々した日常の謎を出題してくるガキを平手でぶん殴ることで謎をなかったことにする奴だ。あんなのは断じて、探偵なんかじゃない。ましてや、名探偵だなんて。


 ──それは推理ではなく、暴力による解決なのだ。


+++


「文和さん、事件です」


 なんとも記号的なセリフを臆面もなく口にするのは、僕である。

 他ならぬ、文和グリヲの助手であるところの、僕である。

 事務所に届けられた匿名の手紙と事件の資料に目を通して、文和が食指を動かしそうな事件だと判断して、記号的でつまらない、エンタメ的なフックに乏しい凡庸なセリフを吐いたのだ。


 もう二十七才になろうというのに、給料激安の探偵事務所の受付に座って人生浪費するのが仕事だ。たった1着しか持っていない吊しのスーツを着て仕事をしているのは緩慢な自殺行為だといえる。だって、このスーツがダメになったら、まともな求職活動ができるかも怪しいものだし。


「事件か、めんどくせぇな」


 文和は、でかい舌打ちをした。

 革の破れた──というか、ゴミ捨て場から拾ってきたときにはすでに革が破れていたソファに寝そべって、だらしなく足を投げ出している。アイロンのすっかり取れてしまった黒のスラックスに変な柄のアロハシャツという出で立ちは、いかにも胡散臭い。同じ男の僕から見ても相当にハンサムなのが、胡散臭さに拍車をかけている。


「なんでも、山間の村で連続殺人だとか」

「連続か。過疎った村がそのまま滅びるな!」

「田舎を小馬鹿にするのはやめましょうよ、燃えますよ」


 文和は僕の真心からの助言をガン無視した。


「なんで連続殺人だってわかった?」

「……その村に古くから伝わる童歌の歌詞になぞらえて、被害者ガイシャが殺されているんだとか」

「童歌か」

「なんでも、一から十までの数え歌とか」

「殺されたのは何人だ?」

「四人です。遺体はどれも、童歌に出てくる村の史跡や景勝地で発見されてます」

「ふぅん、法則性を見出すには十分だな」


 立ち上がって、文和は壁かけの熊の生首に被せてある山高帽に手を伸ばした。

 ゆっくりと帽子を被り、歩き出す。この事件、受けるつもりなのだ。

 文和は僕に言った。


「ブルドーザー手配しとけ」

「は?」


 何言ってんだ、こいつ。


「だから、ブルドーザーだ。これ以上、人が死ぬ前に片付けるぞ」


 文和は渋い声で、すげぇかっこつけて言い放つ。

 人を殴ったこともない善良な探偵助手が、おのれのためにブルドーザーをどこからか手配してくれることを、少しも疑っていない晴れやかな表情だ。

 これが名探偵、文和グリヲである。

 そして、仕方ないなぁとブルドーザーを手配してしまうのが、僕である。



「謎はすべて解けた!」


 ──翌日、童歌連続見立て殺人の現場である因習村は、文和の運転するブルドーザーによりあらゆる史跡や名所を更地にされた。彼は村人全員を縛り上げ、地面に転がし、ブルドーザーで脅しながら尋問する作業も怠らない。


「さすがに大雑把すぎですよ」


 僕がドン引きすると、文和は「そうか」と少しシュンとした顔をして、村人ひとりひとりの爪を丁寧にペンチで剥がし、両手の指の関節じゃないところをポキッと折るという拷問にシフトした。


「どうだろう、細やかにしてみたが」

「細かいって、そういうことじゃないんですが!」


 文和をいち早く村から追い出したいと考えた村人たちの協力により、犯人は無事に逮捕され、その村で見立て殺人は二度と起こらなかった。


 ──推理ではなく、暴力による解決である。


+++


「……こんなこと、いつまで続ける気なんですか」


 僕が文和に尋ねたのは、彼が砂漠に立てこもった名状しがたき謎の生命体に核弾頭を叩き込んだ記念すべき夜だった。この人もしかして「謎」ってつけばなんでもいいんだ、相手にするの……ということが判明し、僕はもう耐えられなかった。

 明らかに地球外生命体であるところの「犯人」(すでにニュークリア・ファイアにより滅却・蒸発済み)と数日間にわたる死闘を繰り広げた文和は、右目を潰され、左耳の鼓膜を破られ、無事なあばら骨など1本もないという有様だった。


「謎は、すべて解けたぜ」


 それでも文和は、治療も受けずに駆けずり回り、核弾頭という圧倒的な暴力によって地球外キモ生命体来襲事件を解決に導いた。命がいくつあっても、足りやしない。


 こんな仕事、もうやめましょうよ。

 僕は文和にそう言いたかったわけである。


 僕が文和の助手になってからの数年間。さまざまな凶悪事件をありとあらゆる暴力で解決しておいて、僕には少しの危険も降りかからないように立ち回っているのが、心底腹立たしい。何人もの犯罪者(と、たまに無関係の不運な人)をぶん殴り続けてきたこの探偵の拳は、度重なる骨折で変形している。人の手は、人を全力で殴って無事でいられるようには設計されていない。


「こんなこと続けてたら、いつかうっかり死んじゃいますよ」

「そのうっかりをやらかす日まで続けるつもりだよ」

「なんで、そこまでして?」

「さぁな。たまには推理してみたらどうだ、探偵助手」


 そう言って、文和はこともあろうに笑った。潰れた目から流れ出ているよくわからない液体と血とでベタベタになった顔をくしゃりと歪めて、気の利いた冗談でもキメたみたいなドヤ顔で、僕に笑いかけた。


 ああ、そうか。僕は悟った。

 この人には、全然伝わらないんだ。


 僕が文和のやり口に呆れていることも、僕がマジで文和のことを心配していることも、四六時中事務所で顔をつきあわせているとたまに文和のことがうざったくて仕方ないことも、それでも文和の助手をやめるつもりはないことも、僕がそれなりに文和のことを大切に思っていることも、何も伝わっていないんだ。


 何が「たまには推理してみたらどうだ、探偵助手」だよ。

 ──っていうか、あんたも全然、推理なんかしてないだろうが。


「……ふざけんなよ」

「え?」


 僕は、握った右手の拳を、思い切り振り抜いた。


「ひでぶっ!」


 どんなに自分の拳が痛んでも、気が狂っていると嘲笑されようとも、数多の事件を推理ではなく暴力で解決し続けてきた馬鹿探偵に対する、助手からの完璧なアンサーたりえるはずだ。


 ──僕の拳は、文和の左頬にクリーンヒットした。

 メキョ、というおおよそ人体から出るべきではない音とともに、文和グリヲは床に沈む。


 僕は気絶した文和のホルダーから旧ソ連製の拳銃を引き抜いて、きっかり三発を発射した。

 銃声を聞きつけた人たちが、こちらに駆けてくる足音が聞こえる。

 倒れたまま動かない文和グリヲを見下ろして、僕はこの決断は間違っていないのだと、自分に言い聞かせた。


+++


「ってわけで、あなたを射殺したと見せかけ、このハワイの別荘に連れ込んだわけです」


 ベッドの上であっけにとられる元・名探偵に、僕は事の経緯を説明した。

 文和が挙手をして質問を求めた。僕は許可をする。


「……なんでハワイ?」

「南の島では、すべてがいい感じになるからです」

「宗教かよ、こえーよ」

「ここで残りの人生の最初の1日を始めるんです。僕はあなたに、そうやって生きてほしい」


 僕は祈るように言った。

 たっぷり沈黙してから、文和はぽつりと呟く。


「だからって殴らなくてもよォ」

「僕の尊敬し崇拝する探偵が、こうやるんだって教えてくれたんです」


 ざまぁみろ。

 彼を殴ったときに、メキョ、というおおよそ人体から出るべきではない音を立てて複雑骨折した右手の中指を、僕はギンギンにおったててみせた。

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