黒の空 銀の星
くれは
☆
彼は絵を描く。
わたしはその姿が好きだ。キャンバスに向い絵筆を握るその横顔が、好きだ。
彼の絵筆は様々な色をキャンバスに塗り重ね、不思議な風景画を生み出す。その出来上がった絵も好きだ。
色とりどりのその絵を見せてもらって、この色が好き、と言えば彼はちょっと困ったような顔をする。
彼は自分を「真っ黒」だと言うのだ。
「僕の中身は本当はもっとぐちゃぐちゃして醜くて、真っ黒なんだよ」
「そうは見えないけど」
「そう見せてないだけ」
彼は人前では取り繕って黒い部分を見せないようにしているらしい。
それでもわたしだけは知っている。彼の黒は彼が言うほどには醜くないことを。深く、深く、美しい黒を持っていることを。
そう、まるで彼の瞳のように。
彼の手が、まるで絵筆のようにわたしの体を塗り替えてゆく。
様々な色がわたしの体の上に塗り重ねられて、それはあまりに熱く、恥ずかしく、わたしは身を捩る。
それでも彼の絵筆はわたしの体をどこもかしこも執拗に追い詰めて、もう隙間なんかないくらいに色を置いてゆく。
わたしは目の奥にたくさんの色を見る。彼に与えられた色が、わたしの中で綺麗に広がってゆく。
花が開くように。花火のように。波が寄せるように。雲が流れるように。
「本当は、少し怖いんだ」
少し掠れた声で彼が呟く。
「僕の醜い黒で、君を塗りつぶしてしまうのが」
そんなことを言いながら、彼の瞳はとても熱っぽい。わたしは両手を持ち上げて、彼の頬に触れる。
「あなたの黒はたくさんの色でできているから、とても綺麗。わたしは好き」
わたしの言葉を聞いて、彼は微笑む。それからわずかに眉を寄せて、色が。
彼の色とわたしの色が重なり合う。混じり合う。
たくさんの色。いろ。色の中にわたしは溺れてゆく。繋ぎ止めるのは彼の黒。
「君は輝く銀の星だ」
色の交わりの中で、彼が呟く。わたしはもうすっかり彼の色でいっぱいなのに。銀色になんて輝けているのだろうか。
「真っ黒い僕の中で、美しく光を放つ銀の星。どれだけ混じり合っても塗りつぶされずに僕を、照らしてくれる」
彼の黒は優しく優しく、わたしを包む。それでもわたしはもう、言葉を紡げない。
口から飛び出るのは色ばかりだ。わたしの中から溢れる色をあなたは全て逃さないとばかりに強く、強く、抱きしめる。
彼の黒が、わたしを繋ぎ止めながら、わたしを追い詰めてゆく。だんだんと様々な色が溢れ出して消えていって、わたしたちはわたしたちだけになる。
そして最後には、わたしたちは重なり合って、夜空になるのだ。
彼が絵を描く。
わたしはその姿が好きだ。キャンバスに向い絵筆を握るその横顔が、好きだ。
彼の絵筆がキャンバスを辿る。輝く銀色を暗い夜空に置く。
「これは君の銀色」
彼の言葉に、わたしは少し困った顔をする。恥ずかしいから。
「わたしはそんなに綺麗じゃないよ」
「そんなことない。僕にはこの色が見えるんだ」
彼の絵の中で、銀の星は、暗い黒い夜空に抱かれていた。
「この夜空の色が好き」
まるで彼の瞳のようで。
彼はわたしの言葉に、いつも通りにちょっと困ったような顔をした。
黒の空 銀の星 くれは @kurehaa
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