第27話

第二十七話

”第六章

 世界に光が満ちていく。少年が光に飛び込むとそれは濡れない海みたいに眩いしぶきをあげる。光の海はその静かな揺れで少年に浮力を与えてあたりを漂わせる。ここはもしかして、天国なのかもしれない。だが、そんな汚れのない光の中に鞘のような影が落ちてきて少年を閉じ込めてしまった。その影の鞘の形の淵から丸い影が生み出され声を少年に降らせる。

 「もうすこしで、夜が終わるよ。」

 少年は手を庇にしながら上を向き目を眇めた。そこには光の波に小舟が一層揺れていた。

 「夜?こんなに眩しいのに?」

 少年が大きく開けた口が光を吸って口内も喉も胃の中すら影一つ存在しえない。それくらい、世界は眩さで満ちていた。

 「そうさ。夜だよ。君は感じないのかい?この香りを、ローガの香りさ」

 「ローガ?なにそれ?」

 「この世で最も幸せな香りさ」

 「そんなものは感じないな。それよりお前、降りて来いよ!」

 「……」

 「おーい。あたり一面眩しくて自分がどこにいるのかもわからないんだ。」

 「ああ、香りが逃げていく。」

 丸い影は萎んだ。

 世界を満たしていた光が癌にでもかかったみたいに暗い痣が増殖していく。

 「な、なんだこれ?」

 いきなり斑な闇に取り囲まれて、少年は狼狽える。

 光が患った暗い痣は瞬く間に広がっていって、ついに光は死んだ。

 世界そのものが瞼を閉じたみたいに、真っ暗になった。

 少年は身を固くして震えている。どれだけ震えても光は見えない。

 「ああ……ローガがローガが」

 とさっきの声がまるで家が燃えるのをただ見ているだけみたいに落胆している。

 ところで、この本を読んでいるあなた!大好き。

 暗闇が光でひび割れて、その裂け目は細い線のように稜線を描いた。山の重なりから太陽が頭を出して少年を温かく包んだ。

 「うわあ」

 少年ではない驚き声が空から落ちて来る。少年の目の前で白い大きな玉が弾んだ。そのすぐ後に小舟が落下と地面にサンドイッチされてぐしゃりと潰れる。白い大きな玉はふざけているみたいに2,3度弾んだ後少年の前に着地した。

 その白い大きな玉には尖った耳があって、その尖った耳が音を体に閉じ込めるみたいに閉じた。

 「こんにちわ。少年。」

 白い大きな玉がそう言った。

 「うん!こんにちわ」

 少年はまるで太っちょの親友にするみたいに大きな白い玉に抱き着いた。


 それから、少年と白い大玉は旅に出た。

 白い大玉は道に落ちている石をいちいち拾い上げてぶつぶつ言いながら投げ捨てた。「丸は右、角があるのは左」そんなことをぶつぶつ言いながら白い大玉は石を道路の脇に投げていく。だから、少年たちの旅は一向に前に進まない。”


 背中に視線を感じて、僕は本を閉じた。後ろを振り返っても誰もいない。牢屋での件以降、雨のように空から目が降ってきて僕の背中を重たくしている。そんな、監視されているような感じがして僕はうつむきがちになっていく。

 「たいちょー!」

 長鼻男がやってきてその剣のように長い鼻の先で空を指さした。

 空の青が濡れている。うれし泣きでぐちゃぐちゃになった顔みたいに、塩っぽい輝きを放ちながら空の青が歪んでいる。まるで、風景画が泣いているみたいに涙で絵の具が濡らされたみたいに空の青が融けていく。そうして、空から落ちていく青に隠れていたのは白じゃなかった。

 それは暗い赤だった。皮膚が融けて現れた臓器みたいに暗い赤だった。

 「田中ぁ」

 ピユが田中の鼻を掴んだ。

 「な、なんでふかたいひょー?」

 「空が泣いてるぞ。きっと女王様のご帰還が嬉しくてしょうがないんだなあ!」

 「は、はひ!」

 ピユは田中の長い鼻を掴んだまま広場へと向かった。

 広場の空には火球のようなカラーパがあってその輝きに手を伸ばしているのは槍のような噴水だった。噴水の受けのプールの周りでいじめっ子たちが小さな女の子をいじめている。いじめっ子が棒を振り上げて女の子を叩いているのだが、なぜか女の子の方がけらけら笑っていていじめっ子の方がしくしくと泣いているのだ。

 「こら!」

 ピユが怒鳴った。

 「子供よ。虐めちゃダメじゃないか!」

 ピユは女の子を抱き上げて「めっ」としかりつけた。女の子はけらけら笑いながらおでこの痣を触った。

 「あははは!隊長さん!いじめっ子はわたしじゃなくて彼らよ。あっははは!」

 女の子はそう言っていじめっ子たちを指さした。いじめっ子たちは親でも亡くしたみたいにしくしくめそめそと涙を拭っている。

 「ああそうなのね。こら!君たち!いじめはだめだよ!」

 いじめっ子たちは泣きながら「ぐすっうるせいやい!」とピユを棒で叩いた。

 「うええええ」

 ピユはちょっと叩かれたぐらいのことで、吐血したみたいに吐き出してそのあと「ゲホゲホッ」と咳き込み始めた。その咳を咳切虫たちがひし形の綾を連ねながら追いかけていく。

 「うええええん。うええええん」子供たちは泣きながらピユを棒で叩き続ける。

 「やめなさい!」

 今度は女の声がした。すると子供たちは「まずい逃げるぞ!ぐすっ」と言って逃げていった。

 「大丈夫?」

 小さな女の子と別の女の声がピユに手を差し伸べた。ピユは二人の手を無限の千本指で同時に掴んで起き上がった。女の子の方は知らない子だったが女のほうは人魚だった。

 「ああ、君か。」

 ピユがいじめっ子たちにぶたれた肩のあたりを触りながらそう言った。

 人魚の女リンが首をかしげる。

 「あれ?あったことありましたっけ?隊長さん?」

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首のない花 @sainotsuno

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