第26話
第二十六話
”第5章
少年の背中は痛みや衝撃に飢えたままとうとうそれを得ることはできないでいる。なぜなら、少年は永遠に落ち続けているからだ。少年の背から腹を痛みもなく槍が貫く。それは、尖った青色のカラーパだった。それは、雫の残像みたいにずっと少年の落下を貫き続けている。
ふいに、すさまじい風が少年の背中を噴き上げ、少年は臓物が浮くのを感じて「うっ」と喉を詰まらせた。その吐き気を歯でかみ殺して少年はぶるぶると身を震わせた。その時だった。少年の身体は熱のない摩擦となって空中にキュッと停止したのだ。
あたりはやはり真っ暗で、自分をしたから貫いている青いカラーパの槍だけが見える唯一の色だった。まるで、暗闇に力強く抱かれているような恐怖と安心感が交互に明滅して、少年は「ほっ」とため息をついた。生ぬるい息と一緒に身体の震えも徐々に抜けていく。すると、少年の身体はこの奈落において徐々に摩擦力を失って溶け始めた氷のように滑り出す。そして、瞬きの間にまた少年は落下している。
「な、なんなんだこれは!」
少年は叫んだ。その叫びの振動で眼下に刺さっている矢が揺れて痛んだ。
「震え続けろ!そうすれば、止まる!」
暗闇からそう指示が聞こえる。少年は歯を食いしばる。
「震えろ!」
再び声が聞こえる。少年にはそれが見えない光に聞こえた。
少年は歯が傾くほど歯を食いしばり全身を震えさせた。すると、少年の身体は消しゴムにでもなったみたいにキュッと奈落に引っ掛かりピタリと止まった。そして、まるで暗闇が少年を持ち上げてでもいるように上昇を始めたではないか。
「そのまま震え続けなさい。そうすれば、光が見えるはずだよ。」
その少年を勇気づけるような温かい声は眩しさを帯びだして、少年の上昇の目指すところとなった。
少年は全身に突き刺さっている矢がその振動で体を苛めようとも、歯を食いしばって震え続けた。そして、少年は光を掴み奈落から脱した。”
「さあみんな、女王様のご帰還だ!パレードを行うぞ!」
ピユがそう言って一桁の千本睫毛を瞬かせる。
「おおー!」
衛兵たちは皆こぶしを突き上げて、空を殴った。
その時だった。
「ぐぉぉぉぉぉおおおお!」と大狼が吠え声をあげて空に噛みついた。空間に狼の深い噛み跡が出来てそこから血が涙のように落ち、園のカラーパを汚そうとする。
「その女王は偽物だ!そいつは災厄少女だ!お前たち、そいつを殺せ!さもないとこのドレスシィに災いがもたらされるぞ!」
まるで、弦を掴んだみたいにあたりはシーンとした。衛兵たちはお互いに目を交わしあい頬を膨らませる。「プッ」と長鼻男が噴き出すのをきっかけに衛兵たちは次々と笑い声をあげた。
「ぎゃははは!狼ぃ。何言ってんだお前は?お前、頭でも打ったんじゃないのか?」
大狼は、つまり元白い毬玉はハスに助け舟を求めたがハスはその視線を蠅のように払い除けてしまった。親愛なるハスに無視されて大狼は目玉が取れそうなほど目を浮かせる。
「ハス。僕が、ワシが代わりにやるよ。」
狼は項垂れたような声でそう言ったかと思うと地面を強く蹴りつけてあなたのサーヤの方へと迫った。
「そいつを捉えろ!」
ピユがそう号令をすると衛兵たちが鎧の壁をサーヤの前に築いた。
大狼は衛兵たちが自らの身体で作る壁を壊すのに手間取った。そのすきに、僕はサーヤを背中に隠す。
「待っ」
呼び止める声ごと狼の項に刀の峰が落ちて来る。狼は頭と体の連絡を絶たれて気を失った。ハスが刀をしまって手を叩く。
「よし、この獣を牢屋へと運べ!!!」
狼の巨体は、衛兵たちによってカラーパの花を転がりながら地下へと運ばれていった。
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「ねえ、毬玉。どうして、サーヤを殺さなくちゃいけないの?」
暗闇から狼を呼ぶ声がする。
狼は重たい瞼をあげて、牢屋の手すりを軽くつかんだ。
「あいつが、災厄の原因だからだ」
「どうにか方法はないのかい?彼女を救いたいんだ」
狼は手すりを支えに何とか身を起こす。すると格子窓から差し込む光が狼自身の頭を飛び越えて暗闇から面会人の顔を浮かび上がらせた。真っ青な黄色い肌。境のない輪郭。まっすぐな巻き毛。尖った丸顔。一重な二重。透明な瞼。多面な一面おでこ。一桁の千本髪。縦に開く口 一桁の千本睫毛。
まさに化け物といった風貌だった。見ているだけで頭の糸がこんがらがる様なだまし絵みたいな存在。だが、それでいてどこか滑稽で戯画的でもある顔。ピユだ。ピユが言葉を続ける。
「彼女を死なせたくない。僕は、彼女に生きてほしいんだ。」
狼は手すりを掴んだまま腰を下ろした。まだ、頭と体の連携が途切れ途切れになる。
「どうしてお前がそこまで彼女のことを気にかける?お前にとって彼女は何だ?」
「愛しているんだ。サーヤのことを」
ピアノの鍵に重たい瓶でも落とした後みたいな大きな音の後みたいな沈黙がした。
「助けたいんだ」というピユの言葉を狼は鋭い爪で斬り裂いて檻の柱子を揺らした。
「お前!!!お前!!!裏切り者!お前だったのか!」
大狼が暴れて檻の柱子が虫歯のように揺らいだ。
僕は少しずつ後ずさりする。
「もう、彼女を死なせない。僕は彼女を愛しているから。永遠に。」
大狼はとうとう檻の柱子を一本引っこ抜いてしまう。
「ふざけるな!災厄がどれだけの人を不幸にするか!お前はわかっているのか!ワシたちの故郷でもたくさん死んだ!たくさん失った!二度と悲劇を繰り返さないために、ワシたちはサーヤを殺し続ける!それが災厄少女のッ」
大狼の最後のセリフはその喉ごと僕の剣に刺し貫かれて、死んだ。多分宿命とか義務とかそういうことを言おうとしたんだと思う。だけど、そんなことはどうでもいい。
剣を引き抜くと、狼の遺体は岩のようにドスンと地面にのしかかる。僕が牢屋を後にしてそのカギを締めているときだった。
「やあ」
と僕を呼んだのはハスだった。
「やあ」と僕は返事をするとハスは僕が握っている取っ手に目を降ろした。
「もしかして、あの狼殺しちゃった?だめだよ。たかが警備隊長が勝手に処刑なんかしたら!まずは裁判を受けさせないと」
ハスの冷たい視線に僕は強張った。姿かたちは同じでも前の前にいるハスは僕の親友とは全くの別人だった。
「HHッ。国王陛下!これは処刑ではなく処分ですよ。あれは猛獣に過ぎません。」
「そうかい。ふーん。ところでピユ君。君はどうして警備隊長を装っているのかな?」
「よ、装う!?」
ピユは驚きのあまり宙返りをした。
「よ、装うってそんな陛下!わ、私たちは幼いころからの付き合いじゃないですか!ほら、思い出してください。カラーパの園で縄跳びして遊んだり城中でかくれんぼをしたりして。わたしたちの友情を誓い合ったあの夕陽を!」
ハスは首を横に振った。
「ドレスシィの民たちと僕を一緒にしてはいけないよピユ。僕の民でずいぶん遊んでくれているたいだね」
「HHッ。これは参ったなあ。ここは本当に居心地が良い場所だけれど、あなたみたいな例外もいるんですね」
「まあね。僕はみんなが楽しいならそれでいいんだけれどね。でも、たまに君みたいな詐欺師がいるからね。僕が目を光らせているのさ。」
「……私を殺しますか?」
「まさか、君は楽しい人だよピユ。君のへんてこりんな格好も僕は気に入っているんだ。さあ、パレードの時間だよ。」
「ええ。とびっきりのショーをお見せしますよ。」
ピユはそう言って一重の二重瞼でウインクしたあとなぜか逆立ちのままハスから去っていった。
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