第25話
第二十五話
”第四章
地震が少年が立っているのを妨げたから、少年は柱に抱き着いた。ようやく揺れが収まって少年がかおをあげると、壁に掛かっていた絵画が大きく傾いて水瓶の美女が横たわっている。少年が自立するため柱から手を離した時だった。彼は足を滑らせて転んでしまった。少年の足元には水たまりができていたのだ。その水たまりの源は糸のように壁を遡り美女の持つ水瓶まで続いている。美女が長い睫毛をしばたかせたとき、少年の首筋に冷たい雫が落ちてきて「ぎゃあ」と彼は二重の理由で悲鳴を上げた。尻もちをついたまま後退りする少年を絵画の美女が呼び止める。
「この水瓶に入っているのは何?」
「え?」
少年は見えない何かに足を掴まれているみたいに動けないでいる。
絵画の美女は繰り返す。
「この水瓶に入っているのは何?」
「水、ですか?」
少年の震える返事を聞いて美女は静かに目を閉じる。少年は答えに失望させてしまったのかと思ってズキリと心を痛める。美女は目を閉じたまま水瓶の口を少年の方へと向けた。少年は恐る恐る立ち上がった。今度は少年は少しも足を滑らせなかった。なぜなら少年のお尻を濡らしていた水たまりが少年の緊張した喉のようにいつの間にか乾いていたからだ。床のピースの継ぎ目に金歯のようなカラーパが挟まっている。
少年は美女に促されるままその水瓶の口の暗闇をのぞき込む。すると、水瓶の底を隠している闇から金属的なひらめきが飛び出してきて少年の眼窩を激痛で突き刺した。それは矢だった。少年は自分の眼窩に突き刺さり脳まで届く矢の尻を掴んで唸った。
「うわあああああぁぁぁぁぁ!」
水瓶の口から次々と矢が飛び出してきて少年は背中と腹があべこべになったハリネズミみたいになってそのまま仰向けに倒れた。”
僕が本を勢い良く閉じて片目を押さえて見せたから長鼻男が「もしかして」と言わんばかりに長い鼻先を僕の方に向けて来る。
「たいちょー。もしかして、第四章を読んじゃいました?痛々しいシーンですよね。でも、安心してください。この後、少年は千里眼を手に入れるんで!」
またネタバレを喰らって僕はため息を漏らそうとした。だが、ピユがそれを許さない。
「田中ぁ!この本、本当につまらんなあ!」
「何言ってるんですかたいちょー。息抜きにはもってこいですよ。なんたってこの本、ドレスシィ中のいたるところにありますからね。警備隊の僕らにとっては最高の娯楽ですよ!」
「まあいい。そんなことより、あの子はどこに行ったんだ?」
「狼ですか?」
「いや、違う。あの小さい少女だよ。」
「ああ、それなら。城の庭園に向かいましたよ。」
「よし、追うぞ」
ピユはそう言って、無限のゼロ本指のある手で本を投げ捨てた。しかし、本はページを翅のように羽ばたかせて空を舞うだけだった。
ピユと長鼻男は城下町の緩やかにカーブした階段を上っていく。その様を空を舞う本から見れば、まるで二人が小人になってドレスの襞を巡っているように見えるだろう。
「たいちょー。あの狼がいう災厄って本当に来るんですかね?」
「まさか!あんなのでたらめさ!あの狼は多分、頭を虫にでも喰われてる。」
そんな話をしながら二人は城の外郭に出来物みたいに膨らんだ庭園へとやってきた。もっと詩的にこの庭の位置関係を説明すると、城の外郭を指輪とするとその宝石に当たる出っ張りがこの庭園だった。そして、この庭園はその比喩にふさわしく鮮やかなカラーパで彩られている。
その庭園は花園だった。
花々には首がなかった。花たちはまるで幽霊のように土から浮かんで、茎にすら支えられず根さえ持たず一切の汚れを拒否している。カラーパだ。あなたが花たちを踏んでも、花たちは潰れも折れもせず幽霊のようにあなたの歩みをすり抜けていくだけだった。あなたが踵で泥を撥ねても、それは花の美しい赤色や黄色や青色を汚すことはできない。
風にも靡かず泥にも汚されず、時の流れに犯されもしない。美しき不存在。それがカラーパ(色霊)だ。
ピユたちはカラーパの園をあなたの後を追っていく。あなたは急に立ち止まり、ある色霊の中から一つ選んでその花の茎を折った。花はあっけなくあなたの手に手折られて高く持ち上げられたから「あっ」と長鼻男が驚きの声をあげた。
「これは、カラーパじゃないよ。本物の花だよ。」
あなたは、サーヤはそう言った後その花を風に捨てた。
あなたは、さっきまで花があった土の上から何かを拾い上げた。それは、鮮やかな緑色をした宝石だった。
「タナタナ!これを」
「タナタナ?」
自分の呼び名に驚きながら長鼻男田中がサーヤから宝石を受け取る。
「これを、狼さんに渡してほしいんだ。落とし物を届けてくれたお礼だよ。」
「え?こんな高価なものを?」
長鼻男は驚きのあまり鼻を地面で折ってしまう。
「痛い!」
長鼻男が痛がるのをピユは叱った。
「うるさいぞ田中ぁ!」
長鼻男は喉に栓をしたみたいに押し黙る。痛みに苦しみながらも彼は宝石を胸に大切にしまっている。
ピユは無限のゼロ本指で輪郭のない顎をさすった。
「ところで、お嬢さん。この宝石は本当にあなたのですか?」
「もちろんです。この庭で拾いました。」
サーヤがガチャガチャとずれた兜を直しながらそう答えた。
「この庭のものはすべて女王様のものですよ。だから、宝石はあなたのものではありません」
サーヤは鎧を静かに鳴らしながら少しずつピユから警備隊長から離れていった。
「お待ちなさい。逃げても無駄ですよ。」
ピユが片手をあげると首のない花たちの下に潜んでいた衛兵たちが次々と姿を現した。その中に、あの大狼もいた。
サーヤは「はあ」とため息をついた。そして、唐突に兜を脱いだ。
彼女の羊毛のようにカールした白い髪にさっき彼女が捨てた花が冠のように戴かれる。
「わたしこそが、女王です。」
サーヤがそう宣言すると、地鳴りのように動揺が衛兵たちに広がっていった。
大狼は目を鋭く尖らせ殺意交じりの息を吐く。
「証拠は?」
ピユが厳しくそう詰め寄る。大狼は鋭い爪をきらりと光らせていつでもサーヤ対する復讐の機会をうかがっている。
その時だった。
「待ちなさい。私が証人です!」という声がした。衛兵たちの間に動揺がさらに動揺が広がった。長鼻男が折れた鼻でこもった声で喜んだ。
「王様の声だ!王様の声がするぞ!」
王様は空から降りてきた。王様はハスだった。ハスがポケットから捨てた団子が綿のように空へと上っていく。ハスはサーヤの手を取って跪く。
「女王陛下!どうぞご無事で」
あまりに唐突なハスの復活に大狼は復讐を忘れた。
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