星空だけは、色とりどりに【KAC20247】

天野橋立

星空だけは、色とりどりに

 頭上を覆う巨大なガラスドームの向こうに、色とりどりの星たちが見えるこの大食堂ダイニングが、私は好きだった。

 赤、オレンジ、あるいは青白い光を放つ、スペクトル型の異なる星々。ただし、その中に地球の青い色は見えない。

 大宇宙の真っただ中に浮かぶこの宇宙都市に派遣されてから、早くも300日。この星々を眺めながら食事をするのも、何度目のことになるだろうか。


 この巨大な人工の宇宙都市は彼ら、つまり汎銀河連合体パン・ギャラクシー政府が建設した、他文明との交流拠点だった。

 この場所を越えて、彼らとの交流を希望する「新参者」は、まずはここで粘り強く交渉を行う必要があった。文明の発達が十分な段階に達していて、他文明と協調してやっていくことができると、認めてもらわなければならないのだ。

 地球連邦政府の上級職員である私は、その交渉を行うための代表者として、いわば宇宙の「関所」であるこの宇宙衛星都市へとやってきたのであった。


 我々地球文明が、その交渉のテーブルに着くことを認められてから、すでに10年の歳月が流れている。太陽系外に進出してからは、さらに長い年月が経っていた。

 歴代代表者による粘り強い取り組みの結果、汎銀河連合体パン・ギャラクシーとの交流が認められるまで、あと一歩というところまで来ている。

 前任者たちはみんなここで、神経をすり減らしてきたわけだが、実はそれは交渉の困難さだけが原因ではなかった。


 間もなく、温かい湯気を立てた料理が、床を這う配膳粘体によって運ばれてきた。目を閉じれば、いかにも美味しそうな匂いがする。

 手探りしてスプーン状の器具を握り、温かい容器の中の料理をひとすくいして、口に入れる。今日のメニューはグラタンに似た味の流動食で、非常においしかった。

 幸いなことに、汎銀河文明による人工栄養料理は、地球人類の舌にも合った。この点は、交渉においても有利に働いている。自分たちの料理をおいしいと言われて喜ばない文明は存在しないからだ。

 にも関わらず、私は食事の時間が非常に憂鬱だった。前任者たちの多くも、そうだったらしい。


 いつまでも、こうして目を閉じてはいられない。瞼を開いて、私は料理を見る。

 陶器のように純白に輝く容器の中は、真っ黒こげになったような漆黒の物体で満たされていた。これが、その料理というわけだ。

 見事なまでの、白と黒の対比。これは、料理だけの話ではなかった。壁も床もテーブルも、周囲のありとあらゆるものが、みんな白と黒のコントラストで構成されているのだ。

 彼らの文明には、「色彩」という要素がなかった。そもそも、光の波長の違いを色として感じ取る、そんな視覚器官が存在しないらしかった。光があるのかないのか、ただそれだけ。

 そういうわけで、彼らの世界は何もかも白と黒だ。これは、かなりつらいことだった。食欲も湧いてこない。

 せっかくの料理を前に、ため息をつきながら、私は星空を見上げる。


 だから、この大食堂ダイニングが私は好きだった。

 頭上を覆う無数の星々が、みんな違う色に輝いて見えるこの場所が。

(了)

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